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人類の存在の大半において、わしらは遊牧民やったんや。地理的な地域によって、広かったり狭かったりする遊牧の円を描いとったんやけど、移動しとったんや。人間が一箇所に留まる方法を見つけた時、それが文明につながる最初のきっかけやったんやろな。
わい言うたんは、アステカ人にとって美と血は表裏一体やったということや。つまり、彼らは人身御供や人の心臓を引きずり出すことに全く抵抗がなかったんや。こういう、まあ言うたら grotesque な暴力的な傾向があったんやけど、同時に花園や詩、音楽、踊りも大好きやったんや。千人もの人間の心臓を抜き取れって命令するのと同じアステカ王が、宴会で立ち上がって自作の詩を朗読したりしよったんやで。
でも、彼らは本当に外科的やったんや。厚い黒曜石のナイフを使って、胸骨に沿って肋骨をサクッと切り、胸骨を押し下げて、ぐいっと引き上げるんや。しかも、その人間がまだ生きとる間にやで。
以下は、南米、メソアメリカ、北米の古代文明を専門とする考古学者、エド・バーンハートとの会話や。これはレックス・フリードマンのポッドキャストや。応援したいなら、説明欄のスポンサーをチェックしてな。それでは、エド・バーンハートの登場や。
人類の歴史において、わしらが何も知らん失われた文明があると思うか?
ああ、あると思うで。実際、わしの人生の中でも、全く知らんかった文明がいくつか見つかっとるんや。ゲベクリ・テペとか、アマゾンで起こっとることとか、他にもあんまり驚くようなもんやないけど、わしらの知識を広げ、新しい文明の存在を教えてくれるようなもんがあるんや。そやから、これまでにも起こったし、これからも起こるやろな。
アマゾンに、アマゾンのジャングルが飲み込んでしまったか、証拠を隠してしまった失われた文明があると思うか?
ああ、そう思うで。わしらは今、それを見つけ始めとるんや。巨大な地上絵とか、幾何学模様の土塁群とかがあるんや。普通の人が「文明」って聞いたら、ローマみたいなもんを想像するかもしれんけど、アマゾンでそんなもん見つかるとは思えへんな。アマゾンでは、自然の資源を使うんや。石材なんてほとんどないし、あってもめっちゃ深いところにあるんや。だから、多くのもんは土や木、羽、織物で作られとったんやろな。
でも、木で覆われてない土地の下に、石でできた建築物とか、考古学者が見つけるのが難しいもんが隠れとる可能性はあるんやろか?
アンデス山脈の麓、アマゾンとアンデスが接するところにはポテンシャルがあると思うで。そこから石が顔を出し始めるんや。盆地に入ったら、石は地面の何メートルも下にあるんや。たまに崖があって、川が深く掘ったところで見えるくらいや。それも乾季だけやけどな。あの川は毎年30メートル以上も水位が上がるんやから。
わい、その地域を訪れて、滝と触れ合って、水の力で景観が形作られ、歴史が消されていく様子を見て、謙虚な気持ちになったで。わしらが話しとる文明の文脈でいうと、水は数世紀、数千年の間にすべてを消し去ることができるんや。もし何かがめっちゃ昔に存在しとったら、数千年前のことやったら、自然に飲み込まれてしもうたんやろな。
せやな、それはほぼ間違いないと思うで。グランドキャニオンだって、水が掘ったもんやからな。今は小さな川が流れとるだけやけど、あれがあんなもん掘ったなんて想像もできへんやろ。自然と地質の力って、本当に魔法みたいなもんやな。古代文明の話になると、昔からあるもんの多くが海の下にあって、波の作用で破壊されたり、破壊されんかったもんも海の底深くに埋もれとるんやろな。
アトランティスは実在したと思う?
わいは、アトランティスは実在せえへんと思うで。プラトンの寓話の一つやと思うんや。彼の学校で教えるための面白い話としてな。もし似たようなもんが存在したとしたら、わいならアクロティリを推すな。サントリーニ島にあった大きな都市の残りもんや。火山が噴火して、都市の大部分を吹き飛ばしてしもうたんや。サントリーニの一部が70マイル先のクレタ島の崖にまで飛んでいったんやから、すごい威力やったんやで。元々あったもんは何でも吹っ飛んでしもうたんやけど、火口の端に残っとるアクロティリは、その時代としては不思議なほど進んどったんや。もしプラトンが説明したアトランティスのモデルがあるとしたら、それはアクロティリやと思うで。
アクロティリ、古代ギリシャの都市やな。紀元前16世紀頃にテラ噴火で破壊されて、火山灰に埋もれたんや。そのおかげでフレスコ画や多くの物や芸術品が保存されたんやで。その文明がどれくらい進んどったか、わしらにはわからへんのやな。
せやな。でも遺跡を歩き回ってみると、道路があって、水道設備があって、たいまつを置く小さな飾り棚があったりするんがわかるんや。3,500年前のもんとしては、特に水力工学の面でめっちゃ進んどったんや。
ここに発掘の写真があるけど、すごいプロジェクトやな。すばらしい場所や。これが都市の一部やってことがわかるで。火口の近くやから、都市自体はもっと大きかったんやろな。
この場合、たくさんの証拠が残っとるけど、さっき言うたように、自然環境のせいですべての証拠が破壊されてしもうた文明もあるかもしれへんな。
せやな。アクロティリはええ例やと思うで。ここでは保存された側が残っとって、すごいもんに見えるけど、都市の他の部分は完全に消えてしもうたってことがわかっとるんや。あの都市の一部は、70マイル先のクレタ島の壁に飛んでいったかもしれへん。プラトンが言うとるように、島ごと沈んでしもうたんや。アクロティリにもそのまま起こったことやで。
これがプラトンの言うとったもんやと思う?もし存在したとしたらの話やけど。
少なくともモデルとしては、これのことを話しとったんやないかと思うで。他にも、プラトンが書いてないような文明もあったかもしれへんな。わしらには記録が残ってへんけど。
全ての夢や希望、技術革新、戦争、争い、政治的緊張、社会的な交流、階級制度、芸術、そういったもんを持った文明全体が、あっという間に破壊されて、完全に忘れ去られ、古代の歴史から失われてしもうかもしれへんって考えると、謙虚な気持ちになるな。
考古学者としてよう考えるんや。この偉大な国について、わしらが達成したすべてのことについて考える。でも歴史的に見ると、わしらはまだ赤ん坊みたいなもんやで。200年しか経ってへんのやから。中米や南米で研究しとる都市の多くは、800年か1000年も続いたんや。今はもう遺跡になってしもうたけどな。わしらは歴史的な文明としてはまだスタートラインに立ったばかりやで。
ホモ・サピエンスは進化したけど、すぐには文明を作らんかったんやな。複雑な社会を形成するまでには長い時間がかかったんや。じゃあ、30万年前のアフリカから、どうやって文明を作るところまで行ったんやろか?
わい思うに、人類の進化の多くは、環境からの圧力が原因やったんやないかな。約1万2000年前から、いろんなことが変わり始めたんや。最後の氷河期が終わったころやな。特に新しい生存方法を見つけなあかん状況になったんや。アメリカ大陸では、気候が変わって、マンモスやバイソンがいなくなってしもうたんや。そやから、別の方法を見つけなあかんかったんや。
わしらは狩猟採集民やった。狩りと採集から食べ物を得とったんや。アメリカ大陸では、狩りの対象がいなくなって、ウサギとかで我慢せなあかんようになったんや。そやから、採集がもっと重要になってきたんや。そこから、特定のもんを育てられることに気づいて、庭が畑になり、集約的な農業になっていったんや。そうすると、もっと大きな集団で一箇所に住めるようになったんや。もう移動せんでもええようになったんや。そこから最初の定住集落が生まれたんや。一年中同じ場所に住むようになったってことやな。
人類の存在の大半において、わしらは遊牧民やったんや。地理的な地域によって、広かったり狭かったりする遊牧の円を描いとったんやけど、移動しとったんや。例えば、夏は山にいて、ベリーなんかを採って、冬は下りてきて狩りをするとかな。でも、人間が一箇所に留まる方法を見つけた時、それが文明につながる最初のきっかけやったんやと思うで。
社会を作る動機について、どう思う?それって、資源が尽きたり、古いやり方じゃみんなを養えんくなったりして、新しいことを考えなあかんようになったからなんやろか?それとも、探検したい、村の他の人に自分の新しい発見を見せびらかしたいみたいな、人間の探究心みたいなもんが原動力なんやろか?
まあ、わい自身も探検家の心を持っとるから、ちょっと偏っとるかもしれんけどな。人間には生まれつき、地平線の向こうに何があるか見てみたい欲求があると思うんや。他の人に自分の業績を見せびらかしたいっていう気持ちもな。わしら人間は社会的な生き物やからな。それが人間の強みやと思うで。一緒に働ける能力がな。
だから、わいは飴と鞭で言うたら、飴の方が大きいと思うで。状況が厳しくなったら鞭も出てくるけど、普通は飴で十分やと思うんや。
アメリカ大陸に最初の人々がやってきた話は、本当に面白いで。アジアから氷河期の間、あるいはその終わり頃に、世界がどんなもんかも知らんと未知の世界に飛び込んでいくなんて、かなりギャングスターやと思わへん?
せやな、わいも同意やで。めっちゃギャングスターやと思う。あそこは生きるのが大変な場所やからな。ヨルダン・ジョナスっていう人のポッドキャスト聞いたけど、あの人はやれたかもしれんけど、わいやったら無理やったと思うで。
そうやな、ヨルダン・ジョナスみたいな人間がおるってことは、そういう過酷な環境でも生き延びて、繁栄できる可能性があるってことやな。じゃあ、最初の人々はいつ、どうやってアメリカ大陸にやってきたと思う?
従来の理論はまだある程度有効やと思うで。少なくとも議論の余地はあるな。陸橋ができた時に、遊牧の狩猟民がいつもみたいに獲物を追いかけてきたんやと。獲物にとっては障害物がなくなったから、そのまま渡ってきて、人間もそれを追いかけてきたんやろな。
変わってきたのは、それがいつ起こったかってことや。DNAが考古学にとって完全なゲームチェンジャーになってな。昔の考古学者やったら夢にも思わんかったような進化の道筋がわかるようになってきたんや。
従来は12,500年前くらいに移住があったって言われとったけど、今では30,000年前くらいにもう一つの移住があったのはほぼ確実やと。で、もっと驚くべきことに、60,000年前くらいにも最初の移住があった可能性があるんや。DNAの研究結果を見てると、そう示唆しとるんや。
わいが若い考古学者やった頃は、12,500年より前の話をするのはタブーやったで。変人扱いされたもんや。でも今では、少なくとも30,000年前には渡ってきたのは明らかになってきとる。陸橋は開いたり閉じたりを繰り返してたんやな。
それって氷河期の間のことやろ?すごいな。
せやな、めっちゃすごいことやで。ニューヨークみたいな都市をすぐに作ったわけやないけど、人はおったんや。それ以前には絶対におらんかったってのも面白いところやな。
陸橋が閉じた時、DNAに変異が起こって、アメリカ大陸特有のハプログループができたんや。そのハプログループの研究から、シベリアを経由して渡ってきたってことがどんどんわかってきとる。アフリカや西ヨーロッパ起源説もまだ完全には否定されてへんけど、もうかなり少数派の説になってきとるな。
DNAも発展途上の科学やってことは覚えとかなあかんけどな。コードを解読したからって、すべての答えがわかるわけやないんや。どの科学でもそうやけど、ブレークスルーが起こると、2歩前進して1歩後退することもあるんや。だから、今のDNAモデルを絶対視せんようにせなあかんけど、みんなシベリア経由でやってきたってことを示唆しとるんや。すべてのネイティブ・アメリカンはアジア系の血を引いとるってことやな。
30,000年から60,000年前くらいの話やけど、これって徐々に進んでいったもんなんやろか?遊牧民の部族が動物を追いかけてゆっくり移動していったんか、それとも一人の探検家が部族を引っ張って、どんどん進んでいったんか。例えば、100年くらいかけて北米のカナダ辺りまで一気に移動したとか。ゆっくりした移動と大きな飛躍、どっちやと思う?
わいは大きな飛躍やったと思うで。まあ、ほとんど推測やけどな。でも、わしらの進化モデルの多くが言うとる「断続平衡」みたいなもんやと思うんや。大きな変化の瞬間があって、そのあとしばらく落ち着いて、また大きな変化が起こる、みたいな感じやな。
初期の人々は行けるところまで行って、そこで何千年も孤立した集団ができたんやないかな。DNAが示しとる面白いことの一つは、血液型が示しとったことなんやけど、アメリカ大陸で一番古い人々は南米におるんや。早い段階で分離されて、DNAが混ざらんかった人々や。アマゾンの人々の多くはO型の血液型で、ハプログループDなんや。これがアメリカに入ってきた最古のグループやな。
でも、彼らがベーリング海峡を渡ってきたとしたら、なんで南米におるんやろか?わいは、おそらくボートで海岸沿いに南米まで行ったんやないかと思うで。文化を推進する何かがあって、探検を続けたんやろな。
もし全財産を賭けるとしたら、何万年も前に起こって、めっちゃ早いペースで進んだって考えるな。探検家たちが南米まで一気に行って、そこで安定した生活を始めた。そっから南米、メソアメリカ、北米に徐々に広がっていったんやないかな。
次の波が来て北米と中米を占めて、最初の波は南米まで行って孤立して、次のグループと混ざったんやと思うで。
これはめっちゃ面白いな。ヨーロッパにも似たようなことがあってな。今はみんなケルト人はアイルランドの人やと思っとるけど、実はケルト人は東ヨーロッパから始まったんや。ヨーロッパ全体にいたんやけど、ローマが支配するようになって、ケルトの世界の端っこにあったアイルランドだけが「あの島の連中はほっといたろ」ってなって、今ではケルト文化の中心みたいになってもうたんや。でも実際は周縁部やったんや。
60,000年前の話やったら、これってめっちゃ初期の人類やな。
せやな。アマゾンやアンデス地域で、40,000年前くらいの炭素14年代測定の結果が出てきとるんやけど, 今までみんな「そんなはずないやろ」って無視してきたんや。でも、新しい証拠が出てきてるから、もう一度見直さなあかんのかもしれんな。
面白いのは、初期の人類が世界中に広がって、さっき言うたみたいに孤立して、そっから文明が生まれたってことや。孤立してたのに似たような要素があるのがめっちゃ面白いな。
せやな、めっちゃ面白いで。文明の揺りかごが複数あるってことや。ええアイデアが一つあれば、そのアイデアが自然に出てくるんやろな。その構造が自然に生まれてくるんや。
わい思うんやけど、すべての揺りかごに共通する類似点があるのは、もっと深い共通の過去があるからなんか、それともスタートレックのキャプテン・カークがよう言うとった「平行人類発展理論」みたいに、宇宙中の人類がある段階を経て発展していくんか、どっちやと思う?
ケースバイケースやと思うで。世界的に見たら、人類の平行発展の方に傾くかもしれんな。でも、アメリカ大陸だけ見ると、もっと短い期間の話になるから、アジアから持ってきた共通のもんがあったんやないかな。今では30,000年前までさかのぼれるようになってきたけど、人類の歴史からしたらまだほんの一瞬やからな。
分かれていったけど、核となる価値観があって、それが宗教や文化的な習慣になっていったんやと思うで。アメリカ大陸のすべての文化に共通点があって、それが遠い昔の単一の起源を示しとると思うんや。
南米の失われた文明の揺りかごについて話したことがあるって聞いたけど、南米はあんまり文明の揺りかごとして語られへんよな。南米とメソアメリカについて説明してくれへんか?
せやな。南米にはめっちゃ古いもんがあるんや。特にアメリカ人として、わしらの国は大きすぎて、そんな遠い場所のことなんて考えもせんけどな。でも、エジプトやメソポタミアみたいな、わしらがよう話す最古の文明よりも古いもんがどんどん見つかってきとるんや。
今のところ、文明の揺りかごと呼べるもんは全部ペルーの海岸にあるんや。いつかアマゾンの話もするようになるかもしれんけどな。今わかっとるのは、紀元前3000年代にさかのぼるもんがペルーの海岸にあるってことや。大きな石造りのピラミッドや神殿があるんや。
面白いのは、見つかってもまだめっちゃ孤立しとるってことや。カラルってとこがリマの北にあるんやけど、何十年も前から知られとるのに、わいが行くたびに月面に行ったみたいな感じやで。何マイルも誰もおらへんのや。こんな大発見があったのに、まだ誰も見に行かへんのは面白いな。まあ、行くのは簡単やないけどな。
そういう場所がまだたくさんあると思う?まだ発見されてへんのもあるんちゃう?
ああ、めっちゃあるで。ペルーにはたくさんあるんや。あの砂漠はすぐに荒れ果てて、完全に埋もれてしまうんや。まだ全く手つかずのピラミッドがたくさんあるんや。
ピラミッドって聞くと、みんなすぐエジプトを思い浮かべるやろ。でも、エジプトには140くらいしかないんや。それもほとんど全部見つかってもうた。ペルーには何千ものピラミッドがあるんや。
まあ、全部が石造りってわけやないけどな。アドベレンガっていう日干し煉瓦で作られたもんもあって、これはひどく風化してしもうとる。だから、今見ても興奮するような場所やないんやけどな。
面白いのは、「失われた文明はあるんか?」って最初に聞かれた時の話やけど、まだ発見されてへんもんもあるし、100年前に発見されたけど、当時の考古学者というか、骨董品収集家が見過ごしてしもうたもんもあるんや。
カラルもそういう場所の一つやったんや。ペルーの海岸には金や美しい陶器がいっぱい出てくるモチェ文化のピラミッドがあるんや。これはええ値で売れるんやけど、カラルは昔に見つかっとったのに、考古学者が「金も陶器もない、こんなとこ忘れよう、何も売れへんやん」って感じやったんや。
それが1970年代か80年代になって、誰かが「陶器がないってことは、陶器が発明される前ってこと?もう一回見に行った方がええんちゃう?」ってなったんや。
カラルの年代はどれくらいなん?
カラルは紀元前3200年くらいから始まって、周りにもたくさんの都市があって、紀元前1800年くらいまで主要な文明として続いたんや。
この写真見てみ。こんな建造物を作った背景にはどんな考えがあったんやろ?
ほんまにすごいよな。まあ、軽薄な考古学者みたいに「ここで儀式が行われたんや」とか言うのはあんまりにも漠然としすぎとるな。でも、こういう場所についてはそれくらいしか言えへんのが現状やな。
ここに写っとる場所、わい何回か行ったことあるんやけど、後ろのピラミッドの瓦礫は建物が揺れても崩れんように作られとるんや。ここはめっちゃ地震が多い場所やからな。でも、建物は崩れてへん。中に岩のネットみたいなもんを作って、全体がぐらぐら動いても崩れんようになっとるんや。
中からは赤ちゃんの遺体も見つかっとるんやけど、みんながすぐ「赤ちゃんを生贄にしとったんか、なんてひどい奴らや」って思うかもしれんけど、そうやないと思うんや。カラルの証拠を見ても、昔は乳児死亡率がめっちゃ高かったってことやと思うで。
子供が5歳になるまでちゃんと名前をつけへん文化もあったくらいや。死ぬ可能性が高かったからな。だから、儀式的な場所から見つかる赤ちゃんの遺体は、生贄やなくて、亡くなった子供を特別な場所に埋葬したんやと思うんや。昔は子供が亡くなることがもっと頻繁にあったからな。
驚いたのは、ピラミッドがペルーでエジプトより何百年も前に作られた可能性があるって言うたことや。本当なん?
