サラ・ペイン:帝国日本はいかにしてツァーリロシアと清朝中国を打ち破ったか

日本・海外の反応
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この動画は、近代日本史の第一の偉大な世代である明治世代がいかにして東アジアの勢力均衡を覆したかを分析したものである。サラ・ペインが日本の西洋化政策、統合的な国家戦略の習得、そして露日戦争における絶妙なタイミングでの戦争終結という三つの要因を通じて、日本がなぜ中国やロシアに勝利し、東アジアの支配的勢力となったかを論じている。

Sarah Paine: How Imperial Japan Crushed Tsarist Russia & Qing China
After my last lecture series with Sarah Paine ended, I still had so many questions. I knew we’d only scratched the surfa...

明治世代の業績

今日は近代日本史における二つの偉大な世代のうちの一つについて話すで。明治世代や、明治天皇の名前から取った呼び方やな。この世代は日本を、その時代で初めてかつ唯一の非西洋の近代的な力に変えたんや。近代日本のもう一つの偉大な世代は、もちろん戦後の世代で、自分らの国を世界的な強国に変えた人らや。

質問を投げかけて、同時に答えようと思うねん。わしが話そうとしてる期間に、アジアの勢力均衡の逆転を引き起こしたんは何やったんか?これは国際システムでなんでこんな地殻変動的な変化が起こるんかっちゅう、めちゃくちゃ重要な質問やで。歴史的に見ると、中国は太古の昔からアジアの支配的な文明やったんや。

そんで新興の日本が色々やったり、中国が色々やったりして、それが逆転して深刻な影響を与えるんや。これは現代でもめちゃくちゃ関連性のある質問で、今まさに逆転の逆転が進行中やからな。中国が復活して、日本を元の位置に押し戻そうとしとるんや。せやから、なんでこんなことが起こるんか?どういうふうにこういうことが起こるんか?ってのを問うのはめちゃくちゃ興味深いねん。それがわしが話そうとしてることの背景や。

昔の中国のことを考えてみいや。日本が第一次日清戦争で中国をぼこぼこにする前の話やで。中国人は文明は一つしかない、当然自分らのやつやって信じとったんや。せやからもちろんそれが最高やって思っとった。一つしかないんやから、最高になるのは簡単やもんな。

さらに、人間の営みのあらゆるレベルで、中国の制度は東洋全体で模倣されとったんや。長年にわたって地球上で最も豊かな国やったし、科学、哲学、何でもかんでもで信じられへんような成果を上げとった。もう一つの前提があって、文明への道のりでUターンをするやつはおらんっちゅうことやった。

文明に向かう道は常に前進や、中国文明に向かってな。ところが日本が西洋化することで、文明への道でUターンをとっとるんや。中国文明を捨てとるんや。もうすでに少なくとも二つの文明がそこにあるっちゅうことになっとるやんか。そんで戦争で中国をぼこぼこにしたとき、それは中国人に対して、少なくとも軍事的なことでは日本人より優れとることはできひんっちゅうことを示唆しとったんや。

この中国への影響は阿片戦争よりもはるかに破壊的やった。中国人は阿片戦争での負けは「あいつらは狂った欧州人の集まりや、わしらには関係ない」って片付けることができた。でも日本がこれをやったときは、基本的に中国文明の儒教的な基盤を爆破してもうたんや。中国人はそれ以来、適切な代替品を見つけようとしとるんや。一時期は共産主義やと思った。今でもそう思っとるかもしれん。

論証の枠組み

せやから質問を投げかけるで。なんでアジアの勢力均衡が変わったんか?ネタバレやけど、答えを言うたるわ。東京での賢い決断や、とわしは言うつもりや。でもこの答えに、わしがめちゃくちゃ役に立つと思った特別な枠組みを使うつもりやねん。これは海軍戦争大学で教えとったときに学んだことで、学生は論文で反論を用意することが求められとったんや。これをやることで学んだことがこれや。

論証があって、それが論点や。そんでそれを支持するデータがある。でもそこで終わりやない。次に最良の議論、反論を見つけるねん。絶対に最良の代替説明や、でもわしが最良やと思うやつやない。わしが最良やと思うやつを教えたるで。それがわしの論点で、それに入っていくつもりや。

これはめちゃくちゃ価値があるねん、特にわしらの政治的に険悪な時代では、お互いの話を聞く必要があるからな。相手側が何を言っとるかっちゅう反論を聞く必要があるんや。反論でよく分かることは、実際にはそこにめちゃくちゃ妥当な点があるっちゅうことや。それで「あー、もしかしたら自分の論証を調整する必要があるかもしれん」って思うようになる。せやからデータが入ってきたら考えを変えるのはええことや。

また、単一原因的な説明から離れることもできる。一つの原因を思いついて「それや、もうやめよう」って思うやつな。反論について考えとったら、他の原因も得られるかもしれん。また、仕事で何かをやって行動方針を推薦せなあかん場合、つまり論点を推薦する場合、反論が何になるかを予想しといた方がええで。

そんで三番目の部分は反駁や。反論を言う人らに対処できるように、上司との会議に反駁をポケットに入れて臨んだ方がええからな。反駁は元の論証の繰り返しではあかん。なんでかって?それはうざいからや。やったらあかん。

めちゃくちゃうざいねん。最も効果的なやつは、論証や反論とは全く違う方向から問題にアプローチして、そんで論証を支えるやつや。わしの別の方向は、日中問題があるから、ロシアの角度で回り込むつもりや。これがわしの作戦で、それをやる分析的な理由や。

日本の西洋化

論点があるねん。メールや書面での作業、今回のような講義でそれを伝えるときは、自分が何をしようとしとるかを正確に説明して、最初にそれを簡潔にやると、人々の助けになるで。せやからここに書いてある。日本の指導者らは制度を西洋化した。国家の力の複数の手段を一貫した戦略に統合した。

そんで露日戦争では、最大の利得を得るために勝利の頂点でちょうどそこで戦争をやめた。この三つのことが一緒になって、自分らに有利に勢力均衡をひっくり返したんや。これがわしの論点や。短くて分かりやすい、理解できたやろ。賛成するかどうかは別として、そこに到達するで。

トピック・センテンスから始めるべきや。一つ始めるで。なんでこれをやっとるんか?これらは全部、わしの論証にあんたらを方向づけるための道しるべやから、吸収できるようになっとるんや。また、気に入らんかったら、気に入らん部分がはっきり見えるから、楽しい会話ができるで。

西洋化の部分のわしのトピック・センテンスは、日本の指導者らは産業革命の脅威、そして自分らに向かってくるすべての帝国主義勢力の脅威をかわすために、国益を守るために制度を西洋化する必要があると結論づけたっちゅうことや。それがステップ1やった。それがわしのトピック・センテンスや。

