広島が書き換えた私たちの未来

核・原子力
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この動画は、広島原爆投下から80年を迎える節目に、原爆の影響が単に広島・長崎にとどまらず、世界規模で現在も続いている問題であることを多角的に検証している。マンハッタン計画によるウラン採掘から始まり、戦後のマーシャル諸島での核実験、気候変動が核施設に与えるリスク、被爆者の証言記録、そして希望の象徴である被爆樹木の種子保存活動まで、核兵器開発の包括的な人的・環境的コストを浮き彫りにした貴重な報告である。

How Hiroshima rewrote our future
It’s been 80 years since the first and only use of nuclear weapons in war - events that altered the course of history. T...

ニューサイエンティストの特別企画:原爆投下80年の検証

世界と宇宙と私たち、ニューサイエンティストの週刊ニュースポッドキャストへようこそ。私はロワン・フーパーや。

そして私はマリーヌ・カフやで。

今週は特別エピソードをお届けするんや。1945年8月6日の広島への原爆投下から80年が経ったからな。そして3日後には長崎にも爆弾が落とされた。これが戦争での核兵器使用の最初で、ありがたいことに今のところ唯一の例やねん。

でもその後、世界は二度と同じではなくなったんや。

そやな。この特別エピソードでは、この記念日を機にマンハッタン計画のより広範な影響について議論していくで。つまり、焦点は当然ながら広島だけでも数万人が殺されたことに向けられることが多いねん。

約75,000人が即座に殺された。そして爆弾の後でもっと多くの人がな。でも私たちは普通そこに集中するけど、マンハッタン計画の人的・環境的コストは広島と長崎を超えて広がってるんや。時間的にもやで、広がってる。爆撃の前から影響があったし、多くの意味で、私たちは今でもそれに対処してるんや。それが私たちが掘り下げていくことやで。

そやな、私は気候変動が核の遺産にどんな影響を与えているか、そして政府がいつかは対処しなければならない問題について探ってきたで。そして受賞歴のある著者アニー・ジェイコブソンから核兵器の脅威と核拡散について話を聞く予定やねん。

そして私は爆弾の生存者にインタビューしてきた歴史学者と、爆弾を生き延びた木の種から木を育てている植物学者と話したで。つまり生存者の人間と生存者の木の両方が番組に出るってことやな。

でも私たちはまず、戦後にアメリカがどのように核能力を開発し完成させたかから始めるで。そしてそれを太平洋のマーシャル諸島の環礁で、兵器の実験場として使ってやったんや。1946年から1958年の間に、アメリカはマーシャル諸島で67回の核実験を行った。つまり最も有名なのはビキニ環礁での23回やけど、それからエニウェトクという別の環礁があって、そこで44回の実験をやった。そして放射性降下物がマーシャル諸島全体に広がったんや。

マーシャル諸島の核汚染清掃と現在の危機

70年代にアメリカはエニウェトクを清掃して再び居住可能にしようと試み始めたんやけど、解決策は基本的に、まあ非常に基本的なもので、今気候変動が起こってて、それが深刻に不安定に見え始めてるねん。マディ、これはあなたが調べてきたことやけど、アメリカは当時マーシャル諸島の混乱を清掃するために何をしたんや?

そやな、ビキニ環礁は基本的にあまりにも汚染されてて、完全に放棄せざるを得なかったんや。でもあなたが言うように、エニウェトクでは部分的に再び居住可能にする計画やったんや。そこでアメリカ軍がやったのは、基本的に集められるだけの放射性物質を投棄することやった。それは特に実験の散らばったプルトニウムを、実験爆発の一つによって作られた大きなクレーターに入れることやった。これは全てルニットという島で行われたんや。

クレーター自体は直径約350フィート、深さ約30フィートやった。アメリカ軍の戦略は、そのクレーターを放射性物質で埋めて、18インチの厚さのコンクリートの蓋をかぶせることやった。そしてこれが私たちがルニット・ドームと呼んでいるものやねん。