間違いないで。実際、今では紀元前6000年くらいまでさかのぼるもんもあるんや。エジプトのより何千年も前やで。そのピラミッドはワカ・プリエタっていうんやけど、エジプトのピラミッドとは違うけど、れっきとしたピラミッドやったんや。
ピラミッドを建てる動機って何やと思う?自然の影響に耐えられるような構造やからか、それとも別の理由があるんかな?なんで人間は世界中のいろんな場所でピラミッドを建てたんやろ?
まあ、わいの答えはちょっと面白みに欠けるかもしれんけど、多くの人が「なんで世界中にピラミッドがあるんや?偶然か?」って聞いてくるんや。
わい思うに、鉄筋やセメントなしで大きな建物を建てようと思ったら、結局、底が広くて上が細くなる形になるんや。そしたらピラミッドになるんや。子供が積み木で遊んどっても、高く積み上げようと思ったら、自然と底を広くして上を細くするやろ。
みんなで大きくて高いもんを建てるっていうのは、人間の共通点の一つやと思うんや。「わしらが建てたもんや。わしらがいなくなっても、これは残る。誰かがわしらのことを覚えてくれる」みたいな。人間に共通する特徴があるとしたら、それは死の恐怖と、自分が無になって誰にも覚えてもらえんっていう恐怖やと思うんや。だから、最初の大きな記念碑は、「みんなで何か永遠に覚えてもらえるもんを作ろう」っていう気持ちから生まれたんやないかな。
さっきワカ・プリエタの話をしたけど、これが面白いんや。今まで話してきた高尚な目的とは違うんやけど、わいはこの最初のピラミッドは臭いゴミの山を覆うために作られたんやないかと思うんや。みんなが町の真ん中にゴミを積み上げて、それが魚臭くてたまらんかったんや。で、誰かが「土で覆ったら臭わんようになるんちゃう?」って言い出したんやないかな。
そしたら大きな丘ができて、そこに登って人々に話しかけられるようになった。でも柔らかいから、「粘土で覆ったら本当に臭わんようになるで」ってなって。わい本気で思うんやけど、ペルーの最初のピラミッドはゴミ処理から始まったんやないかな。
なるほど、飾り付けから始まったってことやな。
せやな。でも、それを見て、建造物の大きさに感動して、謙虚な気持ちになったんやろな。次の人が「こういうもんをもっと作り続けた方がええんちゃう?」って思ったんかもしれんな。
面白いな。北米でも、彼らもピラミッドを作ったんやけど、面白い進化があってな。川や海岸沿いに貝塚があったんや。人々がよう貝を食べとったから、集めやすかったんやろな。これらの貝塚は集落の近くにあって、きっとランドマークになってたんやと思うで。
でも、そのうち死者をその中に埋葬し始めたんや。これもまた臭いの問題やったんかもしれんな。「犬に食われたらあかんから、貝塚の真ん中に入れとこう」みたいな。でも、そのうち「ここにおじいちゃんの遺体があるんや」「ここに曾祖父の遺体があるんや」みたいになって、人々がその場所に愛着を持つようになったんや。
単に資源があるからやなくて、先祖の共通の思い出があるから、その場所に愛着を持つようになったんやな。で、アディナ人がオハイオ地域で最初のピラミッドを作った時、それは土でできとったけど、中には遺体がいっぱい入っとったんや。これは昔、貝塚に遺体を入れとった習慣の名残やと思うんや。
南米とメソアメリカで最初の文明はどこで、誰が作ったんやろ?
まあ、それはまだ解明中やな。最初に話したように、まだ多くのことが見つかっていない状態やからな。特に南米はどんどん古くなっていってるんや。
その質問に答えるのが難しい理由の一つは、どの時点で人々を「文明」や「文化」と呼ぶかっていう問題もあるんや。アメリカ大陸には「パレオ・インディアン期」って長い時代があって、この時代は大型動物を狩っとったんや。それらがいなくなってから、もっと長い「アーカイク期」っていう時代になるんや。
この時代は狩猟採集民やったんやけど, 時々誰かが新しい矢じりを作ったりして、狩猟道具を行ったり来たりしとったんやけど、何千年もの間、本当に何も変わらんかったんや。
そんで、最後にもっと大きな集団になり始めるんやけど、これはほとんどの場合、農業と関係があるんや。昔の考古学では、農業の発明が文明の始まりやって考えられとって、農業を学ぶまで定住集落はあり得へんって思われとったんや。
でも、それは否定されてきたんや。ペルーがその大きな理由やったんや。カラルのある地域は、アスペロっていう海岸の都市とつながっとるんやけど、アスペロも同じくらい古いんやけど、全部漁業やったんや。農業はなかったんや。
面白いのは、カラルは川の上流にあって農業をしとったんやけど、食べ物を作っとったんやない。綿を育てとったんや。網を作って、それを海岸の人々と魚と交換しとったんや。
だから、もう単純に農業だけの話やないんや。でも、まだ「家族以上の人数をどうやって養うか」「みんなで協力して、食べ物を豊富に作って、もう食べ物がなくなる心配をせんでええようにするにはどうしたらええか」っていう根本的な問題は変わってへんと思うで。
アマゾンで文明が始まった可能性があるって言うてたけど、それは本当なん?
そう思うで。わいは南米の宗教はアマゾンで始まったと思うんや。そこにはめっちゃ古くから人がおったんや。実際、アメリカ大陸全体で一番古い陶器が見つかったのは、他でもないアマゾンの真ん中なんや。
アマゾンでは面白い文化が発展しとったんやな。つまり、宗教は南米では文明よりも先に生まれたってことか?
さっき話したカラルとアスペロのことやけど、変なことに、芸術や宗教の証拠がほとんどないんや。ピラミッドや「神殿」って呼んどるもんはあるけど、そこで何が行われとったかは本当にわからんのや。宗教的な図像や儀式の痕跡は何もないんや。
最初の宗教的な図像が出てくるのは、その文化が終わる頃、紀元前1800年くらいからなんや。チャビン文化が始まって、その主要な神殿はアンデス山脈にあるんや。アマゾンと海岸の間で一番抵抗の少ないルートにあって、どっちに行くにも3日くらいかかる場所なんや。
そこで初めて宗教的な図像が出てくるんや。神殿中にあふれとるんやけど、海岸のもんもあるけど、図像はみんなジャガーや蛇、ワニなんや。これらは海岸には住んでへんで。全部アマゾンから来とるんや。
宗教ってめっちゃ強力なアイデアやな。宗教は人々を結びつける最強の神話の一つやと思うんやけど、それが南米ではアマゾンから始まったって可能性があるってことやな?
せやな、そう思うで。でも、アイデアは武器よりも強力やって知っとるけど、考古学ではそれを見ることができへんのや。時々、アイデアが形になったもんを見ることはできるけど、解釈の問題があるんや。このアイデアがこれを作ったって本当に正しいんかどうか、考古学ではそこまでわからへんのや。
これが考古学や古代史を研究する上での難しさの一つやな。建築物を理解しようとするだけやなくて、彼らの心の中で何が起こっとったかを理解しようとしとるんや。それこそがわいがこの仕事をしとる理由なんや。人々を理解しようとすることや。
でも、これは本当に探偵みたいな仕事やで。わしらが扱っとるのは完全に歪んだ記録やってことはわかっとる。時の試練に耐えられたもんしか残ってへんのやからな。この部屋を見回してみ。もし2000年の風雨にさらされたら、何が残るやろ?ここで何が起こったって思うやろ?
せやな。でも、この部屋だけやなくて、何千もの似たような部屋を見ることで、世界を支配してた様々なイデオロギーや宗教、アイデアについて少しずつ理解できるようになるんやないかな。
牙の神について話してくれへんか?アンデス地方の文明をつなぐ糸があって、その宗教は現在信じられとるよりもっと一神教的やったっていう、ちょっと論争を呼ぶアイデアを提唱しとるって聞いたんやけど。
その通りや。わいはそう思うとるんや。この牙の神は何千年も前にアマゾンからアンデス山脈に登ってきて、宗教が根付いたんやと思うんや。海岸とアマゾンのアイデアが組み合わさったもんかもしれんけど、わいの意見では、この神がすべての文化を通じて唯一の創造神なんや。
アマゾンの人々は今でもこの神について話しとるんや。ビアスっていう名前で呼んどる集団もあるんやけど、ジャガーがこの神の地上の使者やって言うとるんや。この神が創造神やって。
現在の主流の考え方では、多くの宗教は多神教やないって考えられとるんはなんでなん?
まあ、れっきとしたパンテオンはあるからな。ギリシャにもエジプトにもメソポタミアにもあった。旧世界の初期の宗教の多くはパンテオンやったんや。
それが問題の一部やったと思うんや。最初の考古学者たちは、古代文化にはパンテオンがあるっていう先入観を持って入ってきたんや。だから、芸術を見て、サメの神や月の女神、太陽神なんかを見出そうとしたんや。
でも、わいが芸術を見ると… わいはここオースティンのテキサス大学で美術史家として訓練を受けたんやけど、芸術の中の特定の特徴を時代を超えて追跡していくんや。そうすると、丸い目と牙のある口、手足に爪がある、頭からは蛇が生えてて、ベルトからも蛇が出てる… これはすごくはっきりした特徴やろ。
この神は人の首を切り落として持ち歩くのも好きなんやけど、これが牙の神なんや。チャビン・デ・ワンタルっていうチャビン文化の首都に現れて、その後何千マイルも離れた場所でも、次の2000年の間ずっと現れ続けるんや。インカまでずっとな。
インカにも創造神がいて、ヴィラコチャって呼んどったんやけど、これも牙の神なんや。インカの時代になると、イスラム教みたいに「ヴィラコチャの顔は理解できへん」みたいになるんや。宇宙図に描く時は、ただの塊みたいに描いて、「理解できへん」って感じにしとるんやけど、一番上にはちゃんとおるんや。
わしらが昔は神々やと思っとったもんの多くは、ただの超自然的な存在やったんやないかって思うんや。キリスト教に目を向けてみ。キリスト教は一神教やろ。他の神がおるなんて異端やって言われるわ。でも、他にどんな登場人物がおる?天使や悪魔、イエス・キリストとか… わいは聖霊が誰かもわからんけど、なんか超自然的な存在やろ。
一神教のシステムにも、神やないけど超自然的な力を持つ存在がたくさんおるんや。わいはここに古代アンデスの芸術を誤解しとるポイントがあると思うんや。
時代を超えて芸術を分析して、その文化にとって重要な存在を理解しようとする過程ってどんなもんなん?ただ何度も何度も現れるもんを見つけるんか?
まあ、文字がない時代は、芸術の描写にいろんな意味が込められとるんや。例えば、ギリシャ神話のパンテオンでも同じようなことができるやろ。神々の服装や持ち物で、どの神かわかるんや。ハデスとゼウスは、持っとるもんで見分けられる。雷とか三叉の槍とかな。
そういう特徴的な要素があるんや。だから美術史では、時系列に並べて分析していくんや。年代順に並べたら、「ほら、ここにチャビン文化の神様がおるやろ。500年進んで、モチェとナスカの文化になったら、ここにどんな神様がおる?」って感じで見ていくんや。
わいが見とるのは、一つや二つの特徴やなくて、一連の特徴を持った同じ神様が、何千年もの間、それぞれの文化で繰り返し現れるんや。丸い目、牙のある口、手足に爪がある。人間の形をしとるけど、頭から蛇が髪の毛みたいに生えてて、ベルトからも蛇が出とる。
チャビンではそうでもなかったけど、時代が進むにつれて、切り取った人間の首を持ち歩くようになるんや。昔の文献では、モチェの「首切り神」って呼ばれとったりするんやけど、他にも「カニの神」とか「キツネの神」とかがおるんや。
でも、よく見てみ。「カニの神」ってのは、カニから生えとるのがあの神様の顔やし、「キツネの神」もキツネから生えとるのがあの神様の顔なんや。
わいは、これはゼウスが好きな女性に会うために、いろんな動物に姿を変えたみたいなもんやと思うんや。ゼウスはいろんな姿で現れたけど、常にゼウスやったやろ。わい思うに、この牙の神様も、芸術の中で人間や動物を通して自分を表現しとるんや。
神話の物語が失われてしまって、わしらにはわからんくなってしもうたんやろな。チャビンからモチェ、そしてインカまで、何百年、何千年もの間、そういうことが起こっとったんやな。ワリの文化にもおるし、ティワナクの有名なプマ・プンクにもおるで。
これらのアイデアがどうやって広まって、牙の神のイメージが変化していったのか、考えるのは面白いな。
わいは、人々が歩いて広めていったんやと思うで。チャビンみたいな場所があって、後のインカ時代にはパチャカマクっていう場所があったんやけど、これらは巡礼地やったんや。病気が治るように祈りに来たり、ただ敬意を表しに来たりしたんや。
チャビンは、アマゾンの人々と海岸の人々が集まる場所やったんや。考古学的にも証拠があってな、ピラミッドの下に面白い迷路があって、牙の神の絵がいっぱい描かれとる。ある迷路には陶器ばっかり、次の迷路には動物の骨ばっかり、その次は石でできたもんばっかりっていう感じなんや。
人々がやってきて tribute を捧げて、学んで、自分たちのコミュニティに戻っていったんや。巡礼地から広まっていって、誰かが戻って牙の神の神殿を建てる、みたいな感じやったんやないかな。
牙の神と人々の関係について、わかっとることはあるか?牙の神の力をどう考えとったんやろ。怖がっとったんか、それとも全知全能の神やと思っとったんか?喜びや収穫をもたらす神やったんか、それとも恐れて動物や人間を生贄に捧げて、なだめようとしとったんか?
わいは、ヒンドゥー教の神々みたいに、両面性があったんやないかと思うんや。一つの側面は恐ろしくて、もう一つの側面は愛らしいみたいな。牙の神にも同じような性質があったんやないかな。
確かに、人の首を切り落とす恐ろしい戦士としての一面もあるし、ジャガーであること自体が力と獰猛さを示しとるんやけど、面白いことに他の側面もあるんや。
例えば、治療の儀式にも関わっとったんや。特にモチェ文化では、その治療の儀式に性行為が関係しとったりするんや。司祭が女性や男性と性行為をするような陶器があって、その中には顔が牙の神に変化していくようなのもあるんや。神が彼らを通して行動しとるみたいな感じやな。
でも、一番面白いのは、牙の神に柔らかい一面があることを示すのは、牙の神に子犬がおることやな。子犬が足元で踊ったり、飛び跳ねたりしとる様子がいろんな場面で描かれとるんや。
時には、さっき言うた治療のための性行為の場面にも出てくるんや。わいは他の文脈からこの子犬を追跡してきて、司祭が誰かと家で性行為をしとる場面に辿り着いたんや。そこには牙の神がおって、子犬がドアを引っ掻いとるんや。「おい、わい忘れたんか?」みたいな感じでな。
そしてある日、ついに女性と性行為をしとるのが牙の神やなくて子犬やっていう場面を見つけたんや。「ほんまに深く関わっとるんやな」って思ったで。
そやから、首を切り落とすのも好きやけど、大事にしとる子犬もおるんや。
これで30年前に書いたモチェ文明のシャーマニズムについての論文の冒頭が理解できたわ。「この論文の主な焦点である性行為、子犬、首狩りが、古代モチェのシャーマニズムと関係があることを示す」って書いとったんやな。子犬の意味がやっとわかったで。
せやな。首狩りは首切り神のことやし、それ以来、わいはロックンロールもリストに加えたんや。実際、音楽も大きな役割を果たしとるんや。
彼らは霊を呼び降ろすんや。霊の世界があって、先祖たちがおるんや。サン・ペドロ・サボテンのジュースを飲む人たちは、もう牙の神について語らへんけどな。500年のキリスト教の影響で、異教の神を語るのはあんまり人気がなくなってしもうたんや。
でも、まだ存在はしとるんや。トゥルヒーヨの辺りではイペックって呼んどるで。アマゾンでは、フルートを吹いたり、女性の合唱団が歌ったりするんや。それで霊を儀式に呼び降ろすんや。
病気の人を苦しめとる霊がおって、司祭やシャーマン、コランデロ(呪術師)が自分の霊の仲間を連れてきて、何が起こっとるか理解しようとするんや。音楽が始まると、その霊たちが呼び寄せられるんや。
普通の人には見えへんけど、サン・ペドロ・サボテンのジュースを飲んだ人には見えるんや。これは幻覚剤なんやけど、アマゾン側ではアヤワスカ、海岸側ではサン・ペドロ・サボテンを使うんや。これを使うと、もう一つの世界が見えるようになるんや。
わいも最近アマゾンに行って、アヤワスカを大量に飲んだで。郷に入れば郷に従えってやつやな。
それがどれくらい昔から行われとるか知っとるか?
誰も覚えとらんくらい昔からやと思うで。自然にある植物やから、ずっとそこにあったんやろな。何千年も前からやと思うで。
これも面白いことに、チャビン・デ・ワンタルの話に関係しとるんや。わいが宗教がアマゾンから来たって言うとる理由の一つなんやけど、アマゾン側を向いとる壁があるんや。アマゾンからの道を通って街に入ってくると、最初にこの壁が見えるんや。
そこには顔がたくさん描かれとって、人間の顔もあれば完全なジャガーの顔もあるし、その中間のもんもあるんや。でも、変身の途中のグループがあって、そこでは鼻から鼻水がダラダラ顔を伝わって流れとるんや。
サン・ペドロではこんなことは起こらへんけど、アヤワスカではこういうことが起こるんや。昔は吹き矢で鼻や… まあ、お尻に吹き込んどったんやけど、鼻に吹き込むと最初に起こるのが、鼻水が止まらんくなることなんや。
3000年前の神殿の裏側に、制御できんほどの鼻水を垂らしとる人の石の彫刻があるんや。これが宗教とシャーマニズムの発展に大きな役割を果たしたんやないかと思うんやけど、どう思う?
わい思うに、幻覚剤は昔から今に至るまで、心を開かせる役割を果たしとるんやないかな。アメリカ大陸の文明の形成に実際に触媒の役割を果たした可能性があると思うか?
せやな、そう思うで。でも、幻覚剤はすべての古代の伝統に存在するわけやないんや。実際、不思議なことに、本当に幻覚作用のある植物… 単に気分を変えるんやなくて… その大半がアメリカ大陸にしかないんや。
アメリカ大陸以外では、幻覚を引き起こす薬物ってほとんどないんや。もちろん今は世界中にあるし、どこでも育てられるけど、元々はアメリカ大陸以外にはほとんどなかったんや。だから、他の場所では経験できんかったような形で、ここでは経験の一部になっとったんやな。
儀式の一部として使われとったのか、それとも文明を定義するようなアイデアを生み出す実際の方法として使われとったのか、その程度はどうやったんやろな。サイケデリクスが文明の形成に重要な役割を果たしたって考えるのは面白いな。
南米に関しては、本当にそうやったんやないかと思うで。北米ではもっと北の気候やから、そういうもんは少なかったんや。少なくとも幻覚剤に関してはな。タバコはいつも大きな役割を果たしとったけど。
幻覚状態に達する方法は一つやないからな。難しい方法やと、飢餓とか睡眠不足とかがあるんや。例えばマヤ人は、睡眠不足と飢餓状態にして、それから自分で深く切り傷をつけるんや。その失血が幻覚を引き起こすと信じられとったんや。これは薬物とは全然関係ないな。
わいは薬物の方がずっといいと思うで。結果が大事で、道具そのものが洞察を生み出すわけやないんや。結果が大事なんや。幻覚剤は毒で、わしらを殺しかけとるんや。それは死に近い状態なんや。
アメリカ大陸の人々は、眠ることはもう一つの世界に入ることやと信じとったんや。死んだら別の世界に入るんや。強い毒を飲むのは、一定期間、その別の世界に入るのを助けるもんやと考えとったんやな。
トム・ウェイツが歌で歌うとったな。「わいの街には少しの毒が必要や」って。その毒が発明の良い触媒になるのかもしれんな。
南米の最初の「母文化」「母文明」って誰やったんやろか?時系列で見ていくと、最初に現れた人々にどんなラベルをつけられるんやろか?