何が起こっとるんか?産業革命は18世紀後期にイングランド、より一般的にはブリテンで始まった。19世紀初頭にナポレオン戦争が終息した後、ヨーロッパ大陸に広がった。19世紀半ばまでにはアジアに到達しとった。これは伝統的社会にとって深刻な破壊的なもんで、工業化時代の兵器が向かってくるときに、伝統的な安全保障パラダイムがもう機能せえへんようになったんや。

産業革命が何をするかっていうと、なんでそれがそんなに革命的かっていうと、複合的な経済成長を生み出すからや。伝統的社会はかなり安定しとる。でも経済成長を複合化すると、やる者とやらん者の間で力と富の差が歴然になるんや。技術的変化だけやなくて—そこでは高級な武器や鉄道や電信なんかがある—制度にも基づいとるんや。制度って何か?それはわしらがお互いを組織する方法や。制度について考えるとき、人がおる建物を思い浮かべる。

でもそれやない。共通のプロジェクト、共通の活動分野で一緒に働いとる人らがそこにおるんや。これは西洋文明の特徴の一つや。これはローマ人が制度と法について理解したことで、これが人々を活用する方法やってことや、そしてそれは深く強力なもんや。そのすべてに入っていくで。

日本はこの産業革命の到来、またはそれから恩恵を受けた勢力を見て世界を見とる。隣国の中国が二度戦争で敗北するのを見とるんや。恐怖しとる、ただ呆然としとるだけやない。それを見て「もしかしたら次はわしらかもしれん?」って思っとる。そして彼らは正しかった。アメリカは英仏が中国にやったことを日本にもやったんや。それは何か?条約港制度や。

それが意味するのは、日本と中国での貿易は指定された条約港で行われ、西洋がこの貿易に関税を設定し、これらの条約港にいる中国や日本の西洋人市民は中国や日本の法律ではなく、本国の法律に従うっちゅうことやった。中国人や日本人がヨーロッパやアメリカにおるときは、確実に本国の法律やなくて、アメリカや西洋の法律に従っとった。せやからまったく相互的やなかったんや。

さらに、これらの条約にはそれぞれ最恵国条項が入っとって、この条約を交渉しとる者、最恵国は、彼らが交渉したものは何でも他の全員に与えられるっちゅうもんやった。せやから一つが交渉できたものは何でも全員に蓄積されるっちゅうことやった。それは中国が主権を失い、これらの条約が発効したときに日本も主権を失ったっちゅうことを意味しとった。

せやから日本は、これらの西洋人と戦争に次ぐ戦争を戦って軍事的に彼らを倒そうとして、うまくいかん中国とは違って、日本は「ちょっと待て、問題の性質を評価するんや」って言ったんや。主にヨーロッパ、でもアメリカにも実情調査団を次々と送った。これは最も有名なやつで、1871年にアメリカ西部にも行った岩倉使節団や。

彼らは西洋の軍事制度だけやなく、政治的、経済的、法的、社会的、教育的な—全部や—幅広い配列を研究して、西洋の力の基盤と自分らを襲っとる問題を理解しようとしとったんや。彼らがヨーロッパに到着したのはめちゃくちゃ興味深い時期やった。オットー・フォン・ビスマルクがゲルマン諸国統一の第三次戦争をちょうど終えとる時やった。

日本人は思った、「おお、これはわしらにとってかなりのモデルかもしれん」。なんでか?プロイセンは三つの戦争の連続で、ヨーロッパ五大国の中で最も弱い国から、大ブリテンに次ぐ第二位の国に変身したからや。それは部分的には、ゲルマン諸国を現代ドイツに統一することによってやったんや。

日本人は考えとった、「うわー、これはわしらに関連があるかもしれん。わしらはちょうど糊でくっつけようとした封建領域に分かれとるからな。ここから学ぶべき教訓は何や?」ビスマルクが何をしようとしとるかを考えて見とるうちに、制度と技術について考えるようになった。以下の意味で言葉を使うつもりや。

近代化っちゅうのは最先端の技術を採用することを意味する、それが何であっても、軍事技術だけやなく、あらゆる種類の技術や。わしが使う意味での西洋化は西洋化された制度を採用することを意味する。軍事制度だけを意味しとるんやない。

教育制度を西洋化するか、政治的に何をするかから、すべてを意味しとる。問題は、一方なしに他方を持てるかっちゅうことや。高級なガジェットや物をすべて持たずに近代化して、これらのものを作った社会が持っとった西洋化された制度なしにできるんかってことや。考えてみいや、この二分法は今でもわしらと一緒にある。

中東や北アフリカには最先端技術を使うことを喜んでやる戦士がたくさんおるけど、最後に欲しいのは西洋化された制度や。日本人は—昔、一方なしに他方を持てるかどうかっちゅう質問を投げかけたとき—答えはノーやと決めたんや。

彼らは西洋文化を特に好きやなかったけど、最先端技術を使って輸入するだけやなく、それの独立した生産者になるためには、ある程度の西洋化をせなあかんと信じとったんや。せやから家に帰った。加速する帝国主義の時代に日本の国家安全保障と主権を守るっちゅう政策目標を自分らに設定した。これをやるために二段階の大戦略を思いついた。制度を西洋化する、つまり西洋化の国内段階から始まるつもりやった。

それが終わったら、帝国を始めることについての外交政策段階をやるつもりやった。なんでそれをやるんか?彼らは当時のすべての大国を見て考えたからや。「当時の大国ってどんな感じや?まあ、帝国を持っとる」。せやから「まあ、帝国を持つつもりや」って言ったんや。これが国内段階や。

これらはこの時期に統治した皇帝にちなんで明治改革として知られとる。1869年から1890年の間や。まる一世代や。それらを見ると、軍事に関係するのは二つだけや。徴兵制とそれから参謀本部の創設や。それからそれをすべて始める二つを見ると、封建領域で社会のピラミッドの頂上から始めとる。

それらは日本の権力仲介者や。それらをすべて取り除いて、そんで社会のピラミッドの一番下、つまり子どもらに直接行くんや。強い国、近代的な国は識字人口なしには持てんと信じとるから、義務的な初等教育を持つ必要があると決めたんや。

でもこれらの他のもんを見ると、日本銀行を手に入れとる、通貨や他のもんを運営する何かを持つつもりや。内閣、高等教育、専門的な公務員制度憲法、議会、西洋の裁判制度みたいに見える裁判制度と西洋の法律にめちゃくちゃ似とる法律を持つつもりや。

これらすべてをやった結果、西洋人は条約港制度を持つ言い訳がもう残っとらんかった。これは西洋で起こっとることを反映しとるからや。せやからそれらの時代の超大国である英国が先例を作って、日本との条約を法的平等の基盤で再交渉した。他の大国もそれに続いてそれをやった。これは中国が不平等条約を取り除くより半世紀前に日本で起こったんや。