私はその方法にはあまり安心できひんな。

いや、あまり徹底的ではなかったねん。つまり、大きな問題の一つは、ドームの底に裏打ちがないことなんや。つまり軍が基本的にポンプで送り込んだ放射性のスラリーが、透水性のサンゴ岩の上にただ座ってるだけなんや。

だから外界から密閉されたコンテナとして考えることはできひんのや。核廃棄物が保管されるであろう方法のようにはな。そして岩が透水性で、ドームがもう50年近くそのままにされているから、地下の放射性地下水が潮の満ち引きとともに上下するという研究まであるねん。

私はコロンビア大学のマイケル・ジェラード教授と話したで。彼はマーシャル諸島政府と仕事をしてる間に、数年前にドームを訪れたんや。これが彼の描写や。

私は2012年頃の最初のマーシャル諸島への旅行でそこを訪れたで。フェンスもなく、サインもなく、誰かがそこに行くのを防ぐものは何もない。私はその上を歩いて見回したけど、それは太平洋の真ん中にあるプルトニウムやその他の放射性物質の貯蔵庫で、全く保護されてへんのや。

なるほど。つまり、太平洋の真ん中の環礁にある70年代からの古い構造物が、大量の核廃棄物を覆ってるってことやな。環礁っていうのは、あなたが言うように、安定した地質学的特徴ではないよな?そしてそれらの問題がなくても、今度は気候変動がやってきてるんや。

そやな。そして海面上昇が低地の島嶼国を深刻に脅かすことは分かってる。特に気温が産業革命前より1.5度以上上昇した場合はな。それは前にポッドキャストで議論したように、まさにその方向に向かってるねん。

だからルニット・ドームは特に脆弱になるんや。このドームは激しい嵐や台風活動の影響に耐えるよう設計されたけど、1970年代の基準で設計されたんや。つまり気候変動の影響を念頭に置いてなかったってことや。

だからこれは全て、海面上昇、高潮、そしてより激しい台風、これらは私たちが今対処してるより暖かい世界の特徴やけど、これらがドームにとって真の実存的脅威をもたらすってことを意味してるねん。

そやな。そして1970年代でも、満潮時にはクレーターは海面下やったんや。そしてそれは、もしあなたがドームのGoogleイメージの写真を見れば、本当に水の中の非常に低いところに座ってるのが分かるで。これは決してこの物質を置くのに良い場所ではなかったんや、本当に。

違うな。軍は基本的に、すべての物質を除去しようとすることは、可能な限り一箇所にまとめておくよりも生態学的により多くの損害を与えるだろうと結論づけたんや。だからそこに残すことにしたってわけやな。

でも海面上昇で、ドームは将来部分的に水没することが予想されてる。通過する台風や高潮によって完全に破壊されないとしてもな。マイケル・ジェラードが2010年に見たドームの状態と、気候変動からの脅威についてもう一度聞いてみよう。

ひび割れの間から草が生えてたんや、ドームには。ドームはとても薄くて、たった18インチしかないから、非常に深刻な台風が頂上を吹き飛ばす可能性があるんや。そしてアメリカ政府はそれが可能性であることを認識してる。もしそれが起こったら、ドーム内の物質が放出されて、海に洗い流されることになるやろな。

2024年7月に、アメリカ政府のエネルギー省はこの問題について報告書を発表したで。これは太平洋北西国立研究所のチームによる研究に基づいてたんや。

そしてその報告書は基本的に、ドームが完全に故障した場合、例えば嵐で壊れたとしても、近くの島に住む人々にとって健康リスクの増加はないだろうと結論づけたんや。それは基本的に、周囲の土地がすでにあまりにも汚染されてるから、追加の放射性放出があってもそれほど大きな違いはないかもしれないからやねん。