その絵は進化しとるんや。ずっと昔は、わしらが話しとったチャビン人が母文化やって考えられとったんや。最初の宗教的な芸術の描写があったのは確かにチャビンやし、多くのもんを伝えたんは間違いないんやけどな。
でも突然、カラルが見つかったんや。次に、まだほとんど調べられてへんけど、カラルよりも古いかもしれんサリン文化っていうのがあるんや。去年、わいもちょっと見に行ってきたんやけど、バスから見ただけでも「あれはピラミッドやな」「あっちにもあるで」って感じやったんや。
わしらが研究したもんがどれくらい古いか知っとるから、紀元前3000年くらいまでさかのぼるんやないかって思うんや。
カラルはわいをイライラさせるんや。芸術がほとんどないからな。石と骨はあるけど、陶器すらないんや。わいが解釈できるようなもんを残してくれへんかったんや。だから、あの人々が何を信じとったのかわからへんのや。
芸術を見るのが、人々の信仰を理解する一番の方法の一つなんやな。それと、できれば何か文字を解読できたらええんやけど。これが一番実りの多い方法やな。アイデアっていう捉えどころのないもんに近づくためにな。
せやな。芸術がないとキツいんや。アマゾンに話を戻すと、アマゾンに失われた文明があった可能性があるって言うとったよな。「Z市」とか「エルドラド」っていう名前で呼ばれとるやつや。これらが存在した可能性はあると思う?
「Z市」と「エルドラド」はかなり離れた場所にあるんや。エルドラドのアイデアはコロンビアの辺りに集中しとるんやけど、「Z市」はブラジルのシングーって地域にちなんで名付けられとるんや。
アメリカ大陸くらいの距離が離れとるんやで。地図で見ると気づかへんかもしれんけど、アメリカ合衆国全体がアマゾンの中に収まるくらい、アマゾンって広いんや。この二つは両端にあるんやけど、どっちも文明の証拠があるんや。
低地やから常に洪水が起こるんで、大きな丘を作って、丘と丘の間に巨大な道を作ったんや。季節的に水没しても、街の中を歩けるようにな。シングー地域では、そういうもんがたくさん見つかっとるんや。何万人もの人を養えるような巨大な地域がな。
もちろん、石造りやないし、ずっと森に覆われとったから、かなりボロボロになっとるけど、確かにあるんや。
今、ブラジルは牛の放牧に力を入れとるんやけど、ブラジルとボリビアが協力して、全域を横断する高速道路を作ったんや。それで新しい土地がたくさん開かれて、もっと多くの「幾何学的な土木工事」が見つかったんや。これらの文明の証拠がどんどん増えとるんや。「あるかもしれん」んやなくて、間違いなくあるんや。
ちなみに、熱帯雨林を守ろうとしとる人たちは、この高速道路のことをめっちゃ嫌がっとるで。わいが学んだことの一つは、道路を作ると必ず伐採業者がやってくるってことや。木を切り倒し始めるんや。
考古学の観点から見ると、木を切ると何かを発見できるかもしれんけど、大切な熱帯雨林を守る立場から見ると、明らかに逆効果やな。
面白いのは、伐採業者が森を切り開いて、去った後、森がめっちゃ早く自分を癒すのを見たことがあるんや。本当に早いんや。数十年の単位で考えて、それを何世紀も続けたら、文明が熱帯雨林に完全に飲み込まれるのがわかるな。アマゾンではそれが確実に起こったんや。
せやな。アマゾンでの人々の活動範囲を広げようとする方法の一つに、「テラプレタ」っていう黒土を探すんがあるんや。これが広大な範囲で見つかっとるんや。
人類学の用語で「人為的景観」って言うんやけど、この真っ黒な土は自然の森林過程だけでは生まれへんって言うとるんや。遠い昔のある時期に、そこに森はなくて、大規模な農業や人間活動があって、土が完全に黒くなるまで変えてしもうたんやって。
わいがアマゾンに行った時、マナウスから黒川をボートで2日くらい上って、いろんなコミュニティに会いに行ったんや。この黒土のこと聞いてみたら、「ああ、それがわしらがここにおる理由や」って言うんや。
「時々村を移動するけど、移動する時はテラプレタを探すんや。そこに村を作るんや。そこやったら庭がちゃんと育つからな。他の場所やとうまくいかへんのや」って。
さっき言うたように、正しい質問をせなあかんのや。すべての秘密は人々が持っとって、聞けば教えてくれるんや。
そういうのがようけあるんや。今、考古学界で盛り上がっとるゲベクリ・テペ。今では11,000年前まで遡れるようになってきたんやけど、その地域全体はタッサーって呼ばれとるんや。数十年前に見つかったばっかりなんやけど、ある考古学者がその地域をボートで回っとって、羊飼いに「何か古いもんないか知らん?」って聞いたんや。
そしたら「ああ、見せたるわ」って言うて。突然、失われた文明が見つかったんや。羊飼いはずっと知っとったんやけど、誰も聞かへんかっただけなんや。
ゲベクリ・テペの話が出たけど、アマゾンにも失われた文明があると信じとるグラハム・ハンコックについてはどう思う?
ああ、グラハムには会うたことあるで。個人的には好きな人や。ユーモアのセンスもあるし、頭もええと思う。研究者としてもええと思うで。彼もわいも同じ事実を扱っとるんや。違うのは解釈の部分やな。
わいは、グラハムが言うとる「今は失われた一つの古代文明が他のすべての文明の種まきをした」っていう考えには賛成でけへんのや。遺物の面でも、技術の面でも、美術史的な分析でも、そういう証拠は見つからへんのや。
彼の研究はすばらしいと思うで。わいの同僚の多くよりもよく読んどる。でも、彼の結論には同意でけへんのや。彼とはこのことについて話したことがあって、とても礼儀正しく普通に会話できたで。どこかで悪意をぶつけ合うことなく、意見の相違を認め合ったんや。
そういう議論を聞いてみたいな。彼は、アマゾンのジャングルは高度な古代文明が作った人工の庭園やって可能性を提案しとるんやけど、それはどの程度あり得るんやろか?
正直、その点では彼に同意やで。さっき話したテラプレタのこととか、巨大な幾何学的な土木工事とか、そういう証拠がどんどん増えとることは事実なんや。今では、ボリビアの南からガイアナまで、ジャングルを開くたびにこういう大規模な工事の跡が見つかっとるんや。
確かに、広大な文明がそこにあったのは間違いないんや。どれくらい進んどったかは疑問やし、視点の問題でもあるな。グラハムはわしらが知らんことや可能性のあることに焦点を当てるんや。
彼が提案しとる主なアイデアで、あんたが同意でけへんのは何なん?文明の進歩のレベルか、それとも文明の規模と中央集権化の程度か?
わいが主に同意でけへんのは… まあ、彼のアイデアも進化しとるんやで。どの科学者も研究者も、キャリアの最初に持ったアイデアを死ぬまで変えへんってことはないからな。彼のアイデアも進化しとるんやけど、核心的な部分は変わらへん。
彼は、めっちゃ進んだ単一の古代文明があって、それが気候条件によって完全に破壊されたって考えとるんや。最近では、ヤンガードライアス期の仮説を取り入れて、隕石の話もしとるな。
彼は、その文明は破壊されたけど、一部のメンバーがその大災害から逃れて、世界中に広がって、次の文明の復興のために種まきをしたって信じとるんや。ここがわいが同意でけへんところなんや。
わいは、これらは独立した文明で、それぞれの方法で発展したと思うんや。もっと進んだ過去の文明に種まきされたわけやないんや。共通点があるのは、共通の祖先を持っとるからやと思うで。
彼の初期の本では、それがアトランティスやって示唆しとったけど、今はそうは言ってへん。でも、単一の進んだ、今は完全に失われた文明があったっていう考えは変わらへんのや。
考古学では、わしらのアイデアはすべて理論やで。事実はほとんどないんや。わしらの話が間違っとる可能性もあるけど、一つだけ自信を持って言えるのは、わしらはもんを見つけるのがめっちゃうまいってことや。魚の鱗だって見つけられるんや。
だから、そんなに技術的に進んで、そんなに大規模な文明があったのに、陶器の欠片一つ見つからへんっていうのは、わいには信じられへんのや。
もちろん、すべてがこの単一の文明から始まったっていう話は魅力的やな。もう一つの説、つまりアジアからベーリング海峡を渡って、南米まで行って孤立して、そこで素晴らしく洗練された文明やアイデア、宗教的な考えを作り出したっていう話に比べたらな。
みんな洪水神話を持っとるし、ピラミッドも作っとる。似たようなもんがようけあるんや。でも、それには他の説明もできるかもしれへん。単純で魅力的な説明やとしても、証拠がなあかんのや。
せやな、それが肝心なとこやな。すべては理論やし、責任ある科学者として、わしらは自分の理論を証明しようとするんやなくて、反証しようとせなあかんのや。それが科学の枠を外れへん方法なんやけど、考古学ではよう忘れられてしまうんや。起こっとることを証明しようとするんやなくて、反証しようとせなあかんのや。
神秘にあんまり寄りかかりすぎたらあかんな。ほとんどが謎やけどな。めっちゃ変な分野やで。真っ暗な部屋で手探りしとるようなもんやからな。ほとんどが謎やと思うで。他の科学はほとんど明るい部屋で作業しとるみたいなもんやけど、考古学は暗い隅っこを何とか照らそうとしとるようなもんや。
せやな、それがこの仕事の魅力やな。でも、いつも自分に言い聞かせとるのは、人類が今まで持った、パラダイムを変えるようなアイデアは、最初は異端や狂気として扱われたってことや。「あいつはアホや」って言われとった人が、突然「天才や」って言われるようになるんや。
だから、突拍子もないように聞こえることにも心を開いとかなあかんのや。そのうちの一つが、いつか大きなパラダイムシフトにつながるかもしれへんからな。気に入らんアイデアの本を燃やしとったら、物事を進歩させる可能性を自ら閉ざしてしまうことになるんや。
それはええ考えやな。そう言うてくれてありがとうな。アマゾンについて面白いと思うのは、今でもまだ未接触の部族がようけおることや。古代史にさかのぼって考えると、アマゾンにはこういう孤立した、互いにかなり異なる部族がたくさんあったんやろな。これらの部族とその歴史について、あんたの理解を教えてくれへんか?今でも存在しとる部族についてな。
そうやな、「未接触」言うても、彼らのことを何も知らんってわけやないんや。大体どこにおるかはわかっとるけど、エクアドルなんかではめっちゃ責任ある政策を取っとって、誰も彼らに接触しに行ってはいけないことになっとるんや。だから、情報はほとんどないんや。彼らがジャングルから出てきて話しかけてきたらええけど、わしらから探しに行くことはないんや。
でも、彼らは時間が止まったみたいな感じやな。どれくらいの間そういう状態が続いとるのか、わしらにはよくわからへん。でも、さっき言うたみたいに、人間は環境からの圧力で変化するもんなんや。必要に迫られて物事を発明したり、変化したりするんや。
アマゾンの面白いところは、一度そこで死なんように適応してしまえば、食べ物の天国みたいなもんなんや。食べ物が空から降ってくるようなもんや。いったんその環境に適応してしまえば、他に何かを作る必要がほとんどないんや。うまくいっとるんやから、変える必要がないんや。
現代の人間がこういう未接触の部族に出会うと、彼らの暴力性に気づくんやな。出会う人をみんな攻撃的に襲うんや。外国人だけやなくて、お互いも攻撃し合うんや。ヤノマミ族は、延々と続く部族同士の争いで有名やな。これについてどう思う?
わい自身は比較的平和な人間やけど、みんなと同じように、わいの中にも怪物がおるんやと思うで。わい思うに、これは文化的な規範が制度化されたもんなんやないかな。ヤノマミ族の場合、一人前の男になるための通過儀礼として、他の村の誰かを殺すか重傷を負わせることが必要なんや。
近親交配を避けるために、遠くの集落から女性を誘拐することもよくあるんや。もちろん、科学的に考えとるわけやないけどな。これがでかい喧嘩の始まりになるんや。
もう一つ喧嘩の原因になるのが、誰も喧嘩を始めてへんのに病気になることや。アマゾンや古代アメリカのどこでも、病気は生物学的なもんやなくて、精神的なもんやと考えられとったんや。村の誰かが病気になったら、「どんな精霊が彼を苦しめとるんや?誰がその精霊を呼び寄せたんや?」って考えるんや。
そしたら噂が広まるんや。「ああ、きっとあっちの村のジョーやな。前に娘を盗まれたから、まだ怒っとるんやろ」って。「ジョーを殺しに行ったら、病気が治るんやないか」みたいな感じでな。
こういう終わりのない暴力の連鎖は、ハットフィールド家とマッコイ家の争いみたいなもんやな。ニューギニアの人々も似たようなことをしとる。よく考えたら、主に森林地帯やけど、人々が隠れて互いに攻撃し合うのが文化的な制度になっとる場所があるんや。
未接触の部族を、接触せずに研究するのはめっちゃ難しいな。彼らの言語や心の哲学、コミュニケーションの取り方、階級制度なんかを理解するのは大変やろな。
ああ、ペルーで面白い話があってな。たぶん8年くらい前の話やけど、生物学研究所のレンジャーが、自分の担当地域を守っとる時に、たまたま未接触の部族の一人と出会ったんや。全部族やなくて、何人かと友達になって、森の中で会うようになったんや。村には入らへんけどな。
何年かかけて彼らの言語を学んでいって、初めてこの部族と話せる通訳者になったんや。めっちゃ重要な存在やったんや。ある日、何人かが森から出てきて、そのレンジャーを矢で射殺してしもうたんや。そして森に戻っていってしもうた。「わしらの言葉がわかる唯一の奴や。殺して村を移動しよう」みたいな感じやったんやろな。
彼らは本当に、さっき言うた怪物の方に傾いとるんやな。子犬の方やなくて。みんなの中に両方あるんやけどな。
わい思うに、わしらはええ方の天使の声に耳を傾けなあかんのや。そうせんかったら、人類全体が簡単に野蛮になって、自分の欲しいもんを手に入れるために暴力を使うようになってしまうかもしれへん。野蛮にならんようにするのは、毎日の選択なんや。
文明社会に住んどると、そういうのはもう過去のもんやって思いがちやけど、実はちょっとしたきっかけで呼び覚まされる可能性があるんやな。『1984年』の「2分間憎悪」みたいに、適切な言葉で原始的な感情を呼び起こして、ある方向に向けることができるんや。それが大きな破壊につながる可能性もあるんや。
わしらのスポーツも、そういう衝動を取り込んで、ポジティブな方向に向けるもんなんやな。最後に誰かが死んでしまわんようにな。
で、今のマヤ文明って呼ばれとるもんは、いつ頃から出てきたん?
ああ、それもまた複雑な話やな。主にジャングルに住んどった別の集団で、わしらはまだほとんど探索できてへんのや。実は、アマゾンとか今話しとるペテン地方の山岳地帯とかの質問への答えの多くは、まだそこにあるんや。
考古学者が住みたがらん場所やからな。ひどい場所や。わいも行ったことあるけど、テントで寝て乾パンを食べるなんて御免やで。わいはええ町に住みたいんや。だから、答えがありそうな場所の多くは、まだ本当に調査できてへんのや。何を見とるかわかるくらい教育を受けてて、かつそこに住みたいと思うくらいタフな人間が必要なんや。わいはもう現場仕事は卒業や。今はこうしてええポッドキャストスタジオにおるで。
まじめな話をすると、マヤ人らしい文化を持った人々の最初の痕跡は、チャビン文化と同じくらいの時期、紀元前1800年くらいに見つかるんや。「原マヤ」って呼ぶ人もおる文化があって、グアテマラとメキシコが接するところの太平洋岸、ソコヌスコって場所にあるんや。これが本当の意味でのマヤ文化を持った最初の人々や。
彼らは、伝統的にメキシコの母文化と見なされとるオルメカ文化と交流しとったんや。南米で話したのと同じような感じで、最初のマヤには宗教を示すようなもんがあんまりないんや。でも、オルメカは宗教を発展させて、それを広めていったんや。
マヤはどんどんオルメカが作った宗教に関わるようになっていくんや。オルメカはマヤの北にある、テワンテペック地峡のって呼ばれる沼地に住んどったんや。
ここでたくさん質問したいんやけど、わいの頭の中がごちゃごちゃしとるんや。まず、マヤとオルメカはどっちが先に出てきたん?それに、これらは別々の文明なん?こんなに近くにおって、どうやって別々の文明を維持できたんやろ?
わい、つい最近オルメカとマヤの交流についてGreat Coursesっていう講座のために撮影を終えたところなんや。来年の春に公開されるんが楽しみやな。
わい思うに、彼らは一緒に進化したんやないかな。考古学はこの点では最悪の敵なんや。わしらは文化に名前をつけて、一つの文化が別の文化に進化したって話をして、文化が魔法のように別の名前の文化に変わる時代区分を作るんや。でも、当時の人々はそんな名前なんか気にしとらんかったと思うで。
マヤとオルメカは、メソアメリカで起こっとった大きな交流圏の一部やったんや。めっちゃダイナミックな時代やったんや。オルメカが主に宗教の部分を担当しとったけど、他の地域は技術、例えば陶器の技術とか、赤鉄鉱の鏡を作る技術とか、黒曜石や他の石で道具を作る技術とかを提供しとったんや。
オルメカはメキシコの真ん中、細くなって沼地になっとるところにおったんや。テワンテペック地峡って呼ばれとるとこや。マヤはその東におって、サポテカ人が住んどったオアハカ盆地はその西にあって、もっと西にはメキシコ盆地があって、そこは何千年も後にアステカになる場所なんや。この地域みんなが交流しとったんや。
もうちょっと線引きをしてもええか?メソアメリカと南米の違いとか、さっき言うたオルメカとマヤの地理的な位置とか。今、紀元前1000年くらいの話をしとるんやな。
ああ、そうやな。紀元前1000年くらいがええ中間点やな。紀元前1800年くらいから始まって、紀元前500年くらいにはオルメカはいなくなって、新しい文明の波と人口増加が起こるんや。
メソアメリカの境界は、地図で見ると、左上のチワワ砂漠の真ん中あたりやな。そこから北はほとんど誰も住んでへんかった大きな砂漠があって、もっと北に行くとアメリカの四隅地帯にいた先住民の祖先がおったんや。彼らはメソアメリカの人々とは違う生活をしとったんや。
現代のメキシコの国境はどこやねん?
現代のメキシコは、地図でマヤって書いてあるところの白い線のところで終わっとるな。そこがグアテマラやで。グアテマラがメキシコの大部分を中央アメリカから切り離しとるんや。
でも、メソアメリカはホンジュラスの半分くらいまでしか続いてへんのや。そっから先は誰の土地でもないような感じやな。ニカラグア、コスタリカ、パナマはメソアメリカでもないし、南米でもないんや。金があるから南米寄りやけどな。
パナマを越えたら完全に南米やな。そこにも二つの異なるグループがおるんや。西海岸のアンデス山脈にいる連中と、アマゾンにいる連中や。
西のアンデスとアマゾンはかなり違うんやな。「アンデス地域」って言う時は、アンデスとアマゾンのことを指しとるんか、それともアンデスだけなん?
