インドネシア政府高官の「時代に合わない大学の専攻を廃止する」という発言を端緒に、アジア各国におけるSTEM教育推進とAIの脅威について議論する。中国ではトップダウンでAI関連分野を新設し語学等を削減する一方、日本やオーストラリアでは学生の選択の自由や社会的事情からSTEM推進が難航している。また、技術職がAIに代替されるリスクが高まる中、感情的知性(EQ)を要する人文系や対人支援の仕事こそが生き残る可能性が指摘され、現在のSTEM偏重の教育政策が将来的に裏目に出るパラドックスについて考察している。

AIと大学の学位:迫り来る雇用の危機
私たちの仕事はいつかAIに取って代わられてしまうのではないかと、誰もが不安を抱えていますよね。
しかしインドネシアでは、時代に合わない一部の大学の学位は廃止されるべきかもしれないと政府高官が発言したそうです。
その通りです。最近、インドネシア教育省の幹部が、現代や未来の就職市場で役立たない専攻で学んでいる若者が多すぎると指摘したんです。
これによって少し反発が起きています。
この話題は、アジア全体でも大きな議論になっていますよね。
もう何年も前から議論されてきたことですが、例えば中国などの国々では、若者に工学や科学、テクノロジーなどを学ばせようという強い動きがあります。
でも、ここで大きな疑問が浮かびます。AIの脅威が迫る中、学生が学ぶべき安全な科目は果たしてあるのでしょうか。
いつものように、シンガポールからマリコがお届けします。BBC World Serviceのアジアパシフィックです。
週に2回、アジア太平洋地域のニュースを、その道に最も詳しい専門家の解説とともにお届けしています。
そして今回、ジャカルタでこのニュースを詳しく追っているのが、BBC World Serviceのアジェンです。
ポッドキャストへようこそ。
こんにちは。お招きいただきありがとうございます。
そして、このポッドキャストのエディターであるビル・バートルズも一緒です。おかえりなさい。
こんにちは、マリコ。
インドネシアにおける「不要な学位」論争
さてアジェン、インドネシアでこの学位が関連するかどうかというかなり白熱した議論のきっかけになった、具体的な発言内容を教えてもらえますか。
わかりました。4月下旬のことですが、高等教育・科学技術省のバドリ・ムニール・スコチョ事務次官がバリ島でのシンポジウムで、大学は専攻を評価し、時代に合わないと判断されれば閉鎖する必要さえあるかもしれないと発言しました。
具体的にどの専攻が不要だと考えているのかは明言しませんでしたが、大学の卒業生と産業界とのミスマッチを減らすために必要な措置だと述べていました。
これには少し反発が起きましたが、その後すぐに大臣が釈明し、専攻を閉鎖することはないが、テクノロジーや科学、産業の発展に合わせて専攻をアップデートできるよう大学と協力していくと述べています。
では、時代に合うか合わないかというのは、STEMと呼ばれる科学、テクノロジー、工学、数学といった、2020年以前から学生に学ばせたがっていた科目が基準になっているような気がしますね。
よく引用されるデータとしては、インドネシアではSTEM専攻の卒業生が1万人中わずか8人しかいないというものがあります。
これはかなり低い数字です。
最新のデータでもその傾向は変わらず、STEM専攻で卒業するインドネシアの学生は約18%にとどまっています。
STEM以外の科目を学んでいる学生たちからの反発はどのようなものでしたか。
というのも、私はジャーナリズムを専攻していましたが、それだってすぐに不要になると言われかねないですよね。学生たちからの反発はどうなんでしょうか。
概して、学生たちはSTEMに関連しない専攻を閉鎖するという政府の考えに反対しています。
そして、今あなたが尋ねたのと同じように、何が関連していて何が不要なのかという疑問を呈しています。
つまり、その定義を求めているわけです。
彼らは懐疑的な見方もしています。政府が産業界のニーズに合わせたいと言う時、どこのどんな産業なのかと問いかけているんです。
学費による誘導策は効果があるのか
ビル、これはインドネシアに限った議論ではないですよね。
アジア全域で、子どもたちにSTEM科目を専攻させようとする動きがあるように思えます。
ええ、まさにその通りですね。
これを聞いて思い出すのが、6年ほど前のオーストラリアのモリソン元政権による取り組みです。
彼らは大学の学費を利用することで、学生を未来の仕事に直結する学位へと誘導しようとしました。