あなたにはまた、ドームの周りにたくさんの海があることの追加の利益もあって、だから全ての放射性物質はかなり早く希釈されるやろうってことや。

でも、もし私がマーシャル諸島に住んでたら、その評価を信じるとは思わんな、正直言うて。

そやな。そしてそれは明らかにかなり論争的で議論の分かれる分野やねん。そして気候活動家と核廃棄物活動家が本当に何らかの進展を見たいと思ってる何かやで。

今年の初めに、グリーンピースはキャンペーン船レインボー・ウォリアーをマーシャル諸島に送り返して、ルニット・ドーム周辺を含む環礁で放射性テストを実施して、気候変動がこの地域にもたらす将来の脅威を評価しようとしたんや。

そしてそれは彼らがマーシャル諸島の人々のための核正義と呼ぶもののキャンペーンの一部やねん。ドームの構造の改善だけでなく、何十年も何十年もこれらの実験の放射性降下物と共に生きている人々への賠償と支援もな、そうやろ?

でも海面上昇、気候変動について言及したから、世界中に海岸に建設された原子力発電所がたくさんあるんや。だからこの問題は、今ルニット・ドームで最悪の状況を見てるかもしれへんけど、世界中で問題になるやろうな?

そやな。ルニット・ドームは、核活動の放射性降下物を封じ込めようとするけど、将来何が起こるか分からない場合に何が起こるかの良い例やねん。

例えば、原子力発電所は何十年も稼働するから、気候リスクの認識がかなり限られてた1960年代と70年代に建設された多くのものが今寿命の終わりに来てるんや。そして海面上昇と高潮の脅威が、このように海岸線に建設された施設の完全性を脅かすことに関してたくさんの懸念があるねん。

でも核インフラに関して心配すべきなのは海面上昇と高潮だけではないねん。つい先週、トルコで山火事が猛威を振るって、国で建設中の200億の新しい原子力発電所に危険なほど近づいたんや。

またはフランスを見ることもできる。そこでは核発電インフラの多くが川の近くに建設されてるけど、夏の干ばつ時に川の水位があまりに低くなって、原子炉を十分冷やすのに利用できる川の流れがないから、原子力発電所を停止せざるを得なくなってるんや。

だから核インフラに与える気候リスクを考える時、海面上昇だけを考える必要はないねん。

そやな。まあ、気候変動ではなかったけど、福島災害を引き起こしたのは地震と津波やった。でもそれでも海岸の原子力発電所で、それを圧倒した大規模な高潮やったんや。

だから、それはある意味で最悪のシナリオの一種の兆候やったねん。

反対に、人々は言うやろな、はい、でも化石燃料は実際には原子力よりもはるかに多くの死者を出してるんやって。でもあなたが言うように、それは将来ますます考慮しなければならない何かやねん。

核エンジニアと被爆者の証言

そやな、私はかなり断固として、この種のインフラが最悪のシナリオに耐えるよう建設されることを確実にするメカニズムが整ってるって言う核エンジニアと話したで。そして建設される新しいインフラはすべて将来の気候リスクを考慮に入れてるねん。彼らはまた、排出ゼロ電力の主要生産者として、いくつかの原子力エネルギーがゼロカーボンの将来を持つために不可欠やろうという点も指摘してる。だから、ここでは両側で秤にかけるべきことがあるんや。

ゼロカーボン移行の一部として原子力がどれだけ必要かと、それらの施設に対する気候変動のエスカレートするリスクのどちらを取るかってことやな。

そやな、私は無視されてると感じるで。この問題を提起して良かったと思う。確かに私の心の中では、原子力の将来の安全確保は少し無視されてることやと思うねん。

そやな。そして電力だけではないねん。核施設を持つ軍事施設もあるから、将来からそれを保護するためにこのインフラの一部をアップグレードするためにお金を使わなければならない。そしてそれは軍事と民間のインフラ両方やねん。