国内段階は日本が英国とその条約を結んだ瞬間に終わった。外交政策段階は中国に関係しとる。日本は帝国が必要やと信じとるし、近所はめちゃくちゃや。中国は様々な理由で内部崩壊しとる、それについては触れるつもりや、朝鮮はさらに悪い。

中国は中国全土で大規模な内戦をやっとるから、朝鮮を安定させる宗主権の役割をもう果たせんようになっとる。そして朝鮮王室はお互いに爆弾小包を送るのに忙しい。冗談やない、お互いを爆破しとるんや。日本がめちゃくちゃ心配しとるのは、ロシアがこの権力の空白を埋めようとするかもしれんっちゅうことや。

ロシアの脅威と日本の対応

なんで日本がそう思うんか?まあ、シベリア横断鉄道や。ロシアは1891年にシベリア横断鉄道を建設することを決めて、正確に何をするつもりなんか?そこにはロシア人の人口はおらん。日本はそれが何かを正確に理解しとる。それはアジアでの帝国への入札や。

ロシアがこれを完成させたら、アジアの勢力均衡をひっくり返すつもりやから、ロシアが他の誰にもできん場所に軍隊を配備できるようになるからや。せやから、条約改正は1894年7月16日に起こる。それが英国との点線上に署名された時や。9日後、日本は第一次日清戦争の開戦砲火を浴びせた。

日本人はロシア封じ込めの三つの戦争を戦う。今日はそのうちうまくいった二つについて話すつもりや。三番目は全く別の話題や。最初の一つは第一次日清戦争で、小さな日本がアジア最大の陸上大国である中国を打ち負かした時や。信じられへん。二番目の一つは、10年後になるけど、日本人がスポイラー注意、ロシア、ヨーロッパ最大の陸上帝国を打ち負かした露日戦争や。彼らがこれをできるなんて驚くべきことや。

三番目の一つはそんなにうまくいかん。それは1931年から1945年の第二次日清戦争やろう。それは第二次世界大戦に変わる。それは日本人を破滅させるけど、別の話題や。第一次日清戦争で何が起こったかを知らせるために。それは二対の重要な戦闘で構成されとる。他の戦闘もあるけど、これは理解するええ方法や。最初の戦闘は平壌や。

日本人は中国軍を打ち負かし、中国軍は逃走して国境の川、鴨緑江まで中国領土に戻って退却した。せやから日本は実際に戦争目標を達成したんや、朝鮮を中国の勢力圏から除去することやった。戦闘その1で、もうそれをやったんや。二番目の戦闘は同じ週、1894年9月中旬の同じ週に起こる。

それは鴨緑江の戦いで、日本海軍が中国海軍をぼこぼこにしたんや。信じられへんけど、この日両国とも最先端の海軍を持っとった。日本がそれをぼこぼこにして、その後制海権を得た。それは日本にとってめちゃくちゃ重要やった。日本がここの戦場に到達するには、海を渡らなあかん。

敵対的な海軍が出回っとったら、兵員輸送、補給や他のもんを沈めることができる。敵対的な海軍を取り除くのはめちゃくちゃ重要や。制海権を得る理由は、中国人が日本海軍と二度と交戦せんことを決めて港に逃げ込んだからや。

日本人はその問題を解決してやるつもりや。1894年から95年の冬に戦われた第二対の戦闘がある。中国には大型船を実際に修理できる海軍整備ステーションが一つしかない。それは旅順にある。露日戦争でそれを取るのと同じ方法で、陸路でそれを取るつもりや。中国艦隊の残りは威海衛に逃げて港でぶらぶらしとる。

日本は山東半島にそこに軍隊を上陸させて、海軍で封鎖もする。そんで軍隊が陸地側の砲を港の船に向けて、それらをすべて沈める。そしてそれがその戦争の終わりや。日本がこの戦争から得たもんはこれや。わしが持っとるのはめちゃくちゃ簡単な枠組みや:国内、地域、国際。

これはわしがこれから話すことを覚えてもらうのを助ける方法や。三部構成の枠組みは情報を他の人に伝えるのに役立つ。国内的には、この戦争での勝利は非常に論争的な西洋化プログラムを正当化した。振り返ってみるとめちゃくちゃ素晴らしく聞こえるすべてのあの明治改革は、実際には日本の人口は気に入っとらんかった。

子どもらが以前農場で働いとったのに、誰が小学校に送られることを望むんか?誰がこの西洋化されたカリキュラムを望むんか?そもそも誰が西洋人を好きやねん?人々はこの西洋の服やらを着とって。クレイジーランドや。誰がそんなんを好きになるんか?日本がこの戦争に勝って中国をぼこぼこにした途端、多くの日本人がこれについて考え直した。

彼らは自分らの成果をかなり誇りに思っとるし、それは軍部、特に陸軍の威信を大幅に高めた。これは文民軍事関係に悪い追加効果をもたらすつもりや。軍事力が民事力を上回るようになるからやけど、それが現れるには時間がかかる。

地域的には、日本は中国に代わって支配的な力になっとるし、日本は帝国の始まり、台湾と澎湖諸島を手に入れとる。国際的には、日本は認められた大国になる。わしの証拠は何か?それは1902年の日英同盟やろう、これはナポレオン戦争と第一次世界大戦の間の英国の唯一の長期同盟、日本との同盟や。

しかし、この戦争はモルドールの目を彼らに向けさせることになる。ロシアが「うわー、アジアで上昇中の大国や。西のヨーロッパと日本人が何をしようとしとるかで、わしらにとって潜在的な二正面戦争問題や」って思っとるからや。それは露日軍拡競争を引き起こして、ロシア、モルドールの目がヨーロッパからアジアに向く。それは問題になるで。

せやから今、わしの移行文や、第一部をやった。日本は勢力均衡をひっくり返すために制度を西洋化しただけやなくて、大戦略も習得して国家の力の複数の手段を統合したんや。それについてやっていこう。非常に成功した日清戦争の戦争計画の執筆者である山県元帥は、10年以内にもう一つの戦争を予測した。

露日戦争はちょうど時間通りに来た。その間、日本は戦争の準備をした。外交、諜報、軍事、経済といった国家の力の手段を統合した。外交から始めて、順番にそれぞれを見ていくつもりや。

ここに中国の大御所、孫子がおる。兵法で、同盟を破壊することがいかに重要かについて話しとる人や。現代の用語では、それは敵を孤立させることやろう。それはええことをするかもしれん。それが日英同盟の目的や。それはどういうふうに機能するんか?その条件は、もし一つ以上のヨーロッパの大国が日本と戦うためにアジアに来たら、つまりロシアプラス一つのヨーロッパの仲間、そんときは英国が日本側について参戦するっちゅうことや。

英国はヨーロッパのナンバーワンの大国やから、なんでロシアを助けたいと思うんか?英国が日本側についとったら、あんたにはうまくいかへん。この同盟は1902年から1907年まで有効や。5年間のイベントや。これは日本がアジアで帝国を整理する機会の窓を開く。でもシベリア横断鉄道が完成したら、その窓を閉じる脅威になるつもりや。理由はこれや。