アンデスだけやな。アンデスと太平洋側の海岸、そこがアンデス文明や。
マヤはアンデス地域まで行ったんやろか?
考古学的には証明できへんけど、交流はあったはずやと思うで。まず、地球の反対側の人間が広範囲に旅をしとったのに、この人たちが旅をせんかったって考えるのはおかしいやろ。
それに、いろんなヒントがあるんや。例えば、さっき話したマヤの最初の陶器は、技術的にめっちゃ洗練されとるんや。でも、エクアドルでは1000年も前からそれがあったんや。わいを含めて多くの人が、陶器のアイデアは南米からマヤにやってきたんやないかって思っとるんや。
マヤはベーリング海峡を渡ってきた二番目の波で生まれたんか、それとも最初に南米まで来た人たちの子孫なんやろか?移住はどんな感じやったんやろ?わかっとることはあるんか?
まだ解明中やな。正直に言うと、答えはわからへんのや。でも、マヤの体格を持った人々の証拠はあるんや。一般的に、森で育った人は小柄で、開けた平原で育った人は背が高いんや。たぶん、何世代にもわたって枝に頭をぶつけたか、ぶつけんかったかの違いやろな。
冗談やと思うかもしれんけど、実際そういうこともあるかもしれへんで。アフリカのピグミーは小さいし、平原の人は大きいやろ。北米インディアンは背が高くて、マヤは小さい。森の中の人が小さくなる傾向はあるんやな。
ユカタン半島にローロン洞窟っていうのがあって、そこに手形があるんや。誰かが手を洞窟の壁に当てて、木炭を吹きかけて輪郭を描いたんや。その木炭は1万年前のもんなんや。
面白いのは、その手がみんな小さいんや。わいは北ヨーロッパ系やけど、わいの手を近づけてみたら、みんなわいの手より小さいんや。1万年前にその洞窟にいたのが子供ばっかりやったか、マヤと同じ体格の人やったかのどっちかやな。
木炭の年代が測れるなんてすごいな。1万年前に人がそんなものを残しとったなんて、めっちゃ面白いな。
せやろ。実は2000年くらい古いのもあるんや。数年前に、同じくユカタンの洞窟で、ナーイって名付けられた女性が見つかってな。彼女は1万2000年前のもんなんや。
ベーリング海峡を渡って南米に行って、アマゾンでいろんなええアイデアを発展させて、それからメソアメリカの方に戻ってきたっていうのが、今のところの最善の推測なんかな?
せやな。陶器の技術は、海を渡ってやってきたと思うんや。面白いのは、マヤには本当の意味での宗教がなかったんや。宗教的なアイデアの活発なセットがなかったんやな。それをオルメカから借りてきたんや。
最近この講座のためにめっちゃ深く掘り下げて調べたんやけど、本当にそんな感じやったみたいやな。他の文化は翡翠や赤鉄鉱、黒曜石を持っとったんやけど、オルメカにはそんなもんは何もなかったんや。沼地に住んでて、土で物を作っとったんや。
でも、他の地域からそういう材料を輸入して、宗教的な図像をいっぱい彫り込んで、それをまた輸出しとったんや。
ここに牙の神は出てこないんか?
ここには牙の神は全然おらへんのや。中央アメリカやメソアメリカにはおらへんのや。ジャガーの図像はあるけど、同じもんやないんや。このジャガーに変身する神様っていうのは、ここにはおらへんのや。ここにはパンテオンがあるんや。
マヤとオルメカがこの地域の面白い民族やったんやな。彼らが星を見上げた時、宇宙についてどんな考えを持っとったんやろ?
それはわいが生涯をかけて答えようとしとる質問やな。わい思うに、彼らはそれを生命の循環的な性質の証拠やと見とったんやないかな。もちろん、他の古代の集団と同じように、「あれは神々なんか?なんであんなに遠くにおるんやろ?」って思っとったやろうな。
でも、特にマヤは、他の多くの文化より数学的な目で見とったと思うんや。毎晩これらのもんが動くのを見とったんや。今でもそうやけど、毎晩見とったら、すべての星が一緒に動いとるのに気づくんや。
まるでカーテンみたいなもんで、その上で何か重要なもんが踊っとるんや。それが月や太陽、惑星なんや。目に見える惑星は5つあるんや。だから、なんでこの7つだけが他と違う動きをしとるんか、って注目し始めたんや。
そして、数学的にそれを追いかけ始めたんや。もちろん太陽は農業のサイクルにも関係しとったから、それ自体が重要やったんやけどな。惑星については、アイデアを思いついて、絶対に計算してて、繰り返しのサイクルがあるって気づいたんや。
それから、それについての神話を作り始めたんや。例えば、金星は戦争と結びつけられとってな。古典期のマヤでは、戦争をする時期がめっちゃ儀式化されとって、金星と関係があったんや。
例えば、金星が明けの明星として初めて現れる時が、隣人と戦うのにええ時期やったんや。後期古典期になって、チチェン・イツァがユカタンの首都になった頃には、ちょっと変わってきたんや。
金星を毎日見てると、朝、少しずつ上がっていって、明けの明星として最高点に達したら、急に3倍くらいのスピードで地球に向かって落ちていくんや。後期古典期のマヤ文明の人々は、これを神々が地球に槍を投げ込んでるように見たんや。
これが隣人を攻撃するのにええ時期やったんや。槍が地球に当たる時が戦争の時期やったんや。
これ、めっちゃ面白いな。彼らは基本的に、生命や存在がいろんな時間のスケールで循環的やって考えとったんやな。
せやな、それが出発点や。それから外を見て、めっちゃ正確に… 彼らがどれだけ正確やったかは本当に驚くべきことなんやけど… サイクルを測定し始めたんや。
そして、本当によくやったんや。もちろん、彼らはアメリカ大陸で唯一完全に発達した文字体系を持っとったんや。南米にはキープーっていうのがあったけど、わしらの文字とはまったく違うから、まだ何なのかよくわかってへんのや。数学があるのはわかっとるけどな。
彼らは一生かけて測定したもんを次の世代に渡せたんや。次の世代はそれをもっと発展させて、さらに次の世代に… こうやって古代天文学の聖杯みたいなもんを発見したんや。
彼らがどれだけすごかったかっていうと、歳差運動が見えたんや。地球がほんのちょっとだけ揺れとって、星々を背景にして見ると、26,000年かけて一周するんや。26,000年やで。
でも、マヤは72年で1度動くって計算して、古代の過去の星の位置を計算したんや。星座を使って、「今、この惑星はこの星座にあるけど、33,000年前にはこの星座にあったはずや」みたいなことを示してくれとるんや。こんなことを発見できたなんて、本当にすごいよな。
彼らの科学コミュニティ… そう呼んでもええと思うんやけど… の詳細を知りたいな。
絶対そう呼んでええと思うで。実際、これはわいの世代で、わいのキャリアで変えていきたいと思っとることの一つなんや。これらの文化に、他の古代文明と同じように敬意を払うべきやと思うんや。
科学って呼ばれへんけど、科学って呼ばれるべきもんがあるんや。彼らの数学はすごいし、水力工学も化学もすごいんや。だから、これらのことを違う風に話すことで、人々に彼らの業績を違う風に認識してもらいたいんや。
せやな、天文学の面では間違いなくすごい科学的な仕事をしとったんやな。特にここではな。マヤの暦の洗練された側面について話してくれへんか?彼らが開発した暦について。
ああ、あと5時間くらいかかるで。冗談やけどな。ちなみに、あんたにも2024年のマヤ暦をあげたよな。
せやな、あげてくれたな。これは彼らのカレンダーシステムがずっと使えるってことを世界に示すためにやっとるんや。未来にも過去にも、このシステムで何十億年でも行けるんや。わしらのシステムと同じようにな。
ここに書いてある3つの要素、ツォルキン、ハアブ、長期暦について話してくれへんか?これらの暦の面白い要素は何なん?
ほんま、彼らはめっちゃ数学オタクやったんや。時間を表すのに一つのサイクルを作るだけじゃ物足りんかったんや。全部が歯車みたいにかみ合う、いろんなサイクルを作ったんや。まあ、彼らはそんな風には考えてへんかったやろうけどな。
ツォルキンが一番古くて、今でも続いとる暦なんや。何百万人ものマヤの人々が、260日のカウントで生活しとるんや。週も月もない、ただ13の数字と20の日の名前を組み合わせて、合計260日になるんや。そしたらまた最初に戻るんや。
高地に住んでる人は皆、この暦での自分の誕生日を知っとって、それが自分の性格や、どんな仕事に向いとるかを示すって信じとるんや。それぞれの日には固有の精霊がおって、その日に何が起こるべきかも決まっとるんや。
マヤの人たちは、これらの日をまとめて「マム」って呼んでて、おじいちゃんおばあちゃんの精霊みたいなもんやと考えとるんや。それぞれの日に話しかけたり、祈ったりするんや。今では約8000人の「アヒキフ」って呼ばれる日を守る人たちがおって、彼らは日を数えるだけやなく、コミュニティの心理カウンセラーみたいな役割も果たしとるんや。
人々が「わいの人生めちゃくちゃやわ、なんでやろ?」って言うたら、「マムに聞いてみよか」って感じで相談に乗るんや。「ああ、あんたこれやこれをしてへんみたいやな。それに、あんた会計士やけど、会計士になるべき人やないで。あんたは助産師になるべきやったんや。何しとるんや?人生間違うとるで。あんたはケーの日生まれやから、ケーの人らしく生きなあかんのや」みたいな感じでな。
生まれた日がどんな意味を持つか、その日を体現する精霊がどんなもんかを、めっちゃ真剣に考えとるんや。
わいもケーやで。13ケーや。わいの性格を見ると、「無責任な夫であり親やけど、人々に好かれとるから家族は繁栄する」みたいなことが書いてあるんや。まあ、ひどいくらい正確やな。
その通りやな。面白いのは、鶏が先か卵が先かみたいな話で、本当にそう信じとったら、この暦を本当に神聖なもんとして社会を構築したら、その精霊の性質が本当にその日に生まれた人の人生に現れてくるんやないかな。
せやな、面白いな。マヤの人々は本当にこのシステムを信じとるんや。この260日の暦が、彼らが何千年も前に作った最初の暦で、今でも一番重要なんや。
ところで、なんで260日なん?何か理由があるんか?
今のマヤの人々の多くが同意しとる説があるんや。何千年も前の最初の設計者が何を考えとったかはわからんけど、これは9ヶ月、つまり人間の妊娠期間やねん。
1モンキーの日に妊娠したら、子供は13モンキーの日かその近くに生まれる可能性が高いんや。わい思うに、これめっちゃ美しいアイデアやと思うで。
もしこれが正しいとしたら、マヤやメソアメリカの人々が、時間を数えるシステムを考えた時に、天を見上げたんやなくて、自分たちの体の中を見たってことやな。人間として最初に経験するサイクルは何やろか、って考えて、この9ヶ月っていうのを選んだんや。
これは本当にわしらのサイクルなんや。地球上の他のどの文化も、自分たちの中を見て暦を作ることはなかったんや。
これが一番古くて、今でも続いとる神聖な暦なんや。二番目のハアブについては?
ハアブは太陽暦で、地球上のすべての文化が最終的に作るようになったタイプの暦や。でも、これが二番目ってことはわかるんや。なぜかっていうと、これについて話す時、260日の暦の記号や数字を全部使うんや。
「太陽暦も必要やな。じゃあ、これをあと105日数え続けたら365日になるやん」みたいな感じやったんやろな。
なるほど、同じ考え方を引き継いどるんやな。これは農業とかそういう理由で役立つんやろ?
せやな。でも面白いことに、ハアブには閏年がないんや。「あいまいな年」とも呼ばれとって、ただ365日やから、毎年4分の1日ずれていくんや。そのうちめっちゃずれてくるんや。
実は、現代でも問題になっとるんや。このカレンダーでは、わいは1000年前からただ数学的に計算しとるだけやから、太陽年の始まりを、特に東グアテマラの高地のマヤのグループとは違う場所に置いとるんや。
彼らは1950年代に親戚が変えたんやけど、農業のサイクルがずれすぎたから、60日戻して春に合わせたんや。でも、これはずれていくんや。農業のサイクルにはあんまりええもんやないのに、これはまだ説明がつかん謎の一つやな。
これがハアブやな。で、長期暦は?
長期暦は本当に不思議で面白いもんなんや。直線的な年の数え方をしとるんやけど、これは彼ららしくないんや。わしらの週とか月みたいに、一連のサイクルなんや。
でも、変なのは、長期暦システムでの1年の見積もりが360日しかないんや。太陽年からめっちゃずれとるんや。そして、20進法で数えるんや。わしらが10進法で数えるのと同じように、彼らは20進法なんや。
だから、1の位、20の位、400の位、8000の位、16万の位って感じで上がっていくんや。わしらの10、100、1000、1万みたいな感じやけど、20倍ずつ増えていくんや。
3番目の… 彼らには20日の月があって、それから1年があるはずなんやけど、計算上は400日になるはずなのに、360日しかないんや。これで全体がおかしくなるんや。
その上に20年の期間と400年の期間があるんや。彼らの暦では400年やけど、その時点でわしらの計算だと396年しかないんや。なんで年を360日に調整したんか、それは謎なんや。天文学的にも合わへんし、人間のサイクルでもないんや。
でも、彼らはめっちゃ長い期間のことを考えとるんやな。バクトゥンは144,000日やろ?アウネは長期暦の400年やから、わしらのミレニアムみたいなもんやな。
わしらは千年単位や100年単位で考えるのが大事やと思うけど、彼らは20年の期間をカトゥンって呼んで、よく祝っとったんや。そして400バクトゥンが大きな区切りで、これがわしらのミレニアムみたいなもんやな。
13のバクトゥンが、わしらの前の創造の時にあったんや。彼らも、世界には複数の創造があったって考えとったんや。これは彼らだけやなくて、多くの古代文明が同じようなことを言うとるんやけどな。
わしらは技術的に4番目の創造の中にいるんや。彼らには「ポポル・ブフ」って呼ばれる創造の物語があって、そこにははっきり書かれとるんや。3番目の創造は「英雄の双子」って呼ばれる英雄たちの助けを借りて終わって、4番目の創造が始まるんや。
マヤの記念碑を見ると、長期暦を使って計算してて、わしらもそれを正確に計算できるんや。4番目の創造は紀元前3114年8月11日に始まったんや。でも、これが1日目やとは書いてへんのや。3番目の創造の13番目のバクトゥンの最後の日やって書いてあるんや。
これは、一つの創造は13バクトゥンしかないってことを示唆しとるんやな。つまり、これが4番目の創造で、暦はその4番目の創造から始まっとるんやけど、紀元前3114年から13バクトゥン数えていったら、2012年になるんや。
だから、2012年12月21日に世界が終わるっていう、あの有名な考えが出てきたんやな。
せやな、あの頃はわいにとってめっちゃ実りの多い年やったわ。全国でようけ講演したで。ギャレット・モリソンのサタデー・ナイト・ライブみたいに、黙示録はわいにとってめっちゃええもんやったんや。
でも、これはめっちゃ面白いな。つまり、技術的には今わしらは5番目の創造におるってことになるんか?
いや、実際にはまだ4番目やと思うで。わいの主張は、マヤの数学や暦のすべてを見ると、そんなことは一言も言うてへんのや。実際、4番目の創造がもっと続くことを示すデータがいくつかあるんや。
あのバクトゥンの場所には20のバクトゥンがあるはずやと、彼らの数え方からすると13やなくて20やと思うんや。パレンケとかドレスデン写本とか、もう一つ忘れたけど、どこかに2012年以降の時間について書かれとるんや。
これって矛盾せえへん?13が核心で、20が全体の長さってことなんか?
せやな、矛盾しとるように見えるな。13っていう数字は彼らにとって特別な意味があって、あちこちに出てくるんや。魔法の数字みたいなもんやな。
わいの説明は、あんまり確実やないけど、創造の物語の最後で英雄の双子が魔法のような行為をしたことで、時間がリセットされたんやないかって思うんや。彼らの魔法のおかげで、そこでちょうど時間が再スタートしたんやけど、自然なバクトゥンのサイクルは13やないってことやと思うんや。
遠い過去や遠い未来の時間を扱うテキストがあって、そういう時はバクトゥン以上の単位を使うんや。ピクトゥン、カラブトゥン、キンチルトゥンって感じで、どんどん大きな単位になっていくんや。これらは本当に長い期間を表す単位なんや。
16万年っていうのは、めっちゃ長い時間やねんけど、彼らが長い時間のことを話すときは、その上の桁に13をどんどん入れていくねん。わしが思うに、彼らは時間の終わりのない性質について、なんか深遠なことを言うてるんやと思うわ。つまり、彼らのテキストの中で、時間は永遠に魔法のように続くってことを伝えとるんやと思うねん。でも、彼らはまだ、時間が前にも永遠に続くとは考えてへんかったんや。
他の文明が前にあって、これは4回目の創造やって考えとったんや。神々が皆を作ったんやけど、最初の人間は泥で作られて溶けてしもうた。2回目は木で作られたけど、動物に対してクソみたいな態度とってた。3回目は俺らみたいやったけど、別の面で欠陥があった。で、やっと俺らが神々の血とトウモロコシで作られて、完璧になったんや。ポプル・ヴフが説明しとるように、今回はうまくいったんや。
この創造には決まった期間があるって信じる理由はないんやけどな。変なのは、スペイン人が接触したアステカ人も、前に複数の創造があったって考えとったけど、スペイン人に対して、全部同じ時間じゃなかったってはっきり言うとったんや。300年くらいのもあれば、700年くらいのもあったけど、同じ期間じゃなかったんや。だから、3回目の創造が13やったら、これも13やないとアカンっていう数学的な論理は、アステカ人が創造の性質について教えてくれたことと真っ向から対立しとるんや。創造の期間はそれぞれ違うって言うとったんやから。
前の創造の神話について、どう思う? 彼らは昔の文明の長期的な記憶を持っとったんやろうか?
それは洪水の神話にも通じるものがあるかもしれんな。同じような大きな神話が長い間、受け継がれてきたんやろうね。いろんな意見があるけど、全部が13やったら、アステカ人が言うように5回の創造があったとして、全部で2万5千年くらいになるんや。それは歳差運動の周期にかなり近いから、中には全部が歳差運動の1周期に合わせて設計されたんやって言う人もおるけど、わしはそれは信じへんわ。でも、ネットでは大ヒットしそうやな。
洪水の神話がほとんどの社会や宗教に存在するのは、なぜやと思う?
それは簡単やと思うわ。氷河期が終わって、浴槽が再び満たされたときのことやな。
つまり、氷河期が終わって海面が上がったってことか。
そうや。何が起こったかよう分からんまま、ただその話を伝えていっただけやと思うわ。みんなの素敵な海岸沿いの村が水没してしもうたってことやな。高い土地に逃げんとアカンかったんや。それで、人々が天気の話をするみたいに、何世代にもわたって海面上昇の話をしとったんや。
なんでここに住んどるんや、おじいちゃん? 昔はあっちに住んどったけど、水が来たからな。
何代も経つと、それがあらゆる考えに染み付いて、神話になっていくんや。でも、世界中の神話になったんやな。わしには合理的な説明がつかへんことがいっぱいあるけど、洪水の神話はほぼ間違いなく海面上昇のことやと思うわ。
毎日に霊が宿るっていう考えがあるやろ。現代の占星術みたいなもんや。ほとんどの人は占星術を非科学的なオカルトみたいに考えとるけど、マヤ暦の研究から見て、占星術の世界観に何か知恵があると思うか?