さて、今度は爆弾の生存者について少し話したいねん。原爆生存者は日本語で特別な名前があるんや。被爆者と呼ばれてる。被爆は爆弾を意味して、者は人を意味するねん。

そして私は静岡大学の歴史教授MG・シェフェルの仕事を見てきたで。過去数年間、彼はこれらの被爆者にインタビューしてるんや。そして彼は彼らの物語を2冊の本に書き上げた。去年出版された『広島』と、今年出版された『長崎』やねん。そして私は彼のインタビューについて話したで。

私は爆撃自体についてだけでなく、1940年代、さらには1930年代の日本での生活がどのようなものだったかについても、詳細な物語的記憶を持つほど年配の生存者に焦点を当てることにしたんや。これは私のインタビュー対象者が、私が最初に会った時にすでに80代半ばかそれ以上やったってことを意味してるねん。

2025年にまだ生きてて、その貴重で代替不可能な個人的記憶がまだ高齢の霧の中に消えてない少数の人々は、今90代半ばやねん。彼らは文字通り広島と長崎の最後の目撃者やねん。

それらの激動的な歴史的出来事について第一手の証言を与えることができる最後の生きた人間で、核兵器が二度と怒りをもって使われることがないよう人類が見る必要があることを、反駁できない個人的道徳的権威をもって私たちの残りに思い出させてくれるんや。

2016年から2020年まで、私が双子の巻シリーズになるものを書き始めた時、私は51人の日本人、そして中国人と韓国人の被爆者にインタビューできる厳粛な名誉と特権を持ったんや。彼らが私と分かち合った物語を決して忘れることはないし、あなたたちも決して忘れることはないと保証するで。

これほど大きな何かを体験した人々から直接話を聞いたり聞いたりするのは、本当に何かやな?

そやな、彼らから直接それを聞くのは本当に力強いねん。

マンハッタン計画の世界的健康被害

今、私たちは広島と長崎の人命と健康の面での原爆のコストに当然焦点を当ててるけど、マンハッタン計画の健康コストがより一般的にこれらの都市をはるかに超えて及んでることを調べるこの機会も取りたかったんや。

レポーターのジェレミー・スーが私たちと一緒にマンハッタン計画の世界的健康被害について話してくれるで。ハイ、ジェレミー。

ハイ、マディ。そしてハイ、ロワン。お招きありがとう。

それぞれの記念日で、私たちは通常、爆弾が広島と長崎に落ちた時に死んだ何万人もの日本人に主に焦点を当てた記念行事を見るねん。でも私たちの多くが理解してないのは、マンハッタン計画の人的コストが日本をはるかに超えて広がってて、1945年8月のずっと前から始まってたってことやねん。

その通りや。私たちは皆、広島と長崎の人々が爆弾の、あなたも知ってるひどい力を完全に体験したことを知ってるねん。でもそれらの爆弾は本当に、1920年代と1930年代にアメリカ、カナダ、そして当時のベルギー領コンゴですでに稼働してたウラン鉱山からのウラン供給によってのみ可能になったんや。

そしてそのウランを掘り出してた労働者は、しばしば土地が以前にアメリカとカナダの政府によって接収されてた先住民や、ベルギー植民地支配下で当時生活してたコンゴ人やったんや。

すごいな。あのね、私は爆弾製造のこの側面について全然知らなかったんや。なぜアメリカはコンゴからウランを調達してたんや?

興味深いことやねん。コンゴのシンコロブウェ鉱山は実際に世界のどこよりも純粋なウラン濃度を含んでるという特徴があったんや。基本的に約65%の濃度について話してるんや。アメリカとカナダの鉱山から採掘された鉱石の1%未満のウランと比べてな。

すごいな。そう、大きな違いやねん。そしてそれは本当に、ベルギー政府からその鉱山から毎月何百トンものウラン鉱石を得る権利を獲得するよう、アメリカ政府を駆り立てたんや。そしてその鉱山自体がマンハッタン計画で使用されたすべてのウランの約3分の2を提供することになったんや。

すごいな。そしてもちろん、コンゴの労働者は非常に注意深く面倒を見られ、放射性取り扱いについて訓練を受け、最新の防護装備を与えられてたんやろな?