当時のシベリア横断鉄道は、アムール川の北やなくて、実際にはマンチュリアを真っ直ぐ通っとった。この中国東清鉄道は、マンチュリアを支配しようとするロシアの帝国への入札やった。それは未完成やった。複線化されとらんかった。それは他の方向に通る他の列車を通すために、常に列車を押し退けなあかん意味や。バイカル湖の連結が欠けとった。湖やと思ったらあかん、スイスを思え。

バイカル湖はスイスぐらいの大きさや。義和団の乱—当時のアルカイダやけど、それについて触れるつもりや—は線路の多くを破壊して、ロシア人をめちゃくちゃ怒らせた。これらすべての結果として、1904年に始まった露日戦争の開始時点で、その鉄道の運搬能力は前線まで月に2万から4万人だけやった。

戦争の終わりまでに、最後の戦闘では、月に10万人や。もしこれらの数字が戦争の開始時に利用できとったら、日本は最初から最後まで数的に優勢なロシア人に直面して、めちゃくちゃ苦労しとったやろう。せやから日本は心配しとる機会の窓を整理する中におるんや。

さらに、日本はめちゃくちゃ大きな軍事増強に従事した。第一次日清戦争からめちゃくちゃ大きな賠償金を得て、それを使った。その支出は1901年頃に終了して、戦争の準備ができた意味や。戦争が勃発した時、アジアのロシア海軍資産は日本の約4分の3やったけど、ロシアは1905年頃までに日本の海軍資産を上回る予定やった。

再び、あんたはこの機会の窓が閉じる脅威を見ることができた。せやからそれを見ると、日本の帝国を得る機会の窓、もしそれが欲しいと思うなら…条約ビジョンを実施しとかなあかん。ロシア人を孤立させて、これらのことに他の大国が干渉せんことを確実にせなあかん。再軍備プログラムを持たなあかん。でも見いや、この窓はめちゃくちゃ短い。1905年頃に閉まるつもりや。

機会の窓について考えるとき、それらが意味するのは、あんたが計画することは何でも、それがバタンと閉まる前に完了せなあかんっちゅうことや。もしあんたが窓の間違った側におったら、それは第二次日清戦争で日本に起こることやけど、あんたはめちゃくちゃ苦労するで。さらに、それが意味するのは、実際には時間があんたの敵の味方やっちゅうことや。

それは強さやなくて弱さのサインや。でも日本人は先延ばししとるロシア人を見とる。日本人は彼らに言っとる、「おい、もしあんたがマンチュリアでのわしらの支配を認めてくれるなら、朝鮮でのわしらの支配の承認を取引するで」。ロシア人は何もしたくなかった。彼らは先延ばしして、この窓を超えて行こうとしとる。日本人は考えとる、「それが起こる前にそれを整理せなあかん」。

国家の力のもう一つの要素は、アメリカ軍が好んで呼ぶサイオプス、心理作戦や。日本人は前線のロシアとロシア帝国全体の両方で、めちゃくちゃ幅広い配列のそれらに従事しとった。前線では、日本人はそこのロシア人新兵のためにあらゆる種類のポストカードを隠しとって、POWの素晴らしい生活とかなり豪華な日本の宿泊施設を見せて、前線で障害者になったり殺されたりする本当に悪い生活とは対照的やった。一方、この時期にヨーロッパの国で立法府を欠いとった国は、ロシアを含めて三つしかなかったと思う。

モンテネグロがその一つやと思うし、たぶんオスマン帝国がもう一つかもしれん。日本は立法府を持っとった。ロシアの人口はそれにうんざりしとる。戦争はうまくいっとらん。彼らはロシア革命で街頭に出始める。日本はそれを軍隊に宣伝したいんや。

ロシアでものを掻き立てて、ロシアがヨーロッパロシアに軍隊を引き戻さなあかんようにしたいんや。せやから彼らはそれをすべてやっとる。そんでこの紳士がおる。当時は大佐やったけど、明石大佐、でもこの写真が撮られた時には将軍になっとる。彼はストックホルムの日本公使館で働いとる。彼はロシア帝国の一部でそこから出たいと思っとるフィンランドとポーランドの革命家に小切手を切るのに忙しくて、ロシアが軍隊をアジアから引き抜くことを強制するためにそこでものを掻き立てようとしとる。

そんで日本人はこの紳士をそこに入れて、他のたくさんの人を雇っとる。袁世凱は清朝を打倒するのに重要な役割を果たして中国の最初の大統領になる。でも当時は、彼は日本のために偵察任務を実行して、ロシア人が何をしようとしとるかを教えとる。

ロシア軍の小部隊が出かけようとするとき、これらの人々は彼らを嫌がらせして、それはロシアの士気を助けん。また、日本人はマンチュリア人からの購入について本当にうまくやっとる。彼らは人々からただ物を取るんやなくて、実際に支払っとる。せやから彼らはマンチュリアで経済ブームを引き起こして、地元の人が彼らを好きになる意味や。

そんで日本人はロシア艦隊の通信を盗聴する方法も理解して、ロシア艦隊がどこにおるかを知っとる、それはめちゃくちゃ便利や。せやからこれが国家の力の情報要素や。そんで経済がある。日本側にとってこの戦争の5分の2は融資で支払われとる。もし融資を得られんかったら、戦争を行うことができん。

実際、ロシアが戦争の終わりに降参せなあかん理由の一つは、最終融資を調達しようとしたときや。失敗した。誰も支払ってくれん。でも日本の融資は戦場での成功に依存しとる、金利もそうや。せやからもしあんたが戦場で成功したら、金利は下がる。日本はこれらすべてでかなりうまくやっとる。

すべてをまとめると、日本人は外交を使ってこの英国同盟で敵を孤立させる。革命と脱走を促進するためにこれらすべての心理作戦を使っとる。再軍備に資金を提供するために軍事手段を使っとる。そんでこれらすべての融資で経済を動かしとる。

アメリカ軍はレーガン時代のDIMEっちゅう頭字語を本当に好んどる。Dは外交、Iは情報、Mは軍事、Eは経済や。悪い応援のルーチンみたいに聞こえる。

それは不十分や。出発点かもしれん。可愛いとかそんなもんやけど、可愛いは完全を意味せん。考えてみいや。この戦争で最も重要な要因の一つは、間違いなくロシアにとって、鉄道や。そこにRは見えんし、何もない。軍事要因だけを見るよりは確実にええけど、不完全や。

露日戦争の終結

せやから、日本の西洋化について話した。大戦略の習得について話した。今、彼らがどうやって勢力均衡をひっくり返すかについてのわしの三番目の理由がここにある。それは露日戦争で勝利の頂点を見極めることに関係しとる。コマーシャルブレイクとして、用語を教えたるわ:「攻撃の頂点」と「勝利の頂点」。それらは違う。