分からんな。わしにもオカルト的な部分はあるんや。そういうのを信じたいって気持ちはあるけど、科学者としては生物学的・科学的な理由を思いつかへんのや。客観的に見たら、さそり座で生まれた人が全員むっつりしとるわけやないやろ。それは客観的に見て正しくないわ。
でも、面白いことに、このマヤの占いみたいなんがよく当たることがあるんや。ある学生が、わしが作ったアプリを使って300人くらいにギリシャの星座とマヤの星座について調査したんやけど、その学期末のレポートの結論が、マヤのほうがずっとよく当たっとるってことやったんや。それはそれで面白いけどな。
でも、わしはやっぱり科学者やから、そういうのは信じられへんのや。生まれた月が周期の中のどこかで、人格や運命を決めるなんて、科学的な根拠がないんや。
同感や。でも、周りにはまだまだ謎がいっぱいあるからな。わしが好きなのは、その世界観に内在する謙虚さやな。俺らにはよう分からん精神世界というか、そういう世界があって、そこにどんな知恵があるんやろうって考えられるんや。そこからいろんなシステムを作って解釈しようとするんやけど、そこで人間の傲慢さが出てくるんやな。
でも、世界にはまだまだ分からんことがあるって謙虜になるのはええことやと思うわ。
せやな。わしは世界の謎が大好きや。古代文明を発見したいって思うけど、世界の謎を全部解きたいとは思わへんのや。謎があるからこそ、人生は生きる価値があるんやと思うわ。
マヤの文字体系について言及したけど、彼らが使っとった言語や文字体系の面白い特徴ってあるか?
そうやな、わしはマヤの研究に人生の大半を費やしてきたけど、まだ分からんことがようけあるんや。テキサス大学オースティン校でリンダ・シェリーから学べたのは光栄やったな。彼女は1970年代にマヤの象形文字の解読に成功したグループを率いとったんや。最高の先生から学べて、すばらしい時間やったわ。リンダのことは今でも懐かしく思うわ。
その解読の話をもう少し詳しく聞かせてもらえるか? 象形文字の解読に必要なことは何やったんや?
うーん、すごいことやったな。俺らにはある種のロゼッタストーンがあったんや。ユカタンでマヤ人を改宗させとった神父のディエゴ・デ・ランダの本の1ページやった。彼は情報提供者に文字体系のことを聞いて、それぞれの音が何を意味するか聞いたんや。彼は彼らにアルファベットがあると信じ込んどって、マヤ人に「ここにAを書いて、ここにBを書いて、ここにCを書いて」って言うたんや。
そのマヤ人は神父に言われた通りの音を全部書いたんやけど、実際にはアルファベットじゃなくて音節やったんや。母音と子音の組み合わせやな。でも、それがある種のロゼッタストーンになったんや。
大きな鍵になったのは、マヤ人が今でも同じ言語を話しとるってことや。今でも何百万人ものマヤ人がマヤ語の方言を話しとるんや。ここで俺が混乱するのは、俺らには1つの文字体系があって、それを解読できたってことや。基本的に同じ文字体系がユカタン半島の上からグアテマラ、エルサルバドルまで使われとったんやけど、今日では33のマヤ語があって、お互いに通じへんのや。
昔話されとった言語を今に投影すると、チョルティっていう言語になるんや。これはチョティとチョルっていう2つの言語を組み合わせたもんやけど、わしにはまったく理解できへんのや。昔1つか2つの言語やったとしたら、どうやって500年で33の互いに通じへん言語に花開いたんやろう? しかも、文化変容や恐ろしい感染症で人口の90%が死んだ時期やで? どうやってそんなことが起こったんやろう?
わしらは何か大きなことを見逃しとるんやと思うわ。中国語みたいに、中国の文字は複数の言語で読めて理解できるってことがあるやろ。どうやってそんなことが起こるのか、正確な仕組みは分からへんけど、マヤの地域で過去500年の間に言語が減るんじゃなくて増えたってのは、ありえへんように思えるんや。
じゃあ、方言が急速に生まれるプロセスがあったか、もともとこれらの方言があったのに、共通の文字体系があったってことやと思うんか? それとも、複数の言語が同じ文字体系を理解する方法があったんやろうか? あるいは、ラテン語みたいなもんがあったんやろうか? ヨーロッパでも、ほとんどの人が読み書きできへんのに、聖職者たちは皆ラテン語を理解しとった時期があったやろ?
そうやな、象形文字は古代マヤ世界のラテン語みたいなもんやったんかもしれへんな。でも、はっきりした証拠がなくて、その間をつなぐものが分からへんのや。
実際に、ロシアの学者のユーリ・クノロゾフが解読に成功したんや。アメリカ人やヨーロッパ人は、その文字言語は死語やって確信しとったんやけど、ユーリはそんなアメリカやヨーロッパの考えに染まってへんかったから、モスクワの大学院で教わった方法で取り組んだんや。辞書を見て、今でも話されとるユカタン語を象形文字に当てはめてみたんや。
ランダのアルファベットを使って、特定の音があるってことは分かっとったんや。彼の2つの重要な例が、犬の絵の上にある記号と、七面鳥の絵の上にある記号やった。ユカタン語で犬は「ツル」やから、2つの記号があって、これはおそらく「ツ」で、これは「ル」やろうって考えたんや。七面鳥は「クツ」やから、最後が「ツ」で終わるはずやって。
彼は「ツ」と「ツ」が同じ記号やってことを示して、それで解読のプロセスが始まったんや。今でもまだ取り組んどるところやけどな。
その解読のプロセスはめっちゃ面白いな。どうやってそんなことを考えつくんやろ。まだ解読されてへん文字体系はあるんか?
そうやな、まだいくつかあるわ。イースター島の文字があるな。ロンゴロンゴっていうんやけど、最近ちょっと進展があったみたいや。例が25個くらいしかないけど、少しずつ解読し始めとるんや。
あと大きいのはハラッパー文字やな。昔は、世界に5つの独立した文字体系があるって言われとったんや。中国語と、メソポタミアの楔形文字と、エジプト文字と、マヤ文字と、それからインド北部のハラッパー文字や。ハラッパー文字だけはまだ解読できてへんのや。
今では碑文学者、つまり古代文字を翻訳する人たちが皆でハラッパー文字に取り組んどるんやけど、リストから外そうとしとるんや。解読できへんからな。記号の種類は十分あるんやけど、誰も解読できへんのや。今では、ただの複雑な記号の集まりで、話し言葉を表してへんんじゃないかって言う人もおるんや。
それは仮説やけど、解読が難しい理由を説明できるかもしれへんな。でも、もしかしたら、次の世代が挑戦してくれるかもしれへんわ。
アメリカ大陸からの面白いのは、インカのキプやな。結び目で記録する紐のシステムやけど、単なる計算以上のものを記録しとったんは間違いないんや。計算のやり方は分かっとるし、合計とかも出せるんやけどな。
キプは綿や獣毛の紐で作られた記録装置で、南アメリカのインディアンの文化圏でいくつかの文化が使っとったんや。普通、キプは1本の長い紐から小さな紐がぶら下がっとって、その小さな紐にいくつかの結び目があるんや。
結び目の中には数学的なキプもあって、それは計算できるんやけど、言語も記録しとったんや。クスコには図書館まであって、スペインの征服者たちが連れてこられたときに、図書館の管理人たちがただ「あれを取って、これを読んでくれ」って言うだけで、200年前に起こったことの歴史を読み上げたんやで。
これは間違いなく文字やったんやけど、1570年代に教会の偉い人が、キプを読める人たち、キプ・カマユクっていうんやけど、全員集めて、キプを全部読ませて、スペイン語の本に書き写させたんや。そんで、キプを全部燃やして、その人たちを殺してしもうたんや。
ほな、もうあかんやん。
せやな。今でもキプの暗号は解読できへんのやけど、これが文字言語やったのは間違いないんや。書かれたんじゃなくて、織られたり結ばれたりしたんやけどな。
今でもキプは残っとって、もう1000個を超えたと思うわ。暗号を解くには十分な数があるはずや。この世代が解読できるかもしれへんな。
これだけ少ししか残ってへんのは悲しいな。
そやな。1000個あるのはええけど、ペルーはまだ考古学的にほとんど手つかずやからな。まだまだ掘り出せるもんがようけあるはずや。
デイエゴ・オルティスっていう神父の話を読んだことがあるんやけど、彼はペルーで早い時期にコミュニティを改宗させとった人やった。彼の年代記を見ると、3000人のコミュニティにスペインの祈りを全部教えようとしたんや。キリスト教に改宗するのに大事な祈りをな。
彼はそのコミュニティのキプ・カマユクに、それぞれの人のキプを作らせて、それを読み上げて祈りを暗記させたんや。町の中でキプを持ってへんのを見つかったら鞭打ちの刑やったんや。だから、同じキプを3000個作って、そのコミュニティの人たちに配ったんや。
もしそのコミュニティを見つけて、墓地を発掘できたら、そこにロゼッタストーンがあるかもしれへんな。
ペルーのどこかに、もしかしたら大きなコミュニティがあって、この言語を理解しとる人たちがおるかもしれへんな。ただ行って聞くだけで、「ああ、そうや、これはこう読むんや」って教えてくれるかもしれへん。
そういうコミュニティが実際にキプを使っとるところもあるんや。期待が高まったところもあったけど、結局ただの作り話やったこともあるな。昔は読めたってことは知っとるけど、実際には読めへんから、適当なことを言うて、読めるふりをしとるだけやったんや。詳しく聞いたら分からへんのや。
もっと単純なレベルでは、リャマの牧童たちがポケットに紐を入れとって、結び目でリャマの数を記録しとるんや。病気のリャマとか、失くしたリャマとか、妊娠しとるリャマとかのサブカテゴリーの情報も入れとるんや。これはもっと単純で数学的なキプやけど、記録として効果的に使っとるんや。
考古学的に、マヤの社会組織がどんなもんやったか分かるもんなんか? 階級制度があったとか、政治構造がどうやったとか、指導者がおったとか、神官の役割とか、誰が力を持っとって誰が力を持ってへんかったとか、そういうのは分かるんか?
象形文字のおかげで、実はようけ分かっとるんや。考古学は結構ざっくりした道具やから、この人は金持ちの家に住んどって、この人は貧乏な家に住んどるとかは分かるんやけど、象形文字はもっと具体的なことを教えてくれるんや。
誰が統治できるかとか、世襲制やったってことや。王族の血筋が重要で、その血は燃やして天にいる先祖とつながるんやけど、地下世界にいる先祖とはちゃうんや。
階級制度についても教えてくれるんや。王の下には貴族の評議会があって、それぞれが氏族を代表して、自分たちの地区を持っとったんや。権威のある役職も交代制やったんや。
わしが論文で地図を作った遺跡では、ペン・ハーって名前の領主の称号があって、これは軍隊の将軍みたいなもんやったんや。この役職は時間とともに変わっていったのが分かるんや。
例えば、チャク・ズーツっていう人が、コッノムって王の治世の初期にファイアー・ロードやったんやけど、別のパネルを彫ったときには、別の人がアハウっていう称号を持っとって、これもファイアー・ロードやったんや。だから、彼は昇進したんやな。まあ、殺されたかもしれへんけどな。
それから、後古典期の面白い例があるんや。王様がおらんようになったんや。王様が嫌いになったんやな。これが古典期の終わりと都市の放棄の大きな理由やったと思うわ。人々はただ王様にうんざりしたんや。
そんで、もっと評議会制になったんや。チチェン・イツァが滅んだ後、マヤパンっていう新しい都市ができたんやけど、建築はチチェン・イツァに似とったんや。でも、マヤパンの同盟っていうのができて、ユカタン半島中から代表が集まる評議会ができたんや。
これは基本的に民主主義やったんや。マヤの民主主義や。ユカタン半島中から家族の代表がマヤパンに集まって、それぞれの家族が自分たちの評議会の家を持っとったんや。彼らは自分の故郷に住んどったけどな。
これは一種のマヤの議会制民主主義みたいなもんやったんや。これは本当にそうやったんや。これは1250年頃に起こったんやけど、家族の名前も分かっとるんや。
もちろん、人間やからな。結局はめちゃくちゃにしてしもうたんや。ある家族が別の家族を殺して、都市全体が燃えてしもうたんや。
その一部はアステカが物事をめちゃくちゃにしたせいやったんや。アステカが南下してきて、「お前らが作っとるもん全部買うで」って言うて、最終的には「人間も買えへんか?」って言い出したんや。
ある家族は「ダメや」って言うたんやけど、別の家族は「でも、ようけ金くれるやんか」って言うて。そんで、お互いを殺し合うて、水源も汚染されて、都市は燃えてしもうたんや。
奴隷制度と殺人と病気が人類の歴史の大きな部分を占めとるみたいやな。
マヤの異なる時代について言及したな。古典期、後古典期、先古典期、それから始原期。それについて話してくれへんか?
始原期は、まだ本当の文明がなかった時期やな。始原期はほとんど皆が狩猟採集民やった時期や。
古典期は黄金時代やった。
先古典期は面白い時期で、さっき話したやつや。
後古典期は民主主義が出てきた時期や。途中からやけどな。
そうや、評議会システムに戻ったんや。マヤは評議会が大好きやったからな。
先古典期は文明の起源みたいなもんや。都市を建て始めて、暦を作り始めて、素晴らしい芸術作品を作り始めた時期や。
古典期は、10冊の教科書を見たら10通りの日付が書いてあるやろうけど、基本的には王の時代やな。わしにとっては、都市がエリートの王族を中心に組織され始めた時期や。この王族には魔法の血が流れとって、先祖と交信できるんや。先祖は神々と直接つながっとるんや。
マヤは神々と直接交信せえへんかった。先祖と交信して、先祖が神々との連絡役になるんや。だから、マヤの王朝の時代には、特別な血を持つ人たちが現れて、基本的に他の人たちを騙して、自分たちの子孫だけが神々と話せるって言うたんや。
普通のホセ・マヤは自分の血を流して燃やして先祖と交信できるけど、ホセの父親はただのトウモロコシ農家で、下の方に住んどるだけやから、神々に影響を与えられへんのや。でも、支配者の霊は一旦下に行くけど、すぐに天に上がって神々のおる所に住むんや。そこで連絡役になれるんや。
これが400年ほど続いた王政の正当性やったんや。250年から900年って言うけど、それは全体を含む端っこやな。面白いのは、実際には彼らの歴史の9番目のバクトゥンに特定できるんや。9番目のバクトゥンは426年くらいに始まって、829年くらいに終わるんや。だから400年くらいの期間やな。
それ以前には王様はおらんかったし、それ以降も本当の意味での王様はおらへんかったんや。評議会の長になったんや。わしはこれを王の時代って呼んどるんや。みんな基本的に独裁者の指示に従っとった時期やな。
しばらくの間はええことやったんや。都市が発展して、人口も増えた。わしはこれを一種のカリスマ的指導者のカルト的な瞬間やと思うとるんや。強いカリスマ性のある指導者が人々を鼓舞して、一緒に偉大なことをやったんや。
でも、最終的には権力が腐敗するんや。突然、扱いに気をつけんとアカン巨大なエリート階級ができて、「あいつらと戦うべきや」とか「お前らはこれを取りに行け」とか言い出すんや。最終的に人々はうんざりして、これらの都市から出て行ってしもうたんや。
これが謎のマヤ文明の崩壊の理由や。都市が全部なくなってしもうたんや。
それがマヤ文明の大きな謎の1つやな。非常に短期間のうちに、100年くらいで急激に衰退したみたいやけど。何が原因やと思う? 何が起こったんやろ?
わしは考古学が起こっとったことを適切に見れてへんのやと思うわ。ほとんどの都市の人口は、20〜40キロ離れたところに移動して、自分の農場を始めたんやと思うわ。朽ちる家に住んどったんや。考古学的な証拠では、都市の中心部に誰も住んでへんってことしか分からへんのや。
大量の遺体は見つかってへん。病気で死んだっていう証拠もないんや。確かに、最後の方で戦った都市もあって、その痕跡ははっきり見えるんや。都市が攻撃されて燃やされたのは分かるんやけど、ほとんどはそうやなかったんや。人々は移動して別の場所に行ったんや。
800年から900年の間に、エリートたちが2つの方向に移動したみたいやな。一部はグアテマラ高地に移動して、一部はユカタン半島に移動したんや。チチェン・イツァがユカタンの次の大きな首都になったんやけど、イツァっていう言葉は実はグアテマラ北部のペテン湖周辺に住んでた人たちを表す言葉やったんや。
全てのマヤ人は、イツァが新しいアイデアを持った移民としてやって来て、チチェンを作ったってはっきり言うとるんや。
つまり、自分たちの都市で歓迎されへんくなったエリートたちが、ただ移動して別の場所で新しく始めたってことやな。
なんで衰退したんやろな。何か特定のきっかけがあったんか? 社会を変えるようなアイデアがあったんか?
まだ議論中やな。わしは1つの理由やとは思えへんのや。人間は複雑やからな。いろんなことが重なったんやと思うわ。
考古学的に見えるのは、どの都市も人口過剰になったってことや。人気がありすぎて、人々に食べ物を与えたり住まわせたりする限界を超えてしもうたんや。
古典期の終わりごろ、多くの都市で人々が季節的に飢えとったのが分かるんや。ホンジュラスのコパンで特に印象的な証拠があったな。コパンは美しい都市で、17人の王様の系譜があったんやけど、最後の王様や最後のエリートたちの埋葬を都市の中心部で発掘すると、歯が重要な手がかりになるんや。
成長期に十分な食べ物を得られへんと、歯のエナメル質に痕跡が残るんや。歯のエナメル低形成っていうんやけど、季節的に飢えとると歯に線が入るんや。コパンを去る直前の世代では、金持ちでさえ季節的に飢えとったんや。
そやから、確かに問題はあったんやけど、わしはこれも変な話やと思うんや。帝国やなかったんや。ギリシャみたいに独立した都市国家の集まりやった。同盟を組んどる都市もあれば、敵対しとる都市もあったんや。古典期の終わりごろに大きな内戦があって決着がついたんやけど、
もしヨーロッパやったら、勝者が負けた側を追い出して、負けた側はどっかに逃げて行くってなるやろ。でも、これらの都市を放棄したとき、独立しとった都市なのに、戦争に勝った側も負けた側も皆出て行ったんや。だから、勝者が戦利品を得るって単純な話やないんや。
めっちゃ広い地域やし、コパン渓谷の人みたいに皆が飢えとったわけやないんや。
わしの個人的な考えやけど、時期が一致しとるんやと思うわ。9番目の400年周期がちょうどそのときに終わるんや。多くの人が「大きな周期の終わりが来とるんや。新しいことを始めんとアカン」って思ったんやないかな。考古学的には証明できへんけどな。
今日のマヤ人に2012年の終わりのことを聞いたら、「大きな周期の終わりには何が起こるんや?」って聞くと、「周期は更新と変革の時期や」って答えるんや。「周期の終わりには、皆の人生を変える義務があるんや。変化が来るんや。その一部になるか、変化に飲み込まれるかや」って。
アステカ人は52年ごとに「新しい火の儀式」っていうのをやっとったんや。52年が彼らの暦の最大周期やったんや。完全に使える神殿を燃やしたり、家を燃やしたりしたんや。社会の皆が「新しい火の儀式」をして、世界を更新したんや。
わしの個人的な理論やけど、マヤ人は9番目のバクトゥンの終わりに、世界を更新する時が来たって決めたんやと思うわ。
その理論は納得できるな。暦を本当に大事にしとったみたいやし、文明の周期的な性質についての感覚が文化の大きな部分やったんやろ。
そうや。わしはそう思うんや。彼らはその周期を感じ取って、それに調和するために暦を作ったんやと思うわ。
アステカ人の話が出たけど、アステカ人の起源はどこなんや? これらの人々はどこから来て、いつ頃のことなんや?