そう、残念ながら違うねん。彼らは確実にそれらのどれも与えられなかった。彼らは自分たちが何を掘り出してるかさえ本当に知らされてなかったんや。そしてマンハッタン計画周辺の秘密主義のために、この上に多くの秘密が重ねられてたんや、そうやろ?そして結果として、彼らは放射性ウラン鉱石を掘り出してるこれらの露天掘りで何の保護もなしに働いてたんや。

すごい。すごいな。そう。残念ながら、これらのウラン採掘作業のどれを見ても、基本的に似たような話やねん。例えば、ナバホ族の土地にあったアメリカのウラン鉱山で働いた先住民のナバホの人々、そしてカナダのエルドラド鉱山で働いた先住民のデネの人々ともな。

鉱山経営者と政府は本当にこれらすべての労働者を暗闇の中に保ったんや。

これらすべての労働者とその共同体に対する健康への影響について私たちは何を知ってるんや?

そう、残念ながら、例えばコンゴの労働者と地元共同体に対する健康への影響の包括的な研究が本当に行われてるようには思えへんのや。でも私たちは、例えばナバホ族の土地と水のウラン汚染から、そこで稼働してたウラン鉱山による明確な健康への影響を見てるねん。そしてそれらの鉱山が第二次世界大戦後の冷戦の後期段階で最終的に閉鎖されてた時でさえ、ナバホの鉱山労働者と共同体メンバーはその時点で肺がん、腎不全、その他の健康状態を含む様々な病気で死んでたんや。

そこの人々の非常に最近の研究でさえ、新生児とその母親の体内の高レベルのウランが示されてる。そしてそれがすべて元採掘共同体で起こってるなら、核兵器開発の他の側面がある地域でどんな種類の健康被害を見るのか私は気になるねん。

確実にな。私たちは確実にマンハッタン計画のすべての生産とテスト地点にわたって、より広範な健康への影響があったのを見たと思うねん。例えば、最初の原爆のウラン濃縮プロセスとプルトニウム生産はな。

それらは本当にワシントン州のハンフォード、ニューメキシコのロスアラモス、テネシー州のオークリッジなどの地点近くの多くの地元水路と空気を汚染したんや。それは女性が死産を経験したり、様々な先天的健康問題を持つ新生児、そして前に言ったように大人ががんやその他の健康状態を発症したりするような健康への影響につながったんや。

そしてテストがあるやろ。1945年7月のトリニティ・テストの影響はどうやった?それは史上初の原爆爆発をマークしたテストやったやろ?

ニューメキシコのそのトリニティ核実験からの放射性降下物は、基本的にテスト地点から風下の何百マイルもの土地を汚染することになったんや。だからそれは多くの農業共同体と町が、基本的に人々が放射性の塵を吸い込んだり、地元の牛からの放射性ミルクを飲んだり、放射線照射された魚やその他の野生動物を消費したりしてたってことを意味したんや。

ジェレミー、彼らはそれがそうなるとは知らなかったという議論の余地はあるんか?そしてそれは、とても不幸やけど、放射線問題がすべてあることを知らなかったから、とても不幸やっていう。

もちろん、私たちは確実に今よりも放射線と放射能についてずっと少ししか知らなかったと言うことはできると思うけど、同時に核爆弾と核実験の科学的・健康への影響についてもっと認識があった後でも長い間、多くの情報がこれらすべての人々から遠ざけられてたのは明らかやったと思うねん。

そやな。そして要点は、爆弾が広島と長崎に投下される前の何週間、何年も前から、私たちはすでに世界中でこれらの深刻な健康への影響があったってことやろ?そしてあなたが先ほど言ったように、原爆の生存者のための日本の用語、被爆者があって、私たちはしばしばそれらの被爆者を主に日本人だと考えがちやけど、実際には多くの韓国人被爆者などの他の人々もいるんや。