攻撃の頂点は作戦用語や。もしあんたが攻撃の頂点に到達せんかったら、それはもっと先に行けたっちゅう意味や。攻撃の頂点は単一の戦闘または戦闘のセット(それは作戦と呼ばれる)に適用される。

もしあんたが戦闘で十分に遠くまで行かんかったら、もっと多くの領土を取ることができた、あんたが求めとったものは何でもや。もしあんたが遠くまで行きすぎたら…あんたがどんな領土であれ、深く入っていくことを想像してみいや。あんたの戦線はますます延びる。あんたの敵の戦線はたぶん短くなっとる。あんたの補給問題は悪化しとる、彼らのは良くなっとるかもしれん。

もしあんたが遠くまで行きすぎたら、あんたの敵は反撃を開始して、もしあんたがどこまで行くかについてもう少し慎重やったらよりもはるかに後ろまで送り返すやろう。せやからそれは作戦用語や。戦略用語は「勝利の頂点」で、それは戦争が戦われた目標に関係しとる。日本はそれをやるために大国になって、主権を守るためにこの戦争を戦っとる。

もしあんたが頂点に到達せんかったら、より大きな勝利を得ることができた。もしあんたが遠くまで行きすぎたら、典型的に起こることは第三者の介入を引き起こすっちゅうことや。その第三者がパーティーに参加する前に実現可能やったかもしれんことは、もう実現可能やないかもしれん。せやからこれが用語のポイントや。

コマーシャルブレイクは終わりで、露日戦争に取り掛かろう。これはそのええ地図や。それは旅順への日本の奇襲攻撃から始まる。旅順は現代名で、わしは伝統的な名前を使っとる。それは遼東半島にある。これはメインのロシア基地や。日本人は基地にあるあの船を手に入れて沈めなあかん、さらに良い。もしその海軍が出回っとったら、彼らの補給線は危険にさらされる。

同時に彼らは朝鮮に軍隊を上陸させて、それはマンチュリアに北西に向かうつもりや。もしあんたが鉄道線を見たら、それは旅順からずっとハルビンまで行っとる。それはシベリア横断鉄道の東西接合部や。当時それは中国東清鉄道や。わしは主要な戦闘のうちのいくつかしか挙げとらんけど、基本的には旅順から上向きの鉄道システムを上がって行って、遼陽と奉天の戦いがある。

日本は戦争の最後に5番目を得るまで、4つの軍隊しか持っとらん。旅順に船がある限り、一つの軍隊はそこでそれを包囲することに固執せなあかん。この件での日本の勝利理論は全滅戦をすることや。それはビスマルクがスダンの戦いでフランス人にやったことや。

せやから日本人は本当にその軍隊を旅順から出して、これらの他の戦闘に集中できるようにする必要がある。起こることは、ロシアが戦闘を負け続けるけど、さらに北へ移動する秩序だった退却をして、日本の戦線を延ばすっちゅうことや。それが戦争がどう進むかの概要で、ここでの会話の残りを方向づけることができる。

もしあんたが日本が第一次日清戦争と露日戦争で使う侵入ルートを見たら、地理は変わっとらんから推測で、それらは驚くほど似とる。もしあんたが望む場所に軍隊を送りたいなら、似たようなルートを取らなあかんかもしれん。英国人、フランス人、アメリカ人、そして日本人は第一次日清戦争をめちゃくちゃ注意深く研究しとった。

でも明らかにロシア人はそれに時間を無駄にせんかった、これが問題やからや。もしロシア人がそれを注意深く研究しとったら、鴨緑江は致命的やっちゅうことを知っとったやろう、もし向こう側で軍隊が待っとったら、そこに軍隊を送るのは。ロシア人はまた、この鳳凰山峠と摩天峠—摩天は文字通り「空をひっかく」っちゅう意味—そこで準備されとったら、通ってくる軍隊を台無しにするつもりやっちゅうことを理解しとったやろう。

もちろんロシア人はそこで準備されとらん。彼らはまた、遼東半島—それはめちゃくちゃ狭い首を持っとるっちゅうことを知っとったやろう。もしあんたが大連がある狭い首をちょうど切るなら、大きな商業港で、鉄道に接続されとる港を手に入れるつもりや。北へ向かう軍隊を補給できるようになるつもりや。さらに、それはあんたがたぶん旅順、大きな海軍基地も手に入れるっちゅう意味や、それは基本的に島にされて、あんたはたぶんそれを手に入れるやろうから。

せやからロシア人はそれを理解すべきやったけど、せんかった。日本人は文字通りこれらの場所を爆破する。旅順の艦隊を削減する鍵がここにある。ロシア人は出撃せんから、ただ港に固執しとる、日本人はそれをやる方法を理解せなあかん。ここではそれがどう機能するかや。彼らはこれらの11インチ榴弾砲の束を配置せなあかん。

日本はこれらをたくさん所有しとらんかった。それらはめちゃくちゃ重い。馬や他のもんでそれらを運ぶのは本当に難しい。それらを旅順の丘の後ろに置かなあかん。そんで高地点を取らなあかん。それをする必要があることを理解するのに時間がかかった。それは203メートルの丘や。203メートルヒルに見張りを置く。

これが射撃を開始して、見張りは港の船を打つために射撃線をどう調整せなあかんかを無線で連絡し始める。せやからそれがここで起こっとることや。ここであんたは大連の上の狭い首を見ることができる。それが大きな港やっちゅうことが分かる。わしらはたくさんの船を置いとるけど、あまり保護された港やない。

星は旅順がある場所で、それは海軍船を置きたい保護された港や。日本人が港の船を吹き飛ばす立場に自分らを置くために遼東半島を下って行くのに2ヶ月かかるのが分かる。その間、日本の軍隊はこれが起こっとる間、苦労しとる。彼らは遼陽の戦いで攻撃の頂点に到達したと論じることもできるやろう。

誰が知っとる?遼陽は戦争の半分も経たん時期に起こる。1904年9月初旬や。そして日本の軍需品、将校の数、馬の数…すべてが危機的になる。十分におらん。彼らはそれで逃げ切る。戦闘に勝つけど、ロシア人は北への組織的な退却をする。10月に起こる次の沙河の戦いで、日本の補給システムはほとんど崩壊するけど、彼らはそれで逃げ切る。せやから陸上では悪いことが起こっとる。

日本は無限の兵士供給を持っとらん。榴弾砲や他のもんの無限の大砲供給も持っとらん。これらが彼らの砲兵陣地や。緑のやつは旅順周辺の陸軍砲兵陣地やっちゅうことに注意や。それは理にかなっとる。紫色のすべては何や?彼らは銃がめちゃくちゃ少ないから、旅順を削減するために船から銃を引き抜いとる。

