イーロン・マスクの『仕事のない未来』は妄想的な夢

AIに仕事を奪われたい
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Elon Musk's "Future Without Jobs" Is A Delusional Dream
yapping about automation, ai, post-work society, and the labour market lolRecorded live, as per usual. I stream at 7.30p...

オプティマス・ロボットがみなさんの間を歩き回るんや。先生になったり、子どもの世話をしたり、犬の散歩をさせたり、芝生を刈ったり、友達になったりもできるんやで。これは今まででいちばん大きな製品になると思うわ。
「ロボットが我々の仕事を奪いに来る」。ここ数年でこんなフレーズを一度は聞いたことあるやろ。まったくの根拠のない恐れってわけやないんや。
数週間前、アメリカで近年の人類史上最も重要なストライキの一つが起こったんや。港湾労働者、つまり港で船の荷物を積み下ろしする人たちがストライキを起こしたんや。これでアメリカ経済は1日45億ドルもの損失を被ったらしいわ。
このストライキは一つのことに関するもんやった。自動化やな。港湾労働者たちは自問自答しとったんや。「機械が我々の仕事を奪ったらどうなるんや。一日中何をすればええんや」ってな。
実はな、人類の歴史のほとんどの期間、我々は技術が生活をどう変えるかについてめっちゃ楽観的やったんや。以前も言うたけど、ジョン・メイナード・ケインズは技術の進歩のおかげで1日3時間しか働かんでええようになるって言うてたんや。もちろん、そんなことにはならへんかったけどな。
そして、その流れが変わってきたんや。技術的な楽観主義はゆっくりと衰えてきたんや。技術はもう仕事を代替し始めとるんや。最近就職活動したことあるやろ。75%の確率で、人間じゃなくAIがあんたの履歴書を読んどるんやで。
技術がすでに職場に影響を与えとる証拠はたくさんあるんや。それを理解することで、これからどうなるかについてもっと的確な予想ができるようになるんや。
生成AIや大規模言語モデルを、まったく新しい革命的な技術やと思いがちやけど、実際はそうやないんや。1980年代のコンピューター革命から始まった長い技術進歩の一要素にすぎへんのや。
今ではデスクトップコンピューターなんて特に革新的やとは思えへんけど、これが職場の流れを完全に変えてしもたんや。
普通、技術が職場に与える影響って、上司がオフィスに入ってきて「お前はクビや」って言うて、あんたが出ていく時にテスラボットみたいなんが入ってきて仕事を引き継ぐ、みたいなイメージやろ。ちょっと大げさやけどな。
典型的な考え方やと、労働者が追い出されて、そのまま技術に置き換わるっていう直線的な交換やと思われがちなんや。でも実際はもうちょっと複雑なんや。
1980年代に戻ってみると、技術がすでに職場に与えた影響の違う側面が見えてくるんや。「低技能サービス職の成長とアメリカの労働市場の二極化」っていう面白い論文を見つけたんや。
この人たちは過去数十年の技術進歩を見て、雇用の変化を見るとめっちゃ面白いカーブになってることに気づいたんや。U字型のカーブやねん。
このU字型のカーブは2つのことを教えてくれるんや。一つは、高給の仕事がめっちゃ増えてるってことや。もう一つは、低賃金の仕事も増えてるってことや。
本当に大変なのは、真ん中の人たちなんや。1980年代以降の技術の主な影響は、この「仕事の二極化」っていう現象やったんや。
中所得の中技能の仕事が置き換えられてきたんや。これらの仕事は主に定型的な作業やったからな。製造業、簿記、事務作業なんかやな。
残ってる仕事は、コンピューターで置き換えられへん低賃金の仕事なんや。この中所得の仕事の喪失は、特にアメリカでは壊滅的やったんや。
1980年代以降、技術や安い労働力のある他の国に何百万もの仕事を奪われてきたんや。悲しいことやけど、これは自然なことやと思いがちで、この人たちは他に何か見つけたんやろって思うかもしれへん。