私は一度広島に行ったことがあって、そこで学んだのは、日本の韓国人が、長年日本人から多くの差別と露骨な人種差別に直面してきたってことやった。でも私が学んだ本当にショッキングなことは、広島の韓国人被爆者への記念碑が、最初は公式の平和公園の中にはなかったってことやった。彼らはそれを外に置いたんや。

これについて多くの悪感情があって、韓国人被爆者が日本人のものより重要でないという感覚があったんや。最終的にその記念碑は移転されて、今は公式の平和公園の中にあるねん。でも長年この差別があったのが分かるんや。

そうやな、それを分かち合ってくれてありがとう。私は、第二次世界大戦以前まで遡れば、日本が1910年に朝鮮を占領し植民地化してたから、日本に住んでた何十万人もの韓国人がいたっていう事実の遺産やと思うねん。だから基本的に、原爆が広島と長崎に落ちた時、これらの都市で強制労働者として働いてた多くの韓国人がいたんや。そして非常に控えめな推定でも、少なくとも20,000人の韓国人、もしかしたらもっと多くが爆撃で死んだかもしれへん。でもそれはまた、戦後最終的に故郷に戻った何万人もの韓国人生存者がいたってことも意味してたんや。

韓国人被爆者とその子孫に何が起こったんや?

残念ながら第二次世界大戦直後は本当に困難な時期やったんや。私たちが話してきた放射線被曝の長期的健康問題すべてに取り組んでただけでなく、政府の援助や認識を本当に得ることなく、本当に激動の時代を生きてたんや。

朝鮮は第二次世界大戦直後に連合国によって韓国と北朝鮮に分割されて、それが1950年の朝鮮戦争の舞台を設定したんや。それは何百万人もの韓国人を殺した信じられないほど壊滅的な内戦やったんや。

でも最終的に基本的にこれらの韓国人原爆生存者の3つの共同体ができることになったんや。基本的に日本に残った少数、北朝鮮にいる一部、そして韓国に最大の集中があったんや。そして韓国のこの共同体は韓国の広島と呼ばれてるねん。

その通りや。そしてそれは、広島爆撃の韓国人生存者の推定70%が元々ハプン郡と呼ばれる一つの地域出身やったからやねん。それは現在の韓国の主に農村の農業共同体やねん。だから当然、それらの人々の多くは第二次世界大戦後にハプン郡に戻って、残りの生存者、生きている生存者とその多くの子孫が今日でもそこにいるんや。

認識の面で物事は徐々に良くなってるようやな。広島県の副知事が最近韓国のその共同体を訪問したからな。だからもしかしたら少し良くなってるかもしれへんけど、あなたが言うように、最初の2つの爆弾によって影響を受けたのがはるかに広いグループの人々やったことを認識するのは本当に重要やねん。

確実やな。そしてこれらすべての話は私たちがカバーしたけど、これらは本当に最初の核兵器を作ることの総人的コストの話のほんの少しやねん。他の国の核計画を見る時、これらの話の多くが残念ながら何度も何度も繰り返されてるのを明らかに見るんや。

そやな。私たちはオフィスでこのことについて話してて、編集者の一人、ジャクリーン・クアンが指摘したのは、英国の核実験従事者の死亡率を調べる疫学研究が4つあるってことやった。それらのほとんどは太平洋とオーストラリアでの兵器実験中に非常に高いレベルの放射線に曝されたんや、そうやろ?