これらすべてのもんは本当にマンチュリアで必要や。彼らはこのすべてを実行しとる乃木将軍と彼の軍隊をマンチュリアで必要としとる。あんたはそこで203メートルヒルがある円を見ることができる、彼らはそれも取る必要がある。包囲を担当する第3軍を指揮しとる乃木将軍は、要塞をできるだけ早く削減することを本当に必死や。

彼は要塞で本当に費用のかかる歩兵攻撃を4回異なって実行して、そこでたくさんの若い日本人男性を殺しとる。最初の2回はそれぞれ主要な戦闘、遼陽と沙河の直前に起こる。彼はこれらの戦闘に勝ちたいから、旅順に勝って、そんで彼の銃と軍隊を遼陽と沙河で戦うために取ることができる。

まあ、彼は両方とも負けるから、そうはならん。攻撃は不十分や。二番目のやつの後でだけ、彼は203メートルヒルの重要性に気づく。問題は乃木が4万5千人の日本兵を殺してこれをやっとるっちゅうことや。当時の4万5千人の兵士は軍隊全体や。わしはすでに日本が戦争の最後に5番目をでっち上げようとしたとき以外、4つの軍隊しか持っとらんかったと指摘した。

これが下から見た203メートルヒルの様子や。これが上から見た様子、あんたが得る視界の種類や。1904年12月初旬に休戦があって、日本とロシアの将校の間で話し合いがあったとき、ロシア将校は言った、「あんたらは203メートルヒルを決して占領せんやろう」。それに対して日本将校は答えた、「わしらは血で購入するで」。

そして彼らはそうした。彼らの賭けは功を奏した、これらすべての船を見て、それらが傾いとるのに気づくからや。それらはどこにも航行せんからや。あんたは203メートルヒルを見ることができる。彼らは11月末にそれを取って、1週間以内に、彼らは今これらすべての戦艦を沈めとる。数日以内に消える。

ロシア人は旅順で諦めて、第3軍は立ち上がってマンチュリアに向かっとる、そこで奉天の戦いのためにそこにおるやろう、それは巨大な戦闘や。50万人の軍隊がおるんか?それでも、ロシアは日本ができるより12万5千人多い軍隊を動員できる。この戦闘での日本は誰でも取っとる、若い少年、老人。その軍隊に入れることができる誰でも、彼らは入れとる。

彼らは攻撃の頂点をはるかに超えとると論じることができるやろう、でも無能なロシアの戦略のためや。もしロシア人が日本人に対して一回でも戦闘を実行しとったら、日本の補給線は崩壊しとったやろう。彼らが遼東半島をどこまで下って退却せなあかんかったかは不明や。せやからこれは日本の戦争終結計画が発効するときや。

日本人は最初から高リスク、高報酬戦略を持っとることを理解しとった。第二次世界大戦とは対照的に、彼らは本当に注意深く準備された出口戦略を持っとった。伊藤博文首相が内閣を招集して、この戦争で最初の砲撃を発砲するという決定を下そうとするとき、彼はすでにハーバード卒で、アメリカの大統領セオドア・ルーズベルトの知人やった金子子爵を配置しとる。

彼らが欲しいのは、金子子爵にこの戦争の終わりに調停をやるためにルーズベルトを準備させる作業をしてもらうことや。交渉はニューハンプシャー州ポーツマスで開催されるつもりで、もう一人のハーバード卒業生、小村男爵によって交渉されるつもりや、彼がそのすべてをやるつもりや。一方、伊藤は議会議員でもあるけど、ケンブリッジ大学の卒業生でもある義理の息子を英国に送って、日英同盟を固いものにしとく。

せやから日本人はこの件から抜け出す方法を持たなあかんっちゅうことを非常に意識しとる。せやから奉天の戦いで山県元帥がこの瞬間にアメリカのカードを呼ぶ時やと決めるんや。彼は言った、「見ろ、わしらがモスクワかサンクトペテルブルクを侵攻せん限り、敵は決して平和を要求せんやろう」、彼は不可能やと知っとることや。

彼は言った、「見ろ、敵はまだ本国に強力な勢力を持っとる。わしらはすでにわしらのを使い果たした。第二に、敵がまだ将校を使い尽くさん間に、わしらは戦争開始以来多くの人を失って、簡単には交代させることができん」。この瞬間、ロシア軍は日本軍の3倍の大きさやった。

戦域のその軍隊は植民地タイプの兵士やなくて、彼らが始めた精鋭兵士でますます構成されとった。せやからここに山県元帥がおる。第一次日清戦争では、東京の政府は彼が北京に進軍して政権交代をやることを恐れとった。彼らは彼を戦域から引き抜いて、今回はそれをせんことを確実にするために閑職を与えた。今回、彼はより賢い男や。

彼は「わしらは今慎重でなければならん」と言う。この輝かしい明治世代の他のメンバーがここにおる。満州軍の参謀長は言った、「見ろ、もしあんたが火事を始めたら、それを消さなあかん」。そしてここに満州軍の司令官やった大山元帥がおる。

指揮を取るために出発する前に、彼は海軍大臣に言った、「わしはマンチュリアでの戦闘の世話をするけど、いつやめるかを教えてくれる男としてあんたを当てにしとる」。せやから海軍は消防署になるつもりや、明らかに。海軍が何をしようとしとったかをあんたに教えるために、彼らはエリオット島を取って巡洋艦基地にした。それが彼らが旅順の封鎖作戦を実行する方法で、最終的にそこでそれを沈めることができるまでロシア艦隊を中に保っとく。

さらに、大日本帝国海軍は機雷を敷設するのに忙しい。多くの船が機雷で沈む。これは興味深い話や。ロシア皇帝ニコライ2世は、艦隊がただ港に座って何もせんのが気に入らん。せやから彼はマカロフ提督をそこに送って指揮を執らせる。わしはマカロフの主要な文学的貢献を読む不幸があった、それは海軍戦略についてのすべてや。

彼はロシアの真のヒーローや。でもそんで彼の本を読んだ。信じられへん。彼は言った、「もしあんたが大きな船に直面したら、どうする?より強力な船、あんたは攻撃する。もしそれが小さい船なら、どうする?あんたは攻撃する」。ワンサイズがすべてに合う。つまり、どれだけ非分析的や。ここで彼に何が起こるかや。

彼は戦域に入って、1ヶ月以内に、もう一つのスポイラー注意、彼は死んどる。それはどうやって起こったんか?彼は自分の戦略に従った。それがどう起こったかや。彼がやることは、彼が到着して、みんなが本当に興奮するのは、彼が人らを出して、彼らが何かをやるつもりやと思っとるからや。でも4月12日、彼が死ぬ前の晩、港の入り口で機雷を敷設しとる日本船の束がおる。彼はそれらをロシア船と間違えて、人らに撃つなと言う。