単純に言えば、人文科学系の学位の学費を高くして、数学や工学、科学といったSTEM系の学費を安くするという発想です。
その後数年間のメルボルン大学の興味深い研究によれば、この政策はあまり効果がなかったことが分かっています。
学費が高すぎるから、あるいはSTEMの方がお得だからという理由で、実際に出願する専攻や学位プログラムを変更した学部志願者は、わずか1.5%にとどまりました。
メルボルン大学の研究者たちは、その理由をオーストラリアの制度にあると分析しています。オーストラリアでは、ほとんどの学部生が入学時に学費を前払いするわけではないからです。
基本的には政府から融資を受け、何年か後に社会に出て働き始めてから学費を返済し始めます。
つまり、この例から得られる教訓は、若者が何を学びたいかに影響を与えるためのアメとムチとしてお金を使っても、必ずしも上手くいくとは限らないということです。
たとえお金をもらえたとしても、高校時代の成績を考えると、私は科学を専攻しなかったと思いますけどね。
アジア各国のSTEM教育事情と日本の課題
先ほどアジェンが、インドネシアのSTEM学位取得者は約18%だと話していましたが、他の国と比べるとかなり低い数字ですよね。
マレーシアは37%、シンガポールは34%くらいだったと思います。
マレーシアは東南アジアの中でも突出した優等生ですね。
年によっても違うので数字は様々ですが、マレーシアの大学卒業生のうち最大で約43%がSTEM学位を持っているというデータも見たことがあります。
その理由の一つは、マレーシアには長年にわたって自動車製造業や半導体産業があるからです。
ですから、マレーシアは東南アジアの中でも別格と言えます。
しかし、この地域の他の国々を見ると、STEM卒業生が多い国とそうでない国とでかなり大きな差があります。
マレーシアでは製造業やテクノロジー関連の仕事が多いとおっしゃいましたが、それは私の母国である日本にも当てはまると思います。
日本政府もSTEM卒業生を増やそうとしていますが、あまり成功しているとは思えませんよね。
日本はインドネシアと同じくらいで、大体20%ほどですね。
それほど高くはないというのは、日本にはまだ巨大な製造業があることを考えると少し驚きです。
日本はいい例ですよね。
約10年前、政府はSTEM教育にもっと資源を投入するよう促しました。日本には私立大学の巨大なセクターがありますが、もっと学位プログラムを提供しなさいと働きかけたわけです。
さらに具体的な動きとして、数年前に日本政府は約20億から25億米ドルの基金を設立しました。
そして大学界隈に対して、この基金から支援を受けることができるが、それは科学や工学といった学位や関連施設に充てられなければならないと条件をつけました。
私が読んだ記事によれば、日本の大学セクターはある程度STEM教育へと舵を切りつつあるようです。
しかし結局のところ、学生が何を学びたいか自由に選べるのなら、昔のことわざにもあるように、馬を水辺に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできないということになります。
日本の問題点は、人口が減少し少子化で子どもが足りないのに、600以上の私立大学が存在していることでもあると思います。政府はこれを2040年までに約250に減らしたい意向のようです。
ところで、日本政府が力を入れていた政策の一つに、より多くの女性、若い女性にSTEM科目を専攻させようとする動きがあったと記憶していますが、日本ではあまり成果を上げていません。
STEM分野における女性の社会進出の壁
インドネシアや東南アジア全域では、STEM科目の選択においてジェンダーの問題はあるのでしょうか。
興味深いデータがあります。2025年のユネスコの報告書によると、STEM労働力における女性の参加率は約8%と依然としてかなり低い水準にあります。
しかし、ここで注目すべき点があるんです。大学でSTEM専攻に入学する女性の割合は、全体の35%から37%ほどを占めているのです。
つまり、これだけ多くの女性が大学でSTEM専攻に進んでいるのに、労働力としてそれが反映されていないという大きなギャップが存在しています。
この女性たちが直面している最大の障壁は、社会的な壁だと私は考えています。
STEMの職場には、まだ多くのジェンダーステレオタイプが残っていますからね。
また、インドネシアの女性が文化的に受け継いできた二重の負担というものもあります。