そしてそれらの英国の核実験も多くの先住民と地元民間人を放射性降下物に曝露させたんや。それは私たちが話したビキニ環礁や太平洋の他の場所でのアメリカの核実験中に起こったのを見たことと似てるねん。

人的被害は核兵器の展開だけでなく、核兵器の開発のこの持続的で恐ろしい遺産やねん。そして私たちが言ってるように、世界中で生存者と子孫が何十年、何世代も後になって結果を負ってるのを今でも見てるんや。

そやな。私は、多くの国が核兵器の兵器庫を現代化または拡大してたり、核燃料生産を強化してることを今日見てる時でも、その人的コストすべてを振り返って心に留めておくことは本当に価値があると思うねん。例えば原子力発電所の拡張のためにさえもな。

ジェレミー、ありがとう。私は人々がこのより広い人的コストを忘れたり無視したりしてると感じるで。

核戦争の危機と生存への希望

そして私たちが見始めたり恐れたりしてる核兵器計画の拡大についてのその点で、人々はまた、私たちがまだ置かれてる本当の絶対的な危険の瀬戸際を忘れてると思うねん。そして軍事ではこれをヘアトリガーと呼んでるんや。全面的核交換を発射できるヘアトリガーやねん。

そして私は去年アニー・ジェイコブソンの『核戦争』という本を読んでる時にこのことを思い出されたんや。これは、もしアメリカが第一撃に直面して、飛来する核兵器を探知したら何が起こるかという、本当によく取材された記述シナリオやねん。あなたたちのどちらかはその本を読んだ?

私は私たちのレビューを読んで、それは魅力的やけど人生で恐ろしいかもしれへんと思ったと言わざるを得へん。

まさにな。私は毎晩寝る前にそれを手に取るのに十分面する気になれなかったんや。

私はあなたを責めへん。それは信じられない作品やねん。そして私は80周年記念で核兵器についての彼女の考えについてアニーに尋ねたんや。これが彼女や。

原爆は大量殺戮機械やねん。それは今まで作られた中で最も破壊的で、非人道的で、無差別の兵器と呼ばれてる。そして今日、私たちはさらに恐ろしい核兵器を持ってるんや。科学者たちが関与したものはスーパーと呼んだものをな。

熱核爆弾は2段階のメガ兵器やねん。それは核爆弾の中の核爆弾やねん。熱核兵器は実際に自分自身の中で原爆を引き金メカニズムとして、爆発的な内部ヒューズとして使うんや。

原爆は広島と長崎に投下されたように何万人もの人を殺すやろう。熱核爆弾は、もしニューヨークやワシントンやパリやソウルのような都市で爆発したら、過熱したフラッシュで何百万人もの人を殺すやろう。

核兵器は狂気やねん。核戦争は狂気やねん。私の本『核戦争:シナリオ』でインタビューしたすべての人がこれが真実やと知ってる。

核兵器を使うという前提全体が狂気やねん。それは非合理的やねん。そして今ここで私たちは広島と長崎の原爆投下から80周年にいるんや。私たちすべてが崖っぷちから引き下がらなければならない理由について考えるのに完璧な時やと思うねん。

それが基本的に核兵器の狂気と恐怖についてのアニー・ジェイコブソンやった。でも私たちはそれら全ての後、希望の調子で終わりたいと思ってるねん。

私たちはすでに爆弾を生き延びた人々を指す日本語の言葉、被爆者について言及したねん。そして被爆は爆撃されたを意味する。者は私が言ったように人やけど、私がちょうど学んだ言葉がある。被爆樹木と呼ばれるもので、爆撃された木または生存者の木を意味するんや。

そしてこれは原爆を生き延びた木を指してるねん。一体どうやって木が核爆弾を生き延びることができるんや?

そう、知らんやろな。広島のアーカイブ写真で、そこに平和ドームが見えるねん。他のすべては平らになってて、驚くべきことに爆心地のすぐそばで、爆弾を生き延びたいくつかの木があるんや。

でも人々が今やってることは、これらの生存者の木から種を集めて世界中に送ることやねん。とても良いアイデアやな。

種が配布されたら彼らは何をするんや?