でも、長期的な影響があるんや。80年代以降、製造業の仕事の喪失は、オピオイド関連の死亡率の上昇と直接結びついとるんや。フェンタニルは今やアメリカで50歳未満の成人の死因の第一位なんや。これ、めっちゃクレイジーやで。そして、これは何度も製造業の仕事の喪失と直接結びつけられとるんや。
中所得の仕事の喪失は、人々を低賃金の仕事に追いやったり、再教育を受けて高給の仕事を得るように押し込んだりしただけやない。多くの人々に仕事そのものをあきらめさせてしもたんや。
これらの仕事は、我々が考えるような形で全部なくなるわけやないんや。人々がクビになって、その後コンピューターや自動化技術に置き換えられるっていう単純な話やないんや。
実際に見られるのは、経済の下降期に多くの人が仕事を失うんやけど、それが技術のせいやってすぐにはわからへんってことや。でも、企業の利益は仕事よりもずっと早く回復するんや。そのギャップを埋めとるのが技術なんや。
もしあんたが高い流動性のある中所得労働者で、高所得労働者になるチャンスがあったんやとしたら、そのチャンスを失ってしもたんや。
この仕事の二極化、つまり技術のせいで中所得労働者が2つの層に分かれるっていう現象は、西ヨーロッパでも北米でも不平等を増大させてきたんや。
技術は労働者を2つのグループに分類してるんや。そして、この2つのグループの間の移動がめっちゃ難しくなっとるんや。中所得の仕事がなくなれば、低所得の仕事から高所得の仕事に簡単に移るのは難しくなるからな。
中には「私は大丈夫や。技術業界で働いとるから、二極化の影響は受けへんで」って思う人もおるかもしれへん。でも問題は、たとえこれらの業界で働いとっても、あんたの未来は必ずしも明るくはないってことなんや。
UCLAのこの研究論文は、インターネットの普及が労働者にどんな影響を与えたかを測定したんや。特に、インターネットの普及が役立った企業で働いてる労働者にどんな影響があったかをな。
彼らが発見したんは、考えてみればそんなに驚くべきことやないかもしれへんけど、技術の恩恵を受けたはずの産業でも、社会階級によって大きな差があったんや。
インターネットを採用した業界で働いとったら、あんたの賃金は2.3%上がるんや。でも、もしあんたが管理職やったら、平均賃金は8〜9%くらい上がるんや。幹部やったら、平均給与は18〜19%も上がるんや。
インターネットは完全に革命的やったけど、それでもこんな大きな格差があったんや。恩恵は、恩恵を受けるはずの人々の間でも平等に分配されへんかったんや。
生産性が最も向上したはずの下位の従業員は、それに見合った給与の増加を見られへんかったんや。これは典型的な「一番頑張った人が一番報われへん」ってケースやな。
社会に平等な利益をもたらしてはいないんや。
さて、もしあんたがAIのせいで仕事を失った人の一人やったとしよう。そしたら「さあ、これからどうする?」って話になるわな。
歴史的に見ると、自動化で仕事を失うのを防ぐ解決策は教育やったんや。教育は過去50年間、大量の人々が収入を失うのを防いできた唯一のものやったんや。
人々は適応し、技術的なツールの使い方を学んで、職場でより競争力を持つことができたんや。そうやって生き延びてきたんや。
さっき、仕事の分布がどう変わったか、中所得の仕事がどう失われたかのグラフを見せたやろ。この中所得労働者の一部は、教育のおかげで高所得の仕事に移ることができたんや。
でも、教育でシステムに打ち勝つっていうアイデアも、もうあんまりよくないんや。
プレイズ・ザ・サンが言うてたように、Googleは株式買戻しの数ヶ月後に1万2000人のテクノロジー労働者を解雇したんや。今や実際、優秀な人材の供給過剰なんや。너무多くの人が再教育を試みたんや。
コンピューターサイエンスの卒業生やったら、今の市場で仕事を見つけるのがどれだけ難しいか経験しとるやろ。インテルも人員削減しとるし、Googleもやっとる。ライオットゲームズもやっとるし、バイトダンス(TikTok)もやっとるんや。
この増加する自動化に教育で打ち勝てるっていう考えが、実は大量の高度な訓練を受けたけど雇用できない卒業生を生み出すシステムにつながってしもたんや。単純に十分な仕事がないんや。
これは特に中国で大きな問題やし、インドでも大きな問題や。アメリカでも問題になっとるんや。
もしあんたがテクノロジー系の卒業生やったら、仕事を見つける経験がどうやったか教えてほしいわ。
