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自分、ハリウッドのアートギャラリーで働いてた時のこと覚えてるんやけど、遅刻しそうになってもうて。裏に古びた緑色のハフィのマウンテンバイクがあったんやけど、ほんまにガラクタみたいなもんやったわ。
せやけど、仕事失うか、バス乗り遅れて行けへんようになるか、それともこれが唯一のチャンスかもしれへんって思って。で、もう思い切って乗ってみたんや。
バス停に着いた時、バスが満員で通過してしもたんやけど、そん時笑ってもうて。バスの後ろについて走り出したんや。めっちゃ大きな坂やったけど、自分にはとても登れへんように思えたわ。
でも、そこで自分がバスを追い越して、ほとんどの車も抜かしてるのに気づいたんや。2台目の同じバスも見えてきて、「わー、2台もバスがあるんか、すごいな」って思いながらずっと走り続けたんや。
もう日差しも気持ちよくて、ほんま幸せやったわ。背中に風受けながら、めっちゃ気分ええし、最高やったんや。
ようやく目的地に着いた時、3台目のバスも見えて、「3台もバスがあるんか」って。なんか新しいもん発見したみたいな気分やったわ。「誰も自転車で移動できるって知らんのかな?」って思ったんや。だってめっちゃ速いやん。
で、同僚のマリオに「ねぇ、俺、自転車乗りになろうと思うんやけど」って言うたんや。
1800年代、自転車はもう最高の交通手段になりかけてたんや。ロサンゼルスでも自転車ブームが起こって、カリフォルニア・サイクル・ウェイっていう素晴らしい自転車専用道路ができたんや。パサデナからダウンタウンまで繋がってたんやで。
そのうちロサンゼルスは公共交通の聖地みたいになってしもて、世界でも指折りの路面電車システムがあったんや。市民の9割が路面電車を使ってたんやで。
でも、ゼネラルモーターズは別の計画を持ってたんや。GMは路面電車を買収して、徐々に廃止していって、その代わりに高速道路を作ったんや。その高速道路が地域社会を分断するように設計されてたんやけどな。
1948年にGMは交通システムの独占で起訴されて、5000ドルの罰金を科されたんやけど、もう手遅れやったんや。ロサンゼルスは世界の車社会の中心地になってしもたんや。
ほんまに悲しいことやわ。胸が痛むわ。自分、70年代のLAで生まれたんやけど、その頃にはもう大変なことになってて、もう後戻りできひんような状況やったんや。人間のための街に変えるんやなくて、人間を運ぶためだけの場所になってしもてた。
車なしで生活するのがどんなもんかわからへんのや。車は生活必需品やからな。公共交通機関だけじゃ十分に移動できへんのや。
今、歴史的な転換点にいるんやで。他の道路利用者のためのスペースを作らなあかんのや。でも、ドライバー自身がまだ複数の交通手段があるっていう考えに目覚めてへんのや。自転車乗りや歩行者を尊重したり、安全を確保したりするところまでいってへんのや。
自転車で移動するなんて、一部の人には馬鹿げて見えるかもしれへんけど、車だけが唯一の移動手段やって思うほうがよっぽど馬鹿げてるんちゃうか。ロサンゼルス市民にとってはな。
なんで市はもっと対策せえへんのやろ。なんで法律ではもっと対策せえへんのやろ。まだまだ全然足りひんのやで。
自分は自転車メッセンジャーやねん。自転車だけで仕事してるんや。タンデム自転車も持ってて、ツアーにも行くんやけど、よく自転車の権利擁護の話をすることになるんや。自転車に乗ってもらうのに苦労する話とかな。
アムステルダムやコペンハーゲンに行って、自転車が当たり前の移動手段になってる場所で走ったことあるんやけど、素晴らしかったわ。美しかったで。
人生で一番調子がええって感じるわ。200マイルを1日で走れるんや。サンタバーバラまで往復できるんやで。それってめっちゃすごいことやろ。
歩いたりバス乗ったりするのもアクティブな移動やねんけど、1マイルのコーヒーショップまでの移動に車使う必要なんかあらへんやろ。それこそ自転車で簡単に行けるやん。自転車が一番ぴったりなんや。