今話しとる文化のほとんどについて、2つのバージョンの答えがあるんや。考古学のバージョンと、アステカ人自身が語るバージョンや。
アステカ人には素晴らしい起源の物語があって、北の方にあるアストランっていう場所から来たって言うんや。英雄の旅みたいな移住をして、蛇の山っていう場所に行って、そこで後に崇拝することになる戦争神の誕生に出会うんや。そして、メキシコ盆地に最後の兄弟として入ってきたって言うんや。
彼らは、メキシコ盆地の全ての人々が北のアストラン近くから来たって言うんや。チコモストクっていう7つの通路がある洞窟があって、ナワトル語を話す全ての人々がその洞窟から来たんやって。ほとんどの人々は早くにメキシコ盆地に行ったけど、アステカ人の物語では、彼らは最後に来た失われた部族やったんや。
でも、彼らは遅れてやって来て、傭兵になったんや。メキシコ盆地のコミュニティのために働き始めたんや。これは1300年代のことで、コルテスが来る約200年前やな。
アステカ人がメキシコ盆地にやって来て、なくてはならない傭兵集団になったんや。他の人がやりたがらない汚い仕事をしたんや。テスココ湖(今のメキシコシティの中心にあった湖やけど、今は干上がってしもうた)の周りの「文明化された」コミュニティは、お互いに戦うには洗練されすぎとったんやけど、アステカ人を雇って汚い仕事をさせたんや。
アステカ人はそれをして、メキシコ盆地の政治と力関係を大きく変えたんや。
汚い仕事っていうのは、つまり…
そうや、彼らは入って行って、誰かが殺してほしい人を殺して、「はい、これであんたがこの地域の王様や」みたいなことをしたんや。
彼らのために働いとった王様の1人が、アステカ人のことを気に入って、「アステカ人を我々の祖先の一部にしよう。娘をアステカの長と結婚させよう」って決めたんや。でも、アステカ人はその娘を生贄にしてしもうたんや。
それでその王様はめっちゃ怒って、軍隊を連れてアステカ人を追い出したんや。しばらくの間、アステカ人はひどい砂漠みたいなところでトカゲを食べて生きとったって言うんや。
でも、彼らの神官の1人が「湖の周りを歩こう。わしの幻では、サボテンの上にワシが座って、口に蛇をくわえとるのを見たところが、我々の首都を建てる場所や」って言うたんや。
彼らはそれを見つけたんやけど、湖の中の島やったんや。神官は「まあ、そこしかないな」って言うて。そんで、島に行って、湖の泥を積み上げて、湖の真ん中に都市全体を作ったんや。テノチティトランって呼んだんや。
これ全部が約100年の間に起こったんや。1300年頃にやって来て、テノチティトランの首都が本格的に確立したのは、そこからすぐやった。そっから急速に盆地全体を支配下に置いたんや。
彼らは「三帝同盟」っていうのを作ったんやけど、これは湖の他の2つの大きなコミュニティと同盟を結んだってことや。でも、本当の同盟やなかったんや。アステカ人は残虐やった。他の2つは黙って、アステカ人に好きにさせただけやな。
そっからアステカ人は、マヤ地域まで野火みたいに広がっていったんや。行く先々で、みんなの町の名前を変えて、貢ぎ物を払わせたんや。
短命やけど、めっちゃ急速に広がった文明やな。何か際立った特徴があって、それが広がりを説明できるんやろか?
わしが思うに、彼らはアッティラ・ザ・フンみたいな態度やったんや。人の皮を剥ぐことに何の問題も感じへんかったんや。他の皆はあまりにも快適で文明化されすぎとったんやけど、アステカ人は完全な傭兵やったんや。
彼らは皆に「お前らの心臓を引き抜くか、俺らのために働くかや。俺らのために働けば何も問題ないで」って言うたんや。町に行くたびに、まず商人たちを送り込んだんや。商人階級もおったんやけど、彼らも軍人やった。次にどこを攻撃するかを見極める人たちやったんや。
アステカの製品を持って行って、「交易したいんやけど」って言うんやけど、その間ずっと相手の軍事力や、奪えそうな産物を評価しとったんや。そんで、商人たちが行った後すぐに、偵察した情報を持った軍隊がやって来るんや。
アステカには巨大な戦士階級があったんやな。彼らの戦争や暴力に対する考え方はどんなもんやったんやろ?
彼らは戦争の神を崇拝しとったんや。彼らの主な神殿はマヨール神殿って言って、上に2つの神殿があったんや。1つは雨の神トラロクの神殿で、こいつも生贄をようけ好んだんやけど、もう1つはウィツィロポチトリの神殿やった。これは「左の羽根のハチドリ」って意味やけど、戦争の神やったんや。
ハチドリってのが面白いな。速くて、魔法の世界から来たみたいな感じかな。
そうそう、神殿の両側には2つの戦士の神殿があって、1つはワシの戦士クラン、もう1つはジャガーの戦士クランやったんや。この2つは象徴的に競争しとったんやけど、統一された軍隊やったんや。
たぶん、海軍と空軍みたいなもんやな。お互いに仲良く競争しとったけど、同じ軍隊やったんや。これらが彼らの象徴的な戦士で、派手な衣装を着て、2つの軍団で人々を攻撃したんや。
これは、それまでのメソアメリカでは見られへんかったもんや。ヨーロッパで起こった有名なアジンクールの戦いのヘンリー5世の話に似とるかもしれへんな。彼の寄せ集めの軍隊が、ロングボウを使ってフランスの貴族の半分を倒したんや。
それまで、ヨーロッパでは戦争はエリート階級のためのもんやっていう態度やったんやけど、フランスが貴族の半分を失った後、「村から人を雇うべきかもしれへんな」ってなったんや。
アステカ人も同じようなことをしたんや。メソアメリカには本当に大きな常備軍がなかったんやけど、アステカ人はこの軍隊を作って、人々を脅かしたんや。実際にはあまり使わへんかったんや。メキシコ盆地では効果的に使われたけど、メソアメリカの他の地域では主に恐怖効果やったんや。
でも、暴力を称える面もあったみたいやな。美と血が一緒やったってアステカ人の話をしたけど、ローマ帝国みたいに、暴力に対する考え方が違うんかな? 生きる目的や存在の目的の中で、暴力がどういう位置にあったんやろ?
そうやと思うわ。これらの古代文化を研究するのが素晴らしいのは、人間の能力がどこまでやるかを知れることやと思うんや。
わしがそう言うたのは、アステカ人は人身御供や心臓を引き抜くことに全く抵抗がなかったってことや。この残虐で暴力的な一面があったんやけど、同時に花の庭園や詩、音楽、舞踊も大好きやったんや。
1000人の心臓を引き抜けって命令する同じアステカの王様が、夕食会で立ち上がって自分の詩を朗読したり、前の時代の有名な政治家の詩を朗読したりしたんや。花の庭園にもお金をかけとったんや。
アステカの首都に通じる全ての道には、美しい花の庭園があったんや。博物館や水族館、動物園もあったし、オペラやバレエもあったんや。
これらのものが一緒に存在しとったんや。アステカ人の心の中では、誰かの心臓が引き抜かれるのを見ることと、その夜にバレエを見に行くことの間に矛盾はなかったんや。
それは、メソアメリカや南アメリカの他の文明と比べて、戦争や暴力に対する考え方はどう違うんやろ? マヤ人はどうやったんやろ?
マヤ人は最後の方でアステカ人の影響を受けたから、接触期の記録を見ると歪んだ見方になってしまうんや。後古典期のマヤ人は、もっと暴力的で生贄を重視するようになったんやけど、古典期では主に神官や王様が自分自身を生贄にしとったんや。
マヤの王様たちが自分のペニスを切って、その血を紙に染み込ませて、その紙を燃やして、先祖と交信するための煙にしとったってことは分かっとるんや。実際には、その紙をペニスに巻きつけて切って、それから踊って血を撒き散らしとったんや。
でも、自分自身を切ってたんや。他の人をようけ殺すんじゃなくて、自分を切ってたんや。自己犠牲って言うんやけど、他の人をようけ殺すべきやって決めるのとは全然違うんや。まだすごく血なまぐさいけど、自己犠牲やったんや。
生贄についてもう少し詳しく教えてくれへんか? 動物の生贄とか人身御供とか、マヤ人やアステカ人、他の文化でどんな役割を果たしとったんやろ? 宗教的な性質のもんやったんか?
絶対に宗教的な性質のもんやったんや。アステカ人は、戦争の神が捕虜を生贄に捧げることを要求しとると考えとったんや。しかも、価値のある人間でなあかんかったんや。
大きな常備軍を作る前は、儀式的な戦いをして捕虜を取っとったんや。実際、メソアメリカ中で捕虜を取りたがっとったんや。神々のために連れ帰って生贄にするためにな。
アステカ人は特に戦争の神に従うことを決めて、他の誰よりもこれをようけやったんや。そんなにうまくいって、近くに敵がおらんくなったから、タスカラって遠くないとこの可哀想な集団と絶対に和平を結ばへんって決めたんや。毎年そこに行って、ちょっと象徴的な戦争をして、タスカラ人を連れ帰って生贄にしたんや。
コルテスはそいつらに会うて、「こいつらはアステカを憎んどる。こいつらを使おう」って思ったんや。だから、コルテスがアステカ世界を征服したっていうけど、実際にはコルテスと2万人の超怒っとるタスカラ人やったんや。
彼らは実際にどんな生贄をしとったんや? 儀式的な戦いをして、それとも頭を切り落としたりとか? 生贄の儀式で何か面白いことはあったんか?
主に心臓を引き抜いたんや。時々頭もやけど、主に神殿の上に連れて行って、みんなに見えるようにしたんや。特別な石があって、そこに曲げて寝かせて、肋骨が出るようにしたんや。
厚い黒曜石のナイフを使って、本当に決まったやり方でやったんや。特定の場所を刺して、胸骨を押し下げながら肋骨を引き上げて、手で心臓を引き抜けるようにしたんや。
手でか?
そうや、手でな。でも本当に外科手術みたいにやったんや。厚い黒曜石のナイフを使って、胸骨に沿って肋骨を折って、胸骨を押し下げて引き上げて、その人がまだ生きとる間に心臓を引き抜いたんや。
アステカ人には、ひどい干ばつがあって谷全体がほぼ滅びそうになったときのアイデアがあってな。「人を殺す数が足りへんかったから起こったんや」って結論に達したんや。「もっと増やさなあかん」って。
そんで、特にタスカラ人に対してやりまくったんや。そしたら雨が降ったんや。だから、これがええ証拠になって、ずっとそれを続けたんや。
人間も食べたんか?
そうや、本当に食べたんや。
生贄の一部としてか、それとも生贄の後で?
生贄の後やな。これは干ばつと飢饉の時に始まったんやけど、そのうち当たり前のことになってしもうたんや。コルテスが来たときも、まだ特別な祝宴で人間を食べとったんや。
スペイン人は、人間の肉を食べさせられるのにめっちゃ動揺したんや。「この夕食美味しいやろ? 実はこれ人間やで」みたいなことがあったんや。
実際に人肉を食べるのが好きやったんか、それとも人の心臓を食べたら、その人の精神や力を得られるみたいな考えやったんか?
アステカ人の場合は、本当に好きやったみたいやな。サアグンっていう、かなり信頼できる記録を残した人がおって、具体的に書いとるんやけど、分配のシステムがあったんや。
エリートたちがお尻をもらったんや。お尻が一番美味しい部分やったんや。お尻の肉がな。それから階級順に下がっていって、一番下の人は指とか足の指しかもらえへんかったんや。
文字通りアステカ人の味覚やな。
そうやな、本当にそうやったんや。
実際、これが「悲しい夜」っていう、アステカ人がスペイン人に本気で怒って追い出した夜の原因になったんや。ペドロ・デ・アルバラードっていう奴が、コルテスが海岸に行って新しい軍隊を説得しに行っとる間に、町に残されて指揮を執っとったんや。
アステカ人がまた大きな宴会を開いて、スペイン人を敬うためのパーティーをしとったんや。そんときに、ある奴が「夕食美味しいやろ? 実はこれ人間やで。言うたやろ、美味しいって」って言うたんや。
アルバラードはめっちゃびっくりして、衛兵に扉を閉めさせて、パーティーにおった全員を殺したんや。女も子供も、武器を持ってへん人も皆殺しにしたんや。
これでアステカ人が激怒して、最終的に捕虜にしとったモクテスマを殺して、スペイン人全員を殺そうとしたんや。これ全部ペドロ・アルバラードが人肉を食べさせられたことにびっくりしたせいやったんや。
ちょっとした冗談のつもりやったんやな。
そうや、アステカ人は面白いと思ったんやけど、ペドロはそう思わへんかったんや。
面白いな。人の心臓を食べたら、その人の精神や力を得られるみたいな考えがあったと思ってたんやけど、アステカ人は本当に人肉を食べるのが好きやったってことか。
確かに、鹿狩りの儀式とかでそういうのはあったと思うけど、アステカ人の場合は違うんやな。単に人肉を食べるのが好きやったんや。恐怖を与えるためでもあったんやろうな。
新しい町に行って、「毎月これだけの羽根を送るか、それとも俺らにお前らを食わせるか、どっちがええ?」って言えたんやからな。心理戦と実際の戦争やな。それが効いて、急速に広がったんや。
スペイン人が来たときには、マヤ人も征服しようとしとったんや。マヤ人を囲んで、ユカタン半島全体を征服しようとしとったところやったんや。
スペイン人が来んかったら、このアステカ帝国が長く続いたと思うか?
アステカ帝国はできたと思うわ。皆を征服し終わったと思うんやけど、憎しみで支配しとったから、皆がアステカ人を憎んどったんや。
永遠には続かへんかったやろうな。正義で統治せえへんかったんや。力で支配しとったから、いつかは革命が起こったと思うわ。
インカ帝国のほうが永遠に続いたかもしれへんな。コミュニティを大事にしとったからな。インカ帝国を征服したら、誰も飢えへんかったんや。建築も作ったし、皆が安全やった。長く続く可能性のある社会やったんや。
インカ帝国の起源はどんなもんやったんや?
最初は他の帝国と同じで血なまぐさかったけど、征服し始めたら、帝国建設をしたんや。他の皆は隣人を襲撃して資源を奪うだけやったけど、インカは襲撃した相手を全部インカ帝国の一部にしたんや。
ミタっていう素晴らしいシステムを作って、交代で働くようにしたんや。道路システムも作って、労働者のグループを行ったり来たりさせられるようにしたんや。
例えば、5000人くらいの町があったとするやろ。インカは10万か20万人の軍隊を連れてやって来て、「帝国の一部になりたいか? それとも帝国の端まで護送してもらいたいか?」って聞くんや。もし町長が同意したら、クスコに家をもらえるんや。
でも、その翌月には大きな労働隊がやって来て、段々畑や貯蔵庫を作り始めるんや。毎月、農業で余った分で大きなパーティーを開いて、皆で食べるんや。
インカ帝国の人々は豊かに暮らしとったんや。最初は大変やったけど、一度参加を決めたら、今までにないような資源や安全にすぐアクセスできたんや。
南アメリカのペルーから始まって、クスコが中心やったんやな。クスコは彼らの言葉のケチュア語で「へそ」や「おなかの中心」って意味やったんや。山の中にあったけど、4つの地方があって、その帝国を「ティワンティンスユ」、つまり「4つの地方の土地」って呼んどって、その4つの地方の中心がクスコやったんや。
いつ頃始まったんやろ?
1200年代くらいやな。今から逆算すると、多分1200年代半ばに最初のサパ・インカ、つまり最初の支配者が現れたんやと思うわ。でも、本当に帝国を作り始めたのは9代目のパチャクティくらいからやな。
帝国を定義づけたものって何やろ? 道路を作ったって言うとったな。
そうや、巨大な道路網を作ったんや。ローマ人が道路やインフラを作って、征服した場所にローマ特有の建築を作って、その町をローマ風にしたのと同じようなことをしたんや。
インカも同じことをしたんや。特徴的なインカ建築を行政の中心に作って、キプ・カマヨク、つまりキプを織ったり結んだりする人を送り込んで、皆が何をするか記録したんや。
「お前はええ農夫やから農業をする」「お前はええ織り手やから織物をする」「ここの男は全員交代で軍隊に参加する」みたいな感じやな。
それぞれのコミュニティに5、6人の独立したカマヨクを送って、お互いに協力せえへんようにして、皆クスコに独立してキプを送り返さなあかんかったんや。会計に食い違いがあったら、クスコに呼び出されて誰が嘘ついとるか調べられたんや。
超洗練された記録システムやな。
そうや。スペイン人は記録できるものは記録して、あとは全部燃やしてしもうたんやけどな。
帝国を拡大して、ある程度のコントロールを維持するには面白い発展やな。
そうやな。最後には少なくとも1000万人の人口があって、そんなに多くの人を管理するには、なんらかの洗練された記録システムが必要やったんや。
もしインカがアステカと戦わなあかんかったら、どっちが勝つと思う?
インカやな。アステカは狂気やったけど、インカには何マイルも続く予備軍がおったからな。
本質的に心を掴んどったんやな。
そうや。インカ帝国に入ったら、1つだけ皆が怒ることがあったんや。なぜか全てが共有財産やったんやけど、リャマだけは王様のもんやったんや。
リャマの一部は町に残って労働用のリャマになったんやけど、もうお前のリャマやないってことになったんや。今でもリャマは家族みたいなもんやからな。
皆の家族の犬を全部自分のもんにするようなもんやな。感情的にめっちゃ嫌がったんや。
リャマは早い段階で家畜化されたんやろ? いつ頃か分からへんけど、かなり昔やな。
そうや。岩絵を見ると、人々がリャマを狩ってる絵から、妊娠したリャマの隣に立っとる絵に変わっていくのが分かるんや。少なくとも始原期にはもう友達になっとったんやな。
だから、やって来て、リャマを所有しますって言うたら…
そうや、それで皆怒ったんや。なぜかインカは皆のリャマを即座に所有して、欲しいものは何でも持って行ったんや。その日のうちにようけのリャマがクスコに運ばれて行ってしもうたんや。
ミイラも持って行ったんや。これも変なことやな。皆死者を悼むけど、インカはそれを受け入れへんかったんや。ミイラはまだそこにおるんや。「死んでるけど、まだ服着とるやん。パーティーにおるし、ビールも置いとこ」みたいな感じやな。
ただミイラのままにしとったんや。それで、各町の先祖のミイラは、帝国に吸収される一環として、「お前らの一番大事なミイラは、これからクスコで素敵な家を持つことになる」ってなったんや。でも、実際にそのミイラを物理的にクスコに持って行って、クスコを信仰システムの精神的な中心にしたんや。
人々を怒らせる理由になると思うけど、同時に強力な方法でもあるな。「お前らが崇拝しとる先祖は今、首都にあるんや。格上げされたんや。盗んだんやない、新しい名誉ある場所を与えたんや。いつでも会いに来てええで」みたいな。
そうや、実際にそうやったんや。インカ世界の全ての地域から皆がクスコに集まる祭りがあったんや。
どの文明がミイラを作っとったんやろ? インカ人は確実にミイラを作っとったんか?