おっと。次の朝、彼が攻勢を取るために全艦隊と出撃するとき…まあ、彼らは機雷のために港の入り口を掃海せんかった。彼の船が機雷に当たって、彼は船と共に沈む。よし、それは戦術的エラーで、それのために彼は死人や。しかし、それに続くもっと重要な戦略的エラーがある。

2週間後、ニコライ2世はバルト海艦隊、それがあるバルト海にちなんで名付けられた艦隊を、ずっと回って旅順の包囲を解除するために来て、このすべてのことに復讐するために送ることを決める。よし、その計画の問題は何か?まあ、それがその計画の問題や、そうやろ?行くには長い道のりや。

船員らには冷房がない。彼らは北方の気候から来とる。到着する頃には、彼らは反乱寸前や。彼らの船はフジツボで覆われとって、それは速く動かんっちゅう意味や。一方、旅順が陥落した途端、日本人は即座に海軍を改装して、準備万端やった。

せやからこの大失敗がどうなるか…まあ、英国について考えてみいや、英国は世界規模の冒険をやるけど、彼らは世界全体の完全な基地システムを持っとったから、彼らの船は給炭ステーション、改装、もっと水を積む、人らにR&R時間、リラクゼーションや他のことを与えることができた。

また、英国人は可能な限り自分らの条件で戦うことをめちゃくちゃ注意深くやっとった。あんたは敵の条件で戦いたくない。まあ、推測してみいや、あんたはフジツボ船と反乱クルーで日本のすぐ隣で戦うつもりや。それはあんたにはうまくいかんやろう。日本人は知っとる、なぜなら…この遠征が行われとる間に旅順が陥落するからや。

せやからその時、遠征の目的はもうない。彼らはUターンして家に帰るべきやった。でもいや、いや、いや、彼らは進み続けるつもりや。彼らにとっては、はるかに劣った基地である上のウラジオストクに他に一つの可能な場所しかない。日本人はウラジオストクに行く方法が3つあることを知っとる。

もしあんたが南から上ってくるなら、ラペルーズ海峡を通って長い、長い道のりを行くか、めちゃくちゃ狭くて長い道のりや。津軽海峡を通ることができるけど、それは少し広いけど、たくさんの大きな日本陸軍基地と函館のめちゃくちゃ大きな港のそばを通る。それをやりたいか?それはちょっとリスキーや。

せやから短い道は対馬諸島によって真ん中で分かれとる朝鮮海峡を通ることで、対馬海峡は東にある。最も狭い地点で20から25マイル幅や。それがロシア人が取る短い道や。推測してみいや?彼らが何をしようとしとるかを正確に知っとる、新しく改装されたすべてのこれらの日本船の歓迎パーティーがそこにある。

対馬の戦いは人類史上最も一方的な海戦の一つや。日本人は基本的に全艦隊を沈めるか拿捕して、ロシア人が海軍戦略をどうやるかについて全く知らんっちゃうことを証明した。海軍は一群の貴族の産物やった。

それを運営した人は、何やったっけ、速い女と遅い船で知られとった人か?それは彼らにはうまくいかんかった。交渉を開催するかどうかについての交渉が開催されとる間、ルーズベルト大統領は日本人に樺太島を取ろうとすることを提案した。あんたは日本本島、北海道の先端と、それから樺太が見える。

なんでか?それはロシア人にとって日本人よりもはるかに価値があって、平和交渉での良い交換アイテムになるからや。日本にとってはいい漁場やから。でもロシアにとってはロシアの主権領土や。その主権のロシア領土を誰かに、ましてや当時の偏見を考えるとアジアの大国に割譲することへの恐怖。

この戦争から日本が得たもんをまとめると、即座の戦争目標、ロシア軍のマンチュリアからの撤退を得た。それが彼らが欲しかったもんや。朝鮮での日本の勢力圏を得る。それが彼らが欲しかったもんや。でも最初に彼らが朝鮮での日本の優勢とマンチュリアでのロシアの優勢を取引したかったのを覚えとるか?実際に彼らが得たもんを見てみよう。

彼らは樺太島の南半分、ロシア領土を得た。南マンチュリアを得た。実際にはおそらく価値のある半分、南半分や、なぜなら旅順と大連と、ロシア人がそこに投資したすべての鉄道があるからや。そんで第一次日清戦争の結果を確認して、日本が実際にアジアの支配的大国やっちゅうことを。せやからわしは自分の主張を立証する。日本がそれをやった。

東京での賢い決断がアジアの勢力均衡をひっくり返したもんや。よし、でもわしは反論を約束した。わしに反対する賢い人は何を言うやろう?ここに完全に良い反論がある。あんたが日本人がそんなに賢いと思うのはええけど、実際には中国は完璧な嵐の大災害に直面した。中国が内部崩壊したから、それが日本をアジアのトップに残す理由や。

主要な要因は中国が崩れ落ちて、この完璧な嵐の問題やっちゅうことや。三つを挙げるつもりや。常にええ数や。人は三つのことを覚えることができる。中国を苦しめる内戦があって、加速するヨーロッパ帝国主義の時代に。また、中国を統治しとった満州人、彼らは人口のわずか2%やけど、あらゆる種類の王朝の衰退に苦しんどった、それについて触れるつもりや。

中国は工業化前の成長の限界に到達しとった。人口は上がり続けとったけど、農業生産性は人々を養うことができんかった。せやから人々はめちゃくちゃ限界的な土地を耕そうとしとる。それらは垂直すぎるか、信頼できる降雨量がない。これらのことをやって大規模な土壌侵食を起こしとる。たくさんの飢饉も起こしとる。

飢饉は内戦の原因であり結果でもある。この地図であんたはちょうど見ることができる、わしはこの地図で大きな反乱のいくつかを名前を挙げた。これらの反乱が中国全体に影響することを感じさせるためや。ちょっとここやそこやなくて、どこでもたくさんや。今、表を与えるつもりや。これは1845年から1895年までだけの簡略化された表や。

それは19世紀全体をカバーするもっと大きな表の一部や。そしてその表は過度の簡略化や。せやからポイントは、これは通常通りのビジネスやないっちゅうことや。赤い箱で、それはこれらの反乱の頂点、1851年から1878年や。そこでの最大の反乱は太平天国や。太平天国の乱で2000万人が死んだと推定されとる。

その数字を視野に入れるために…人々はこれらすべてのことで何人の人が死んだかを知らん。中国は何人の人がおったかも知らんかった、ましてや何人の人を失ったかなんて。でもそれを感じさせるために、第二次世界大戦では5500万人が死んだと推定されとる。せやからあんたは太平天国だけで2000万について話しとる。これがすべてどう合計されるかは全く分からんけど、巨大や。

中国人はこれらを反乱や蜂起として話すのが好きや。勘弁してくれ。それらは内戦や。一群は北京の王朝を打倒したいと思っとる。もう一群は帝国から分離したいと思っとる。しばしばこれらの少数民族の人々で、漢族、主要な人々、またはこの時代の満州人にただ去ってほしいと思っとる人らや。これらの省のいくつかは何世代にもわたって荒廃しとる。せやからそれがポイント1、これらの内戦や。