LAで自転車に乗ることを選んだら、いろんなシステムに影響与えてるんや。システムを変えるのに積極的な役割果たしてるんや。もうそのシステムにそれほど参加してへんってことやからな。
でも結局のところ、健康的な環境を作ろうと思たら、健康的な人々が必要やし、健康的な人々と健康的な環境を作ろうと思たら、モビリティの正義っていうのが大事になってくるんや。
破壊的なインフラを作り続けて、それに餌を与え続けて、正義があると期待するのは無理やろ。モビリティの正義は、経済的、人種的、社会的な不正義の関係を包括的に理解し続ける方法なんや。交通はそれと無関係やないねん。それの一部なんや。
自転車乗りなら誰でも、ドライバーから受けた攻撃的な態度の話をいくつか持ってるはずや。自転車に乗ってると、人間として見られてへんような気がするんや。安全であるべき存在として見られてへんような気がするんや。
ここ南セントラルLA、マンチェスターとノルマンディーの交差点や。ここでフレデリック・フレイザーが、約2年前に車にはねられたんや。
その日、彼は路肩を走ってたんや。普段は車が停まってる場所やけど、その時は平日の昼間で、今みたいに車は停まってへんかった。
彼はサイクリング用の服装で、ヘルメットもかぶってたんや。今いるこの辺りから飛ばされて、あの木のあたりまで飛んでしもたんや。
マンチェスター通りに自転車専用レーンを作ってほしいんや。マンチェスターだけやなくて、LAの他のたくさんの道路にもな。だって、こういう事故がよく起こるんや。誰かが死んだって聞くのが当たり前になってしもてる。
彼はいつも月曜の夜のライドに来てたんや。夜9時か10時に集まるのは、その時間やと車が少ないからなんや。これは俺らの道路や、あいつらの道路やないって感じるのが解放感あるんや。
よし、4周したらセンチネラ交差点で集合な。周回飛ばしすぎんなよ。他に言うことあるか?メカニカルズを呼んでくれ。4、5周したら終わりや。2回遅れたら終わりやで。3回以上遅れたら来週はミックスフィッツに行ってくれ。みんな集まれ。
ミックスドレースは、レイチェルと俺が2年ちょっと前に始めたライドなんや。時間はかかったけど、今では活気のあるグループになってるで。30マイルくらい街中を休まず走るんや。
この街で自転車に乗るのに命の危険を冒すってのは、言うのも聞くのも悲しくてひどいことやけど、それが現実なんや。恥ずかしいことやわ。なんでこんなんが許されるんやろ。
一番の課題は、インフラが足りひんことや。自転車に優しい道路や自転車レーンのネットワークがつながってへんのや。
今日はここを通って行こうと思てんねんけど、自転車レーンに入ろうとしてるんや。なんで自転車レーンにおるんや。すみません。
こんなにゆっくりで大変なことになってる間に、人が死んでるんや。ひどいことやで。
Wには、自分が父親やって知らんかった赤ちゃんがおるんや。その子は今、父親なしで育つことになる。彼の母親は息子を失ったんや。家から数ブロックのところで事故に遭ったんや。ほんまに悲劇やわ。
しばらく見てへんかったわ。ああ、神様助けてください。これは自転車の座席や。道路から拾ったんや。拾ったのはこれだけやった。
彼は6年生から12年生まで、ここで卒業したんや。成功してな。だから、フードじゃ成功できへんって言う人もおるけど、私らはできたんや。彼は誇りを持ってやり遂げたんや。
フードに住んでてもフードの人間になる必要はないってことやな。彼は自転車に乗って、ここから出て行ったんや。ここには友達おらんかったけど、自転車に乗って出会った友達がおったんや。それでよかったんや。ここの誰とも付き合わんかった。自転車に乗って出て行ったんや。そういう子やったんや。ええ子やった。ほんまにええ子やったわ。
とても誇り高い母親や。とてもな。
法廷に行くで。ああ、来るんか。ポスター持ってくるわ。あんたは来てくれたらええ。次のスローガンは何にする?次のスローガンは?
「運転免許は人を殺すためやない」はどうや。ええやん。このひと、スローガンのアイデアが尽きひんな。おい、4年後に俺がバーニーに対抗して選挙に出る時、選挙参謀になってくれへんか?