教育で自動化に打ち勝てるっていう約束は、かつてほど強固ではなくなってきとるんや。より多くの高技能労働者が低賃金の仕事に追いやられとるんや。
実際に2つの経済が生まれる可能性があるんやろか。ニュースに出てくる経済と、実際の経済っていう感じでな。
そやな、我々が見とるのは、資産の価値と労働の価値の間の分離がどんどん大きくなっとることやな。資産価格は長い間、止まることなく着実に上昇し続けとるんや。
80年代に家を買うてたら、ええ思いしとるやろうな。でも80年代から、90年代から、あるいはこの10年間ずっと働いとる人にとっては、見てきた成長は家やら株やらにめっちゃ早く追い抜かれてしもとるんや。
我々は基本的にすでに二重経済の中におるんや。資産の価値が一貫して労働の価値を上回り続けとるからや。
これは教育によって解放され、教育によって良い生活を送れるって約束された人々にも影響しとるんや。かつては利用可能やった仕事がゆっくりと消えていくのを見つけとるんや。
技術が発展するスピードが加速しとる中で、仕事を失った時に再教育で対応できるっていうのは、もう現実的やないと思うんや。例えば、すべての翻訳者がAIエンジニアになるって期待するのは無理があるやろ。
たとえそんな未来が可能やったとしても、仕事を失った人が全員再教育を受けて新しい仕事を見つけられるっていう未来があったとしても、我々が抱えとる問題は解決されへんのや。
この技術によって生み出された利益が本当に不公平に分配されてきたからや。再教育を受けても、人々は本来取り戻すべき購買力を取り戻せてへんのや。
これらすべてが起こった後の未来がどんなもんになるか考える時、楽観主義者はおそらく普遍的基本所得(UBI)のような形を持ち出すやろな。
これは社会的地位や雇用状態に関係なく、すべての人が一定額のお金を受け取って、好きなものに使えるっていうアイデアや。十分な人々が仕事を失えば、生存を労働から切り離さなあかんようになる、つまり生存は働く能力を条件にできへんもんになるって受け入れなあかんっていう考え方やな。
普遍的基本所得は完全に新しいアイデアってわけやない。実際、何百年も前から言われとることやねん。
おそらく一番ええ例は1930年代のこの人や。アメリカの上院議員で、ヒューイ・ロングっていう名前やった。彼は大恐慌の後に「富の共有」っていう運動を始めたんや。
「富の共有」の原則は、大恐慌の後に生活水準がめっちゃ下がってしもたから、国家には物事をバランスよく戻す義務がある、つまり金持ちに課税してもっと積極的にやらなあかんって信じとったんや。
彼は現代のUBI運動の先駆けとなったんや。実際、彼が撃たれて暗殺されるまでは、おそらく最も有名で広く知られたUBI運動やったんやないかな。
さて、悲観主義者はどう言うやろか。悲観主義者は、技術がこれまで不平等を増大させてきた事実を見るかもしれへん。
イギリスでは貧困家庭の3分の2が働いとる家庭やっていう事実も見るかもしれへん。
悲観主義者はまた、我々の社会がすでに一部の人々は最低賃金を払う価値がないって決めてしもとることも見るかもしれへん。
以前も話したけど、最低賃金以下の賃金はアメリカでも、イギリスでもヨーロッパでもめっちゃ大きな問題なんや。
悲観主義者はこれを見て、もっと技術が進めば、この傾向が加速すると考えるかもしれへん。
利益が公平に再分配されへん限り、高給の仕事に必要なスキルの量が増えるにつれて、仕事はますます二極化し続けるんやないかって。
残念ながら、これの方がもっともらしく思えるんや。UBIが勢いを得る世界を本当に見たいけどな。
働く貧困層はもうすでに当たり前になってしもとるし、ゾー・フィリップスが言うように、これは現代社会で一番悲しいことの一つやねん。
もし我々が今でも働く貧困を正当化できるんやったら、人々が文字通り飢えとる時でも、それを正当化し続けられるんやないかな。
もちろん、ここにはある程度の推測が含まれとるわ。いつもそうやけどな。
少なくとも、自動化によって経済で生み出された利益が、これまでのようにはうまくいってないように見える労働者たちにも実際に行き渡るような政策決定への動きを見たいもんやな。

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