インカ人は確実にミイラを作っとったし、エジプト人みたいに内臓を取り出して遺体を準備するようなこともしとったんや。体腔に藁を詰めてミイラにしたんや。
でも、マヤ人は全然そんなことせえへんかったんや。マヤ人はわざと墓に水を入れて、骨から皮が早く剥がれるようにしとったんや。ジャングルやから、虫も手伝ったんやろうな。
そんで、骨を取りに戻ったんや。墓を開けて骨を取り出して、赤い辰砂で塗ったんや。わしがコパンにおった時の例やと、4回も墓に入り直した証拠があったんや。最後の2回は頭蓋骨だけを取り出して塗り直して、また骨格の上に置いとったんや。
ミイラ作りはせえへんかったんや。わざと体を腐らせて、早く骨だけにしようとしとったんや。
でも、骨は保管しとったんか?
そうや、骨は保管して、時々取り出して儀式をしたり、先祖と交信したりして、また戻しとったんや。
つまり、ミイラにするかどうかは別として、先祖との深いつながりがあって、先祖の物理的な遺物を大事にしとったってことやな。
そうや。今でもアメリカでは、発掘調査をすると、ネイティブ・アメリカンの人たちは嫌がるんや。自分の祖母の墓を掘り返されるのを誰も好まへんやろうからな。
でも、マヤ人は大好きなんや。マヤ人は墓を見つけると、「おお、骨や! かっこええな。触ってもええ?」って言うんや。全然怖がらへんし、むしろワクワクしとるんや。
わしが一度、コパンの町で体質人類学者を手伝って、動物の骨の標本コレクションを作ったことがあるんや。発掘で骨が出てきたときに、どの動物の骨か分かるようにするためやな。
ある家族が「去年、家族の犬が死んで裏庭に埋めたんやけど、掘り返してもええで」って言うてくれたんや。「犬の骨が必要やから、掘り返させてもらうわ」って言うたら、「子供たちも手伝いたがっとるから」って。
その子供たちの子犬やで。1年も経ってへん子犬なのに、子供の1人が骨を掴んで「わあ、小さい骨や!」って喜んどるんや。なんて変な態度やろうって思ったけど、死んだ犬やで。
でも、マヤ人は死者に対して違う関係を持っとるんやな。
ある意味、美しい態度やと思うわ。
そうやな。なんで俺らが死ぬってことを無視して、これが単なる自然の流れやって認めへんのやろうな。
そう言われると、ほんまにかっこええな。
死者の日がそういうことやな。ハロウィーンは怖い怪物の日やけど、死者の日は先祖を思い出す美しい時間なんや。
「リメンバー・ミー」っていう映画が出てから、うちの子供たちを説得して、今では祭壇に曾祖父母の写真を全部置いて、どんな人やったか、どんな人生を送ったかを話し合うて、その人の人生で大切やったものを祭壇に置くんや。
その日は先祖のことを思い出すんや。ただ飴をようけ食べて怪物の仮装をする変な日から、どこから来たんかを話し合う美しい日に変わったんや。
インカが巨大な石を動かして、ぴったりと組み合わせられた方法について聞かなあかんな。どうやってそんなことができたんか、分かっとるんか?
いや、分かってへんのや。
石を動かす方法については、まあまあ理にかなった理論があると思うわ。大きな重さを回転させる方法はあるからな。W・T・ウォリントンっていう、アメリカの引退した建設業者がおって、ミネソタの裏庭にストーンヘンジを1人で作ったんや。大きな石の動かし方を示したんや。だから、ウォリーはもう石の動かし方は解決したと思うわ。
問題は、あまりにもぴったりと組み合わせられてて、石の間に1セントも入れられへんくらいってことなんや。これについては、まだ誰も分かってへんと思うわ。
教科書に載っとる一般的な考古学の知識やと、ハンマーストーンでずっと叩いて、置いては調整して、完璧になるまで繰り返したってことになっとるんや。でも、それはありえへんわ。そんなに几帳面なわけないやろ。誰でもハンマーストーン持っとるわけやし。
わし個人的には、酸を使ったんやないかと思うとるんや。溶かして組み合わせたんやと思うわ。実際に何回もよく見たことがあるんやけど、この石には変なところがあるんや。来月またマチュ・ピチュに行くんやけど、特にクスコでは、500年から1000年前の壁がまだ路地に残っとるんや。
そこを歩いとると、安山岩の結晶が継ぎ目に沿ってほぼ縫い合わされとるのが見えるんや。安山岩の周りは溶けとるけど、結晶は溶けてへんのや。他にも、壁に変な跡があって、誰かが柔らかいうちに布で拭いたみたいな跡があるんや。
柔らかい石が硬くなるって話もようけあるんや。まだ証明できてへんけど、これは考古学者としてのキャリアの終わりの章になるかもしれへんな。自分が間違っとるって証明するか、正しいって証明するかや。
わしは酸を使ったんやと思うとるんや。父親が化学者で、昔から自然に存在する酸なんてありえへんって言われとったんやけど、今のわしの理論は実は「ブレイキング・バッド」っていうドラマから思いついたんや。
そのドラマで、遺体を溶かそうとしとるシーンがあって、塩酸を使っとるんやけど、天井まで溶けてしもうんや。フッ化水素酸がめっちゃ面白くて、プラスチックは溶かさへんし、別々の部分で持ってきて組み合わせることもできるんや。
インカ人は蛍石でようけ宝石を作っとったんや。アンデス山脈には蛍石がようけあるんや。金や銀を採掘する副産物として硫酸もようけ作っとったんや。硫酸と蛍石を組み合わせるとフッ化水素酸になるんや。これは安山岩でも何でも溶かしてしまうんや。
うまく使い方を学んで、使用人が腕を1本2本失うくらいは気にせえへんかったら、これを使って石を融合させることができるはずや。わしは融合させたんやと思うとるんや。
クスコの市当局に、コアサンプルを採らせてくれって頼んだんやけど、「外国人は帰れ。うちの壁に触るな」って言われてしもうたんや。今度行くときは、オヤンタイタンボっていう場所のケチュア当局と話をしてみようと思うとるんやけど、今のところは「壁に穴を開けたがる変な外国人」くらいにしか思われてへんわ。
面白い理論やな。どうやってそれを証明できるんやろ? コアサンプルを取って、何か化学的な痕跡を見つけられるんか?
一緒に仕事しとる化学者が言うには、もしこの石の間にフッ化水素酸があったとしたら、継ぎ目に沿ってコアサンプルを採れば、そこにある元素を分離して、フッ化水素酸の要素があったかどうかを検出できるはずやって。
最初は直接石を溶かそうと思ったんやけど、「いや、それはもう分かっとるやん。石が溶けるのは化学的に当たり前や。壁の中で実際に起こったって証明せなあかんのや。サンプルを持って来い」って言われたんや。
これはコロナ禍の前の話で、その後いろいろあってな。たぶんあんたも同じやと思うけど、アイデアが1000個くらいあって、実現可能なものは進めるけど、他のは後回しになるんよ。
もし本当やったら面白いな。証明できることを願っとるで。
ありがとう。証明できへんかもしれへんけど、挑戦してみるわ。
人間がたくさん集まれば、驚くべきことができるってのを軽視しすぎとるんやないかな。大勢の人間が少しずつ細かい作業を積み重ねていけば、奇跡的なことができるんやないかな。
問題は、どうやって大勢の人間にそんなことをやる気にさせるかやな。
そうやな。ストーンヘンジとか、めっちゃ難しい建築物を考えるとき、大勢の人間が協力してやったってことを考えへんよな。
そうやな。大勢の人間が協力するのは、少数の管理者がなんらかの形で説得力があって、活気があるからやと思うわ。
わしの好きな言葉があるんやけど、たぶん間違って覚えとるかもしれへんけど、マーガレット・ミードが言うたんやと思うんやけど、「小さなグループが協力する力を過小評価するな」っていうのがあるんや。
実際、世界を変えたのはそういう小さなグループだけやったんや。献身的な小さなグループが世界を変えてきたんや。
そうやな。彼らが大勢の人々にビジョンを受け入れさせたんやな。
そうや。時には人間ができることを過小評価しすぎとると思うわ。昔の人間のほうが、今の俺らよりずっと能力があったんやで。
普通の人間は、少なくともわしには全然ない技術をようけ持っとったんや。わしはシャツを着とるけど、シャツを作ることはできへんわ。それは他の人の仕事や。
北アメリカについても講義しとったな。あれも楽しかったし、北アメリカにも長い間、もっと複雑な社会があったって教えてくれたな。
最初から始めてもええか? 北アメリカの初期の人類はどんな人たちやったんやろ?
そうやな、何千年もの間、古代インディアンや始原期を経てきたんや。この会話の最初に言うたように、人類が初めてアメリカに入ってきたのは今から3万年前くらいが控えめな見積もりやな。
でも、最初の文化ができたのは、ミシシッピ川周辺と東部のマウンド・ビルダーたちや。それから全く別のグループが、今のアメリカ南西部、フォーコーナーズと呼ばれるところにおったんや。この人たちが後にプエブロの人々って呼ばれる人たちになって、今でもそこにおるんや。ズニ族やホピ族なんかやな。
この2つの集団があって、北アメリカで最初の大きなコミュニティは、一番ありえへんところにあったんや。北ルイジアナにあったんや。わしがこれを言うと、みんな信じへんのやけど、北ルイジアナには巨大なピラミッドがあるんや。
ポバティ・ポイントっていう遺跡にあって、3500年前のもんなんや。エジプトのピラミッドと同じ年代やで。ルイジアナの湿地帯から突き出た巨大なものなんや。わしが言うても信じる人おらへんけど、ほんまにあるんや。
マウンド・ビルダーの社会は、他のメソアメリカの文明と比べてどんな感じやったんやろ?
何千年もかけて進化していったんや。マウンド・ビルダーって呼んどるけど、これはわしも反対しとるんや。もっとええ呼び方があるはずや。最後の形態はミシシッピアンって呼んどるんやけど、基本的に全部マウンド・ビルダーって呼んどるんや。
でも、彼らが建てたのはピラミッドやったんや。今はマウンドに見えるけど、石で作ってへんかっただけや。これはただの西洋の偏見やと思うわ。石で作ったものは洗練されてて、土で作ったものは原始的やって思いこんどるだけや。
でも、実際に使われとったときは、中心は土やったかもしれへんけど、粘土のキャップがあって、段々になっとって、上には建物の複合体全体があったんや。王様がそこに住んどったんや。
ミシシッピアンの都市の中で一番大きいのは、カホキアっていうんやけど、セントルイスのすぐ外にあるんや。めっちゃでかくて、2万人の人口があって、ピラミッドがあちこちにあって、周りには巨大な防御壁があったんや。本当に巨大な、栄えとる大都市やったんや。
アメリカ人には一種の集団的な忘却があって、こんな巨大な文明があったことをほとんど聞いたことがないんや。カホキアが最初の大都市やったけど、そっからミシシッピ川からアトランティック海岸まで広がっていったんや。何百もの大都市があって、それぞれ5000から1万人くらいの人口があったんや。
これらの都市は独立しとったんか、それとも何か共通点があったんやろか?
統一された宗教と文化があったんや。でも、帝国じゃなかったんや。戦う都市国家やったんや。大きな王様が支配する領土みたいなもんがあって、その周りの都市は従属的な領主や王様がおったんや。
そんで、ある王国が隣の王国と同盟を組んだり、戦争したりしとったんや。
そうか、東部アメリカのこの地域には、いくつかの国みたいなもんがあったってことやな。
変なのは、これがはっきりとスペイン人に記録されとるのに、知られてへんってことやな。これは考古学的な発見だけの話やないんや。今は考古学で見つけとるけど、エルナンド・デ・ソトがフロリダに上陸して、3年間かけてカロライナまで上がって、アラバマやルイジアナまで下りて行ったんや。彼が最初にミシシッピ川を見たんや。
3年間、次から次へと都市を通っていったんや。残念ながら、彼らのトウモロコシを全部食べて、病気をうつしてしまったけどな。でも、記録ははっきりしとるんや。彼は全部合わせて何百万人もの人々に会って、非常に洗練された統一された文明を見たんや。
病気と資源の略奪があったんやな。でも、明らかな殺人とかもあったんか?
残念ながら、そうやったんや。彼は殺人者で、サイコパスで、嘘つきやったんや。インカ人から学んだ手口を使って、自分が何か神様みたいなもんやって騙したんや。彼はピサロと一緒に最初の遠征に行って、スペインに帰って、金持ちになって、妻もおったんやけど、退屈になったんや。
そんで、3年間、北アメリカで恐怖政治をすることにしたんや。人を火あぶりにしたり、犬に引き裂かせたりしたんや。めっちゃ残虐やったんや。恐怖で支配して、誰のことも全然尊重せえへんかったんや。約束しては破るってことを繰り返したんや。本当に残虐な男やったんや。
コロンブスが来た時期は、全てをどう変えたんやろ?
そうやな、コロンブスに基づいた「コロンブス交換」っていう素晴らしい人類学の文献があるんや。新世界と旧世界の間の全ての交換のことやな。
旧世界は素晴らしいものをようけ手に入れたんや。急に食生活がよくなって、ようけの野菜が入ってきたんや。新世界は家畜を手に入れたんや。豚や牛や山羊なんかやな。
でも、13の感染症ももらってしもうたんや。ヨーロッパは何度も感染症の波を経験して、ある程度の免疫ができとったんやけど、実際になくなったわけやないんや。ただコミュニティ中に野火みたいに広がることはなくなっただけやった。
でも、アメリカに来たら、突然この恐ろしい感染症の山が人々を襲ったんや。最初の20年か30年で、複数の致命的な病気に同時に感染して死んだ人もおったと思うわ。
数字を見ると、これは歴史の恥ずべき部分やな。ヨーロッパが意図的にやったわけやないんや。当時の医学はまだ四体液説やったからな。人間は黄胆汁、黒胆汁、血液、粘液でできとるって考えとって、「血を抜いたら気分がよくなるで」みたいなことをしとったんや。感染症がなんなのか全然分かってへんかったんや。
でも、現実はこの感染症の群れが皆を襲って、最初の50年で90%の人が死んでしもうたんや。人口の推定も増えてきとって、今では1億5000万人くらいおったんやないかって言われとる。その90%が死んだんや。
そして、彼らの知識も全部なくなってしもうたんや。状況が悪くなったときに誰が死ぬか想像してみ。若者と年寄りや。知識を持っとる人たちが急に死んで、子供たちも死んでしもう。次の世代は半分しか教育受けてへんし、これは霊的な攻撃やって思うて完全に意気消沈してしもうてるんや。
この新しいキリスト教を受け入れるしか道はないって思うてしもうて、みんなが死んでいく世界に子供を連れてくるのも嫌がるし、たとえ子供ができても、年寄りが教えようと思っとったことを教えられへんのや。年寄りがおらんようになって、知識を伝え切れへんかったからな。
人類の歴史の中で、たった1つの恐ろしい瞬間に、1世代が全ての知識を失ってしもうたんや。これらの人々が知っとったことの多くが、その瞬間に消えてしもうたんや。
でも、それと一緒に、文明全体の知恵もなくなってしもうたんやな。彼らが知っとったことの多くが、その瞬間に失われてしもうたんや。
マヤ人は象形文字を持っとって、そこからようけ学んだけど、その知恵の大部分は現代の文化に統合されてへんのやな。
ヨーロッパ人が来たとき、文化が統合されたんやなくて、支配と抑圧の物語やったんやな。
北アメリカでは、「ミシシッピアンの粉砕地帯」っていう新しい用語があるんや。ミシシッピアン文明は何百万人もの人々やったけど、次の数世紀の間に散らばってしもうて、今では粉砕地帯があるんや。遺跡はそこにあるけど、実際にそこに住んどった人々は、遠く離れた保留地のどこかにおるんや。
つい最近、わしの話を聞いたチェロキーの人と話すことになっとるんやけど、彼は「あんたがフーチャンク文化について話しとったことの一部は、うちの祖父母も似たようなことを話しとったで。電話で話してもええか?」って言うてきたんや。
この粉砕地帯では、特にミシシッピアンの宗教について、パズルを組み立て直そうとしとるんや。この世代で進展があると思うし, 古い宗教とその神話を再構築する一部になれるのはわくわくするな。
多くの人がコロンブスをアメリカを発見した人として参照するけど、バイキングがずっと前の1000年頃に北アメリカに到達したって読んだことがあるんやけど、なんで彼らは拡大して植民地化せえへんかったんやろ?
やられたからや。
そうか。バイキングがここにおったのは本当やな。ノバスコシアにランセ・オー・メドウズっていう素晴らしい遺跡があって、間違いなくバイキングの植民地の跡やな。
レイフ・エリクソンとその父親エリック・ザ・レッドが、ヨーロッパで人殺しをやめられへんから追い出されて、グリーンランドに行って、そっからカナダまで島伝いに来たんや。
でも、その地域にはドーセット文化の人々がおって、バイキングのことを全然受け入れへんかったんや。バイキングの入植地を毎日攻撃して、1インチも譲らへんかったんや。最終的にバイキングはあきらめて出て行ったんや。
バイキングはアイルランドを攻撃したときは、金でいっぱいの修道院を見つけて、「俺らは神の人間や。戦わへん」って言う人たちを見つけただけやったんや。バイキングは「ええやん、簡単やな」って思ったんやろうな。宝の山みたいなもんやったんや。
でも、カナダのネイティブ・アメリカンは全然違ったんや。バイキングをぼこぼこにしたんや。実際、レイフ・エリクソンの弟のソールがそこで死んだんや。ネイティブに殺されたんや。彼は入植地の拡大を任されとったんやけどな。
ネイティブ・アメリカンの文化の多くも洗練された戦闘文化やったんやな。
そうや、特にミシシッピアンはめっちゃ強かったんや。五大国のモホーク族やヒューロン族なんかも強かったな。バイキングの尻を蹴飛ばしたのは、たぶんアルゴンキン語族の人たちやったと思うわ。五大湖のすぐ上におった人たちやな。みんなめっちゃ強い人たちやったんや。
スペイン人やポルトガル人が来て、1億人以上の人が殺されたことについて、これを歴史の悲劇と見るか、ただの歴史の流れと見るか、どう思う?
疫病については、起こる必要のなかった悲劇やったと思うわ。フェアな戦いやなかったんや。誰も何をすればええか分からへんかったんや。悲劇的な完璧な嵐みたいなもんやったんや。
スペイン人やポルトガル人が単にアメリカに行って皆殺しにしたっていう「黒い伝説」って呼ばれるもんがあるけど、それは事実と違うと思うわ。皆殺しにしたのは疫病やったんや。
実際、アマゾンのブラジル北部で、スペインの神父がユートピア的なコミュニティを作った話があるんや。病気になった人たちを連れてきて、こう書いとるんや。
「わしは皆に洗礼を授けとる。1日1万人に洗礼を授けたのに、神様はまだ彼らを殺し続けとる。なぜやろう? わしが頼んだことを全部やっとるのに。神の意志に従っとるのに。」
でも、この人は気づいてへんかったんや。同じ聖水の鉢で皆に洗礼を授けとって, その水で病気を広めとったんや。救おうとしとったのに、実際は殺しとったんや。
そうやな、それは悲劇やな。勝者が戦利品を得るみたいな話やなくて、ただの悲劇やな。
そうや。黒死病みたいなもんやな。感染症は普通の人間の感覚じゃ理解できへんからな。ただ人々の間を広がっていくだけや。
野生のアイデアに戻ろうか。わしの得意分野やな。
地球上で生命がどう始まったとか、人類がどう進化したかについては話さへんかったな。古代の歴史で、まだ発見されてへんことがようけあるかもしれへんって話もしたな。
地球外の知的生命体、つまりエイリアンが地球を訪れたことがあると思うか?