結局のところ、政治的な力を持つ集団になる必要があるんや。それが究極の目標やな。
さあ、1、2、「Wのための正義を!」。Wのための正義やけど、Wだけのためやない。全ての人のための正義を求めてるんや。全てのライダー、歩行者、サイクリストのためや。怪我をした人、亡くなった人、全ての人のためにな。
今夜、100人以上のサイクリストが何マイルも走るんや。22歳のフレデリック・フレイザーが火曜日に自転車に乗ってる時に殺された場所まで。
俺の目標は、自転車に関する法律を強化することや。自転車レーンが必要なんや。ライトも必要やし、譲り合いの標識も必要や。これらの事故の中には、人々が全く見えへんかったから起こるものもあるんやで。
自転車レーンがあったら、そこを走る権利があるはずやのに。なんでそこを走るんや。
Wの場合、例えば保護された自転車レーンがその道路にあったら、ドライバーが彼をはねた場所ではほぼ不可能やったはずや。その意味では、この衝突は防げた可能性があるんや。
でも、それでもなお、自転車に乗ることの美しさや素晴らしさを忘れてしまうことがあるんや。権利擁護活動に夢中になりすぎて、自転車に乗ることがどれだけ素晴らしいかを忘れてしまうことがあるんや。
自転車に乗ることを選ぶこと、特に集団で自転車に乗ることを選ぶことで、街に人間味を与えてるんや。私たちの街が必要としてることやねん。
シカビアっていうイベントを始めるのを手伝ったんや。もう10年になるけど、LAではほんまに素晴らしい人気のオープンストリートイベントになってるんや。年に6回から8回くらいイベントをやってるで。
この組織は、2010年以来200マイル以上のカーフリーな道路を作ったことを祝う式典も行ったんや。これまでに150万人以上の人がこれらのイベントに参加してるで。
今シーズンは2ヶ月に1回イベントがあるんや。これはボゴタ(コロンビア)で1970年代に始まったモデルを基にしてるんやけど、ボゴタではもっとすごいんや。毎週日曜日に市内全体でこのカーフリーの道路のネットワークを作ってるんや。
LAでもこれが都市の風景の一部になったらええなあって思うわ。
自転車に乗ることには、環境への影響や手頃な価格、公衆衛生の面でも明らかなメリットがあるんや。人々がもっと体を動かすようになるしな。
でも、LAみたいな街では、誰がどう動けるかっていうのが社会の不平等問題と深く結びついてるんや。そういう意味で、自転車文化の中で一番それを促進してるのは自転車協同組合の文化やと思うわ。
そこでは人々がお互いに自転車の修理について教え合って、自転車へのアクセスを広げてるんや。
ほら、こうやって空気入れるんや。反対にやってもうたな。こうやって持って、これを付けて、それから上に引っ張るんや。ほら、こうやって空気が入るやろ。
知らんかったら、時間もかかるし、ちょっとしたことでもお金払わなあかんからな。
だから、自転車屋に行きたくない人がここに来るんや。ここは教育の場やからな。自転車のことをもっと教えてあげるんや。
全部やってあげるわけやないで。「直してください、手を汚したくないんです」みたいなんは違うんや。そうやないねん。手が汚れんかったら、自転車いじってへんってことやで。
手伝うのは、みんなに自転車に乗ってほしいからや。それがここにある目的なんや。
ここはもともとエコビレッジから始まったんや。ジミーっていうメッセンジャーの人がおってな。ジミーには感謝せなあかんわ。彼が大きな理由でここがあるんやからな。
バイクキッチンが続いてることにめっちゃ嬉しいし、LAの街で他にもスピンオフのプロジェクトがあるのもうれしいわ。
世界中にもバイクキッチンのスペースができてるらしいで。LAで俺らが集団でやったことに影響受けてるみたいやしな。
ほんまにええ場所やわ。そういう場所に行くといつも喜びでいっぱいになるんや。
新しいローカルヒーロー、ありがとう。全部ええ感じや。完璧に動いてるで。
チェーンにオイル塗ったから、数分経ったら拭き取ってな。ほら、こうやって。
ちょっともらってもええか?車に入れたいんやけど。
拭き取ってな。ありがとう。ほんまにありがとう。今日はええ日になったわ。ほんまにありがとう。
帽子じゃなくて?いや、帽子もええけど、仕事と人々のほうがもっと大事やで。
自転車やったらどこにでも行けるで、信じてや。それが自由なんや。自分でコントロールできるし、最高やで。
自由で、強くて、この乗り物で好きなところに行ける美しさを思い出させてくれるんや。誰も傷つけへんし、みんなに喜びと強さを与えてくれるしな。
もっと多くの人がこの経験をしてほしいなあ。
なんで楽しいのか説明できひんけど、自転車に乗ってる時にそう感じるんや。自転車と自転車に乗ることに対して強い思いと情熱があるんや。それが答えなんや。
息子にもたくさんの知識を伝えてるで。息子は自転車に乗ることと車に乗ることの大きな違い、それが人生や街にどんな影響を与えるかを理解して育ってるんや。
おい、CAFを応援してや。LACBCのコリンと他の誰かが中におるで。もう法廷が始まってるみたいや。
リー・M・ホブ裁判官が裁判長や。
私にできることは、同じような経験をした他の家族を助けることや。もう二度とこんな経験をする家族が出ないように、私にできることは何でもしたいんや。
自転車の車輪そのものが美しいもんなんや。絶妙なバランスで作られてて、まるで魔法みたいなもんや。
1本のスポークを見ると、それだけじゃ弱くて簡単に曲がったり折れたりするかもしれへん。でも、張力をかけて他のスポークと一緒になると、速度や重さに耐えられる構造になるんや。つぶれへんのや。
まるでコミュニティの完璧なシンボルみたいやろ。運動のシンボルみたいなもんや。
各スポークが強くて、お互いに均等になってると、車輪が回る時や重さがかかる時にそれぞれが適切な仕事をする。そうすると車輪全体がよくなって、乗り心地もよくなるんや。全体の体験がよくなるんや。


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