例えば、女性は家にいて子育てをするべきだという家族からのプレッシャーなどです。
しかし、ポテンシャルは確実にあると思います。
現時点での研究を見る限り、女性の側にはSTEM分野に参入したいという関心があるのは確かです。
でも疑問なのは、大学で工学の学位を取得して卒業したのに、その後工学の分野で働かない女性はどうしているのかということです。
インドネシアでは一般的にどうなっているのでしょうか。自分の能力を持て余すような仕事に就いているのか、それとも全く働かないのか。どんなケースが多いですか。
そうですね、考えられるのは、労働市場で求められる高度な技術的スキルには限りがあるということです。
そのため、彼女たちが卒業した際、一つの道として不完全雇用、つまり自分のスキルよりも低いレベルの仕事に就くことになります。
あるいは失業してしまう可能性もありますね。そしてもう一つ、これがよくあるケースですが、分野を変えるのです。
STEMの職場ではなく、全く別の場所に行って働くようになります。
しかし現場の実態としては、このような高度な技術を持った人材を必要とする仕事自体がそれほど多くないんです。
ですから、産業界に吸収されきれていないのが現状です。
中国のトップダウン型教育政策とAIの影響
それは中国で起きていることとかなり似ているような気がしますね。
中国でもSTEM学位を持つ卒業生が非常に多いのに、若者の失業が大きな問題になっていますよね、ビル。
中国の状況は非常に興味深いですね。
ご存知の通り、トップダウンの集権的な政府があり、大学セクターも公立と私立の高等教育機関が混在していますが、政府が毎年、大学が提供できる学位や専攻の種類を非常に厳格に定めているんです。
リストがありまして、基本的には、これらが提供できるコースだと決められています。もしそのリストから外れていれば、大学が独自にコースを作って学生に提供することはできません。
近年、中国の国家的な発展の優先事項に応じて、政府はこのリストを毎年見直して変更を加えています。
ご想像の通り、ここ数年はロボット工学やドローン向けの低高度工学、そしてAIに関連する新しいコースが開発されています。
つまり大学側に能力があれば、こうしたコースの提供を始めることができるのです。
その一方で、リストからコースを削ることもしています。
全国の大学に対して、これらのコースはもう学生に提供してはならないと通達するわけです。
不要だとみなされるわけですね。
ええ、全くその通りです。
公共管理などを想像してみてください。中国には巨大な官僚機構や巨大な国有企業がありますから、公共行政の学位を取得することは、長年にわたってかなり安全な選択だと考えられてきました。公務員の仕事がたくさんありましたからね。
しかし中国政府は明らかに、そうした資格を持って大学を卒業する人が多すぎると判断し、その結果規模が縮小されたのです。語学のような分野も同じですね。
AIがすでに翻訳や通訳の分野で優れた能力を発揮できることが証明されていることを考えると、翻訳や通訳といったものの重要性に対する感覚が変化しているのは明らかです。
また、中国は経済発展のために外に目を向けるのではなく、ますます内向きになっていることも影響しています。
政府が以前と同じように語学の学位を優先しなくなった理由は、そうしたところにもあるのかもしれません。
新卒者の直面するパラドックスとAIの脅威
つまり結局のところ、需要と供給の問題だということですね。高校を卒業した学生たちは、実際にどんな選択肢があるのかを見極めているわけです。
コミュニケーションや語学の学位に関しては受け入れ枠があまりないかもしれないけれど、自分の街の大学には工学やロボット工学の枠がたくさんある、というような状況になるわけです。
これは、商業的な理由から学生を惹きつけるために、基本的にはどんな学位プログラムでも自由に作って提供できる権限を大学が持っている多くの国々の仕組みとは全く異なりますね。
そこで問題が起きるわけです。
おそらく日本の状況を聞く限り、日本でも問題になっていますし、インドネシアでも同様でしょう。
オーストラリアでも間違いなく起きています。多くの学生が自分の興味のあること、例えば社会科学などを学びたがり、大学側もそれに応えて社会科学の学位をたくさん用意します。
そして政府が心配になり、ちょっと待ってくれ、この卒業生たち全員をどうするつもりだと声を上げるわけです。