「訪れたことがある」っていう部分までは分からへんな。そんなことがあったかどうかは全然確信がないわ。少なくとも、わしが証拠として引用したり考えたりするような考古学的証拠はないんや。
でも、DNAを発見したワトソンとクリックがおるやろ。ワトソンは幻覚剤を習慣的に使って考えを活性化させとったんやけど、彼が言うには、地球上のDNAは与えられた時間内に発展するには複雑すぎるって。彼の推測では、俺らのDNAは何らかの形で地球外から種まきされたんやないかって。
まあ、他の面では尊敬されとる人がそう言うとるってことは、それなりに重みがあるかもしれんな。
でも、エイリアンが俺らを訪れたかってことに関しては、わからんな。なんか人間の傲慢さを感じるわ。俺らが重要やから、先進的な種族が俺らのことを気にかけるはずやって思うのはな。
統計学的に考えたら、宇宙はでかすぎるからな。俺らだけが知的生命体ってことはありえへん。他にも誰かおるはずや。でも、そいつらが俺らのことを気にするかどうかは分からんな。
わしは何回か「エンシェント・エイリアンズ」っていうテレビ番組に出たことがあるんや。わしは教育者やからな。会話に参加せえへんのは即失格やと思うとるんや。
でも、最後に「他に何か言いたいことある?」って聞かれたとき、こう言うたんや。
「あんたらの前提は、昔エイリアンが降りてきて、人類に科学や医学、工学なんかの素晴らしい贈り物をくれたってことやろ。今でもエイリアンが降りてくる話はようけあるけど、今はただ牛を傷つけたり田舎者をレイプしたりしとるだけやな。何があったんやろうな。俺らがエイリアンをめっちゃ怒らせたんかな。贈り物の質がめっちゃ下がってるみたいやで。」
面白い考えやな。考古学的に見て、「これはエイリアンかもしれん」って思うようなものがあるとしたら、何やろ?
まず第一に、遠くからここまで来れる乗り物を作れる存在やったら、ほぼ間違いなく機械的なもんやったはずやな。
エイリアンの話で「生体機械」みたいな話もあるけど、それはかっこええと思うわ。そういうのは分解してしまうから、俺らには見えへんかもしれへんな。
でも、わしが期待するのは、突然現れて物事を変えるような技術やな。それが何かの証拠になるかもしれへんな。
でも、機械的なものか、ここにはない物質かな。もちろん、機械的なものの結果しか見えへんかもしれへんけどな。
機械的っていうのは、文字通り機械のことか?
そうや、何か機械のようなものやな。
普通の人が言うのは「どうやってこんな巨大な石を動かしたんやろ」みたいなことやけど、ちょっと考えてみ。宇宙の向こうから来たエイリアンが人間に会って、教えることといえば石の動かし方? 冗談やろ。
抗生物質とか内燃機関とか教えたらええのに。宇宙の向こうから来て、巨大な石の動かし方を教えるって、全然筋が通らへんやろ。
1万年後の地球はどんな感じやと思う?
難しい質問やな。もっと自動化が進んどるか、小さな戦争の山になっとるかのどっちかやと思うわ。
自滅する可能性もあるからな。パンドラの箱を開けてしもうた面もあるし。
原子力戦争が起こったらどうなるかっていう、あんたのポッドキャストのゲストの話を聞いたわ。ゾッとしたな。彼女の意見では、数分で全てを灰にしてしまうらしいな。そういう能力を持ってしもうたんや。怖い未来の可能性やな。
でも、わしは楽観主義者やから、あんたみたいな人が友好的なロボットを作って、わしの仕事をもっとええものにしてくれると思うとるんや。
でも、1万年は長い時間やな。技術はどんどん進歩して、その進歩のスピードもどんどん上がっとる。そこが怖いんや。あんたはどう思う? 怖くない?
そうやな、怖いわ。
誰が言うたか忘れたけど、こんなこと聞いたことがあるわ。人間のシステムとか生物学的なシステムとか、どんなシステムでも、時間に対する変化のグラフを描けるんや。
そのグラフで、変化が時間よりもはるかに速くなって、線がほぼ垂直になるようなシステムは、危機的な状況にあるんや。他の生物学的なシステムでも、こんな短い時間で変化が起こったら、危機的な状況って言うやろ。
技術の変化にそのグラフを当てはめたら、確かに危機的な状況に見えるな。
でも、わしは人間の創造性を信じとるんや。人間は本当に難しい状況を作り出して、そこから抜け出す方法を見つけ出すのが得意なんや。そうすることで革新して、ようけのすごいものを作り出すんや。
時には大きな苦しみを生み出すこともあるけど、全体的に見れば、平均して世界をよりええものにしとると思うわ。
でも、核兵器みたいに、悪いことが実際に皆の死につながる可能性もあるんやな。
そうやな、常にその可能性はあるわ。でも、わしは楽観主義者やから、あんたも楽観主義者やと思うわ。
まさにあんたが言うたように、人間の一番すごい能力は革新する力やと思うんや。危機に瀕したときほど革新的になるんや。
過去数千年の人類の発展の多くは、快適なときやなくて、危機的な状況にあったときに起こっとるんや。必要は発明の母やってな。
わしは大丈夫やと思うわ。今起きとる気候危機は本物で、実際に起こっとると思うわ。
実際、あんたが聞いてへん質問に答えるけど、わしは個人的にこう思うとるんや。
俺らはこれを元に戻そうとするのは時間の無駄やと思うわ。妄想やな。電気自動車を使うのはええことやし、環境の良き管理者になるのもええことやけど、これから起こることに技術的に適応せえへんのは時間の無駄やと思うわ。
平均的なアメリカ人は、みんなが電気自動車に乗れば大丈夫やと思っとるけど、そんなことあらへん。海水を淡水化する技術とか、ようけのことをせなあかんのに、技術的な能力を使って、これを消し去ろうとするんやなくて、受け入れて適応することに使わなあかんのやと思うわ。
そうやな。世界は変わって、ようけの大きな問題が起こるってことを受け入れて、それに対処する技術を開発するってことやな。
あんたのところにおる人たちの何人かは、そういうことを考えとると思うわ。これをなくそうとするんやなくて、どうやって生き残るかを考え始めなあかんのや。
生き残るだけやなくて、繁栄することもな。そういう意味では、わしらはかなり革新的やと思うわ。
でも、何か大変なことが起こったり、この惑星を出て行ったりしたら、さっき言うたエイリアンの考古学者の大学院生が地球に来て調査したとき、今の人間文明で大切にしとるものや愛しとるものの、どれくらいが失われとると思う?
そうやな、時が経てば朽ちるものは朽ちていくからな。あんたは時間の要素を入れてへんかったけど、わしが言えるのは、朽ちるものは全部朽ちてしまうってことや。ここに来る奴らは、朽ちへんかったものだけを見ることになるわ。
建物や碑文はあるやろうけど、本はないやろうし、看板もないやろうな。不完全な記録しか残ってへんやろうな。
わしが一度スーフォールズで講演したときにこんな話をしたんや。「ここに車で来たら、町の前に大きなオベリスクがあって、どこに行ってもルイスとクラークの名前が見えたわ。1000年後に考古学者としてここを調査したら、エジプト人が建てた町で、ルイスとクラークって名前の王様がおったって思うかもしれへんな。でも実際は、ルイスとクラークはここに1晩泊まっただけなのに、大事なことになっとるんや。」
残っとるもんだけで町のことを考えたら、めっちゃ間違った考えを持つことになるわ。
ワシントンD.C.は明らかにエジプト人とギリシャ人とローマ人の組み合わせで作られたって思うやろうな。だって建築がそうやもんな。
重要な帝国や戦争をしとった帝国を再現できるんやろうか。わしと同僚たちはそんなことを全然できてへんのやけど。
人類文明として一番間違えとることは何やと思う? 主流の考古学で、なんか完全に間違えとることはあるんやないかって疑問はあるか?
間違える1つの方法は、完全に失われた文明やな。マヤと一緒に、明らかに巨大な文明があったのに、1万年前くらいにな。
完全に消え去ってしもうたか、まだ海の下に隠れとる可能性もあるわな。そういうのが見つかったら、今の考え方が全部変わってしまうかもしれへん。皆がその存在を知っとって、皆がその文明とやり取りしとったのに。
わしが思うに、一番間違えとるのは彼らの動機の推測やと思うわ。昔、わしの先生のシェリーがこう言うたんや。
「西ヨーロッパ人みたいに考えるのをやめて、その人たちの心に入り込もうとせえへんかったら、何も理解できへんで。」
わしはこの言葉をいつも心に留めとるんや。こういうことに取り組むとき、わしの文化的な前提から抜け出して、彼らがどう考えたか、できる限りその立場に立って考えようとしとるんや。かなり違うもんやで。
例えば、マヤ人の周期的な考え方とか、生贄のことやな。俺らはそれに取り憑かれとるけど、彼らにとってはほんまに自己犠牲やったんや。ただ「みんな集まって、あいつ殺そうぜ」みたいな感じやなかったんや。
彼らの中で最高のものを捧げとったんや。残虐なことやなくて、ほんまの意味での犠牲やったんや。彼らにとっては損失やったんや。
それから、最終的に自分の姉妹と性交渉を持つことになる子犬の謎もあるな。いつかこの謎を解きたいわ。
その子犬は土器にようけ描かれとったんやろ?
そうや。土器のあちこちに描かれとったんや。来年こそ、わしの犬の神様の本を書かなあかんな。子犬の謎について1章丸々使うつもりや。
単にユーモアのミームが生まれただけかもしれへんな。彼らのユーモアがどんなもんやったか、どんな冗談を言うとったか分からへんからな。
それもええ考えやな。人間らしいよな。
ちょっとサイドストーリーを話すわ。わしがペテンでマヤの人々と一緒に仕事しとったとき、3年間かけて都市の地図を作って、毎日ジャングルを歩き回っとったんや。彼らは自分たちの言葉で話しとって、わしが働いとったのはツェルタル族やったんやけど、しばらくしたら気づいたんや。
彼らは冗談が大好きで、よく笑うとったんやけど、誰かが何か言うと、他の人たちが「ウーフー」って言うことがあったんや。結局、「なんでいつも『ウーフー』って言うんや?」って聞いたんや。
そしたら、「それは本当に賢い言葉遊びをしたときや。一度に3つの違うことを言うたんや。賢い言い回しやったんや」って言うてくれたんや。笑うんやなくて、誰かが超賢いことを言うたときの音やったんや。
わしはその話を聞いて、象形文字の翻訳者として考えるんや。これは美しい詩や政治的な声明みたいなもんやろうって。でも、わしは辞書を見ながら単語の意味を探しとるだけやからな。
多分、二重三重の意味がテキスト全体に散りばめられとって、本当の意味は表面に見えへん部分にあるんやろうな。わしはトウモロコシのことを話しとると思うとるけど、実は人生の本質について語っとるかもしれへんのや。
風刺かもしれへんな。ソ連みたいに、独裁者がおるときは、本当に言いたいことを直接言えへんから、言葉の裏に隠さなあかんかったんかもしれへん。
そういえば、面白いマヤの土器があってな。土器は面白いんや。碑文はちょっと決まり文句みたいなもんで、「わしは王様や。この日に生まれて、この人たちを打ち負かして、この女と結婚して、この日に死んだ」みたいな感じやけど、土器は神話の物語とか話を教えてくれるんや。
誰も翻訳できへん文があって、最終的に東ヨーロッパの、実際にはウクライナの人が翻訳したんや。そしたら、ウサギが商人の神様に「お前の尻の匂いを嗅がせろ」って言うとったんや。
みんな素晴らしい神話の一部を期待しとったのに、「お前の尻の匂いを嗅がせろ」って翻訳されたんや。すごいな。
前に言うたように、人間の本質は変わらへんな。
ペテンの地図作りの話をしたけど、その過程はどんな感じやったんや? めっちゃ面白そうやな。
そうやな、すごい冒険やったわ。大好きやったけど、難しかったな。毎朝起きて「今日はどこかで怪我するやろうな。どこで、どれくらいひどいかは分からへんけど、絶対起こるで」って思いながら起きとったわ。だってジャングルやからな。
ジャングルでの作業ってどんな感じなん? 何をせなあかんのや?
難しかったのは、国立森林公園やったから、林野庁が必要以上に木を切るのを許してくれへんかったんや。基本的に、草むらの中にトンネルを掘るみたいな感じで進んでいったんや。
まず、建物を見つけたら、方眼紙に描いて、「お前らは北に行け、お前らは東西に行け、他の建物を見つけてきて」って言うんや。見つけたら、この建物まで戻ってこいって。
そんな感じで地図を作り始めて、1枚の方眼紙で十分やったんや。そんで機械を持ってくるんや。レーザー測量機を持ってきて、正確な情報を得るんやけど、その紙には「この方向に機械を持ってくるな、木の壁があるで」とか「この建物の上に立てば、一度に4つの違う建物が見えるで」みたいなことを書いとったんや。
これ全部、密なジャングルの中でやっとったん?
そうや。道路から離れれば離れるほど、密になっていったな。時々開けた場所もあったけど、低いところやと草がめっちゃ密集しとって、背の高い草の中にトンネルを掘るみたいな感じやったわ。
5日くらいして戻ってくると、もう跡形もなくなっとることもあったな。自分たちが作った道がどこやったか分からへんくらい、そんなに早く生えてくるんや。
でも、建物は見えたんやろ?
そうや、それが面白かったんや。時々は、このテーブルくらいの小さな建物が並んどるだけのご近所さんみたいなところもあったけど、時々は5メートルくらい進んだだけで、誰も地図に載せたことのないピラミッドの下に立っとることもあったんや。「わお、また新しいの見つけた」って感じやな。
ええ日には3つくらいピラミッドを見つけることもあったわ。友達は皆、1週間中ずっと町の真ん中の穴の中におるだけやのに、わしはジャングルの中を踊り回っとるみたいな感じやったな。今日は10個建物を見つけるかもしれへん、今日はピラミッドを見つけるかもしれへん、誰が知ってるって感じや。
その文明以外の人間として、初めてそんなものを見つけるってどんな気分なん?
最高やで。わしは探検家の心を持っとるからな。そんなもの見つけたら、もう言葉にならへんわ。
25歳のとき、マヤの都市をまるごと見つけたことがあるんや。信じられへんかもしれへんけど、本当やで。マニャって名前をつけたんや。バシアンのジャングルにあるんやけど。
もう、あれは信じられへんかったわ。ほとんど落ち込んでしもうたくらいや。人生の大きな目標が、失われた都市を見つけることやったんやけど、25歳でそれを達成してしもうて、「さて、これからどうしよう。一生かかると思っとったのに」って感じやったな。
実際、NASAに手紙をようけ書いて、火星で最初の考古学者になれへんかって頼んだんやけど、1通も返事来えへんかったわ。たぶんNASAのリストに変な奴として載っとるやろうな。
どうやってマヤの都市を見つけたん?
その地域の地形図を使って、「もしわしがマヤ人やったら、この広いエリアのどこに住みたいやろう」ってゲームをしたんや。
一番大きな山を探したんや。マヤ人は自分たちのピラミッドを全部「トゥンウィツ」、つまり「石の山」って呼んどったからな。山が好きやったのは分かっとったんや。
その山を見つけたら、すぐ隣に2つの山があって、3つで三角形を作っとったんや。マヤ人は3つ組が好きやったからな。その間に川があって、「ここや。ここに都市を建てるわ」って思ったんや。
2シーズンかけて、学生たちと一緒にそこまでハイキングしたんや。他の大学院生は「あいつ、学生たちに1日中ジャングルをうろつかせとるだけやな」って思っとったやろうけど、わしは都市を持って帰ってきたんや。
人類の遠い過去を見てきた人として、人類文明の遠い未来について、何に希望を感じる?
ええ質問やな。わしは希望を持っとるで。人類の精神を信じとるんや。
歴史を勉強してきた人間として、歴史はある種のサインカーブを描いとるように思うんや。高いときもあれば低いときもある。でも、どれだけ低くなっても、また立ち上がって、上がっていくんや。
人類はそれを続けていくと思うわ。今の課題に立ち向かっていくやろう。もちろん、その課題の中には自分たちで作り出したものもあるかもしれへんけどな。でも、適応して乗り越えていくんや。それが人間のすることやからな。
そうやな、人間は道を見つけるんや。
そうや、歴史を見てると、帝国が崩壊しても、そこから出てきた人間たちは立ち上がって新しい道を見つけるんや。新しいものを作り上げるんや。
わしが研究しとる人々は、人生の周期的な性質を信じとったんや。死なしには生命は続かへんって。低いときもあれば高いときもあるけど、周期は永遠に続くんや。
あんたは「アーコ・エド」っていう素晴らしいポッドキャストもやっとるな。聞いてみたい人に、どのエピソードをおすすめする? 難しい質問やけど。
難しい質問やな。シェフに「メニューの中で一番ええのは何や?」って聞くようなもんやな。人それぞれ好みが違うからな。
わしはそのポッドキャストで2つのことをやっとるんや。時々は、聞いたことのない文化について教えたり、本当に特定のこと、例えば道具の種類とか動物の種類について話したりするんや。
でも、わしの一番好きなのは、自分の冒険の話をすることになってきたんや。わしにはようけの変な冒険の話があってな。それが面白くて、すごくええ反応をもらっとるんや。
ユーモアも入れられるし、うまくいったこととうまくいかへんかったこと、冒険のことなんかも全部話せるんや。これが「アーコ・エド」の一部になっとるんや。
「アーコ・エド」っていうのは、わしのことでもあるし、教育っていう意味もあるんや。これで本当にやりたいのは、アメリカ、特に北アメリカにすごい文明があったってことを再認識してもらうことなんや。
ヨーロッパが来る前に偉大な文明がなかったっていう集団的な忘却があるって思うんやけど、それは全然事実と違うんや。
実際、「アメリカ以前」っていうプログラムを持っとって、アメリカの歴史の一部として、ヨーロッパとの接触以前の部分を紹介しようとしとるんや。
K-12の生徒たちが、1492年に俺らが来る前は誰もおらへんかったっていう間違った話を教えられるんやなくて、この国の完全な歴史を知るべきやと思うんや。
いつかファンダーを見つけて、「アメリカ以前」をまとめ上げて、アメリカの全ての子供たちがこの国の完全な歴史を知るカリキュラムの一部にしたいんや。
すばらしいプロジェクトやな。エド、今日は話してくれてありがとう。世界に発信してくれる面白いアイデアにも感謝するわ。新しい講座を楽しみにしとるで。
ありがとう、レックス。本当に楽しかったわ。
レックス・フリードマンとエド・バーンハートの会話をお聞きいただき、ありがとうございました。このポッドキャストを支援するには、説明欄のスポンサーをチェックしてください。
最後に、ジョセフ・キャンベルの言葉を紹介して終わりにしたいと思います。
「人生は死の顔に被せられた仮面に過ぎません。そして死もまた別の仮面なのでしょうか? アステカの詩人は問いかけます。その向こうに真実はあるのか、それともないのか、誰が言えるでしょうか。」
聞いてくださってありがとうございます。また次回お会いしましょう。


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