だから彼らは世界中の様々な庭園でそれらを育てて、これらの生存者の木の子孫を育てるんや。そしてアイデアは平和と回復力、生態系での生活、そして核兵器のない世界への希望のメッセージを築くことやねん。

それはグリーンレガシー広島と呼ばれるボランティア組織を通してやねん。そして私たちは今イギリスにこれらの生存者の木のいくつかを持ってるねん。ウェイクハースト植物園でクスノキが育ってるねん。そして私は植物学者のエレナ・ブレマンと話したで。彼女や。

これらの木は本当に特別やねん。なぜならそれは、この最も壊滅的な出来事の後でさえ自然の回復力を示してるからや。これらの木は生き延びて、私は彼らの種を分かち合うことが本当に希望のメッセージを送ると思うねん。

私は数年前に最初にグリーンレガシー広島のチームと連絡を取ったんや。なぜなら彼らは私たちの庭園での展示のためにキューにいくつかの種を送りたがってたからやねん。

そして私たちは、実際に、このヘリテージをミレニアム・シードバンクでも保存しましょうと言ったんや。そうすればさらに多くの世代のためにそれを持てるからな。

だから私たちは彼らと一緒にプログラムを設定して、彼らがその年に作ったコレクションのサンプルを毎年私たちに送ってくれて、私たちがそれらを長期保存のためにシードバンクに保管し、それらの種を少しも研究し始められるようにしたんや。なぜなら彼らは庭園での繁殖と成長のためにそれらを送ることしかしたことがなかったからやねん。

誰もコレクションの質を本当に見たり、これらの種の種子生物学を理解しようとしたことがなかったんや。

だから私たちは今まで8つの異なる種からのコレクションを送られて、ここのミレニアム・シードバンクの保管庫にそれらを持ってるねん。私たちはまた、それらのコレクションの2つから植物を育てて、それらは今ウェイクの景観に出すのに十分大きくなってる。

実際、彼らは本当によく育ってるねん。彼らは非常に健康な標本やねん。だからそれらが植えられるのを見るのは本当にエキサイティングやねん。

だから、ウェイクで、私たちは景観に2つの種を持つ予定やねん。クスノキのクスノキとエノキのエノキやねん。そう、人々はウェストサセックスのキューのワイルド植物園であるウェイクハーストに来て、自分でこれらの木を見つけて、私たちの景観でそれらを楽しむことができるやろう。

それは本当に特別やな。そやな。これらの木は、それらが生き延びることができたことを意味する何か特別な特徴を持ってるんや?それとも彼らはあらゆる意図と目的において普通の木なんや?

実際には分からんのや。それはキューが調べる予定のことやねん。なぜなら誰も実際に前にそれを調べたことがないからやねん。

でも私がちょうど言わなければならない素敵なことの一つは、あの、彼らがこのクスノキを育ててることで、私は即座にスタジオジブリ映画の『となりのトトロ』を思い出したんや。あなた二人はそれを見たことある?

そう、その映画大好きや。

もちろん。マディ、残念ながら違うねん。私はここで本当に恥をかいてるな、ロワン。

でもその映画では、この巨大な神聖な木があるんや。そしてトトロと呼ばれるこの精霊動物が木の穴に住んでて、ショーのスターである小さな女の子が木の穴に落ちるんや。そしてそれはクスノキやねん。

それらは日本中で崇められてて、この愛された映画の中心やねん。だから私はそれが本当に好きやねん。生存者の木の一つ、そして私たちがウェイクハーストに持ってるものがクスノキやってことをな。

それは終わりにする良い希望のメッセージやな。そして私は今その木を直接見るためにウェイクへの旅行を計画してるで。

それはまだ非常に小さいけど、見る価値があるやろな。

確実に見る価値があるな。

そう、今週は以上やねん。あなたは世界と宇宙と私たちを聞いてくれた。どうぞ購読して言葉を広めてくれ。そしてジェレミーに感謝、すべてのゲストに感謝、そして聞いてくれたあなたに感謝やねん。来週またお会いしましょう。さようなら。

バイバイ。

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