そして今、あなたが言ったように、AIが大きな脅威となっています。
仕事が代替されるという理由でレイオフのニュースを耳にするのは、アジアに限った話ではありません。
新卒者がエントリーレベルの仕事に就けないという状況も起きています。
アジェン、インドネシアでもそういった懸念を耳にしますか。人々はAIに仕事を奪われることを心配しているのでしょうか、それともまだそこまでではないですか。
インドネシアでのAIをめぐる議論は、まだその段階には達していないと思います。
つまり、AIに取って代わられたことによる大規模なレイオフは起きていません。
ですが、おっしゃる通りです。将来的には、AIに代替されうる多くの仕事はエントリーレベルのものになると思います。
しかし、それは同時にパラドックスも生み出します。新卒者が就職しようとする時、彼らはまさにそうしたエントリーレベルの仕事を探しますよね。
それがAIに置き換えられてしまったら、彼らにはどんな選択肢が残されるのでしょうか。
人間にしかできない仕事:STEM推進の皮肉な結末
ええ、本当にその世代には同情してしまいます。
というのも、今まさにエントリーレベルの仕事を得るのに苦労している新卒者たちは、高校時代に新型コロナウイルスのパンデミックで大きな打撃を受けた世代でもあるからです。
しかしビル、AIについて考えると疑問に思うことがあります。
これまで政府が推進してきたと話していたSTEM科目こそ、ロボットや機械に取って代わられる仕事なのではないでしょうか。
むしろ、教育や看護のような科目こそ、いまだに人間を必要とする仕事だと言えるかもしれませんよね。
ポッドキャストの進行役とか。
それもたぶんAIロボットにやれるようになりますよ。
以前見たことはありますが、まだそこまではいってないですね。
ヒト型ロボットはまだそのレベルには達していないと思いますが、気をつけないといけませんよ。
ええ。ソフトウェアエンジニアなどは、これまで何度も話題に上ってきた職業ですよね。
実際、ソフトウェア業界やテクノロジー業界全体で、世界的な大規模な人員削減が見られました。
巨大ソフトウェア企業のOracleは今年初め、複数の国で最大3,000人規模の人員削減を発表しましたし、マーク・ザッカーバーグのMetaでも、確か8,000人の人員削減がありました。
つまり、AIがテック業界の人間の仕事を再現できるようになったというだけではないのです。
多くのテック企業は、実際にAIインフラに投資するための資金を確保する必要があるのです。
このように、私たちはここ数年、AIに関連した具体的な雇用の喪失をすでに目の当たりにしています。
パラリーガルの仕事や事務作業などについては、常に憶測が飛び交っていますね。
アジェンが話していたエントリーレベルの仕事も、代替される可能性のあるタスクの部類に入ります。
しかし、あなたが言ったような、人間の温もりや看護のような仕事についてはどうでしょうか。
病院にいるとして、ヒト型ロボットがどんなに優秀でも、医療的なサポートだけでなく、精神的なサポートを提供できる人間であってほしいと人々は常に求める気がします。
ですから、今私たちが見ているあらゆる状況から判断すると、EQや感情的知性、空気を読む力、直感といったものを伴う仕事、その多くは人文科学に関連するものですが、そうした仕事こそが最終的には残っていくように思えます。
そして、より技術的な分野にいるのであれば、そうしたスキルの方がより簡単にAIに取って代わられる可能性があるのです。
ということは、このSTEM推進の動きは、実際には裏目に出る可能性があるということですね。
AIの今後の展開次第では、数年後にそうなるかもしれません。
まだ初期段階なので分からないことも多いですが、どの仕事がAIに取って代わられるのかという大きな疑問は、今後も議論され続けるでしょう。
アジェン、ビル、参加してくれて本当にありがとうございました。
ありがとう、マリコ。お招きいただきありがとうございました。
シンガポールからマリコがお届けする、BBC World Serviceのアジアパシフィックをご覧いただきありがとうございました。
このエピソードで取り上げた内容や、この地域の他のニュースについて質問やご意見がありましたら、下にコメントを残してください。
また、メールでAsia-Pacific at bbc.co.ukまでご連絡いただくこともできます。
「いいね」とチャンネル登録もよろしくお願いします。
それではまた次回お会いしましょう。


コメント