ポイント2は、これがヨーロッパ人や日本人も自分らのために大規模な勢力圏を切り分けとる、加速するヨーロッパ帝国主義の時代と一致したっちゅうことや。中国人は長い間、自分らの国に対する完全な主権を持つつもりやない。話はさらに悪くなる。これは中国が一連の地域戦争に負けるから中国に起こる。

第一次阿片戦争、第二次阿片戦争に負ける、日本人が琉球諸島を奪取する。そんで清仏戦争で、中国はインドシナの支配を失う。そんで日清戦争で、彼らは朝鮮の朝貢国を失っとる。イリ危機は新疆で起こって、それは彼らにとって少しうまくいく。これはめちゃくちゃや。

これは通常通りのビジネスやない。一つの国がこれだけの問題に苦しめられることについて考えてみいや。そんでそれは満州人が本当に問題を抱えとる時に来る。彼らは人口のわずか2%を支配する人々にとって、これらの素晴らしい騎兵隊と途方もない作戦成功に乗って権力に上がった。

彼らは18世紀までに中国を地球上で最も豊かな政体に変える。でも問題がここにある。軍事作戦での途方もない成功で。彼らは中国を財政的に過度に拡張しとる。丸い円の中に、それは中国本土や。これらはすべての収入を生み出す中国の中核省や。

満州人はマンチュリアから来たけど、彼らはモンゴル、新疆、チベットも取る。マンチュリアはそれほどやないけど、他のやつらは、駐屯するのに多くの費用がかかる。これらの場所を駐屯するのに多くのお金がかかる。大きな成功のように見えるけど、後で問題があるつもりや。そんでここで満州皇帝に何が起こるかや。彼らはもう軍隊の先頭に乗らん。

王朝の絶頂期に統治したと考えられとる乾隆帝、彼は何にお金を使っとるんか?あらゆる種類の興味深い建築プログラム。それが人々が彼を偉大やと思う理由で、彼は美しいもんを建てる。でもこれらの皇帝は孤立しとる。指揮経験がない、高い支出習慣がある。そんでそれはもっと良くなる。せやから彼らはこれらすべての朝貢国を得た。

彼らの朝貢国のいくつかは本当に高品質のアヘンを生産する。皇帝らは商品をサンプルしたいと決める、そして彼らのためにそれを準備しとる人々もまた商品をサンプルしたいと思う。そんで満州人の皇帝の近衛隊である満州旗本もまた商品をサンプルしとる。

そんであんたは行く、なんで最後の清朝皇帝らは子孫を作ることができんか、またはほとんどおらんのか?彼らは巨大なハーレムを持っとるから、彼らの問題は何や?まあ、もしあんたが薬物で本当に完全にハイやったら、自分を台無しにできる。せやからそれが起こることや。あんたの重要な思想家の一部が非常に明確に考えとらんなら、これらの戦争に負けるのも当然や。

せやからわしの論証への反論は言う、「見ろ、それはナンセンスや。日本人は本当に賢かったかもしれんけど、本当の大きな出来事はこの大規模な一連の内戦、ヨーロッパ帝国主義、そして満州少数民族支配の崩壊や。それが本当のことやろう」。

反駁:ロシアの触媒的役割

今、もしわしがわしの論証をここで残したら、わしはちょうど自分の足を撃ったことになる。わしはちょうどかなり良い反論で元の論証を破滅させたからや。それは悪いことやろう。それは痛いやろう。せやからあんたは反駁をする必要がある。予想外の方向から来るのは本当にええことや。せやからわしの方向を試すつもりや、それはロシアになるつもりや。

わしは言うやろう、「見ろ、ロシアは触媒や。中国の崩壊を利用しとって、日本が活用するつもりの方法でものを触媒するつもりや。日本がこれらのことを活用するつもりやっちゅうことや。それは東京での賢い決断が質問に答えることを証明する」。

せやからロシアに何が起こっとるんか?ロシアは常に自分らの領土を拡大しようとしてきた。それは今日地球上で最大の国や。なんで彼らにもっと領土が必要なんか、誰も知らん。でもそれが彼らが求めとるもんや。そして最近彼らが取っとるのはこれらの二つの大きな地域や。ボルシェビキが魔法を働かせ終わるまでに、ロシア人は中国の勢力圏から—ボルシェビキは今日を超えとるけど、それは感覚を与える—ミシシッピ以東のアメリカよりも多くの領土を取っとった。

それはたくさんの領土や。でもこの日、阿片戦争が起こっとって、太平天国と捻軍の乱、二つの大きなやつが同時に起こっとる間、ロシア人は清に行って言う、「おい、わしらがあんたらのためにあの外国人らを扱うで。仲介者になるけど、わしらにこのすべての土地を与えるこれらの条約の点線上にただ署名しろ」。

中国人は地理について曖昧やったし、条約を信じとらんかった。後で取り戻すと思っとった。せやからロシアはこのすべてのもんを手に入れて、何もしない、なぜなら条約港システムについて知っとるからや。英国とフランスがそのすべてを得た。ロシアもこのもんを得た。ロシアがこのもんを得たら、それが彼らが鉄道を欲しい理由や、そこにそれを統合したいからや。

せやからシベリア横断鉄道は青いもんやけど、緑の部分の上にある青い部分は第一次世界大戦まで建設されんかったっちゅうことを理解せいや。ロシアは緑の部分、それの名前である中国東清鉄道を建設して、帝国への計画を賭ける。また、温水港が欲しいっちゅうことに注意や、それは旅順に下がるオレンジの部分で、ウラジオストクは砕氷船の時代以前には年の数ヶ月間完全に凍結するからや。

せやからロシアはこの鉄道を建設しとる。建設費を節約するために、マンチュリアを真っ直ぐ横切る方がより直接的や。日本を封じ込め、マンチュリアへの請求権を確立する。日本人はそれを理解する。まあ、それは今回の講義で前にあった。彼らはこれが来るのを見て、気に入らん。そんで起こっとることに加えて、中国人は帝国主義者らがすべて自分らの国をいじくり回すのを特に好かん。そして義和団はもう一つの反乱や。

これらの人らは中国からすべての西洋人を追い出したくて、取り残された者を殺したいと思っとる。彼らは中国中におって、マンチュリアに入る。ロシア人は10万人の軍隊を送る、日本を含む他のヨーロッパ諸国や日本がたくさん送る中国の残りの部分よりもはるかに多く、義和団を倒すために、それを彼らはやる。そんで他の西洋人と日本は軍隊を撤退させるけど、ロシアはしない。

これが日本の注意を引くもんで、ロシアがマンチュリアに去らん10万人の軍隊を持っとるからや。それが日本がロシアの先延ばしにうんざりして、露日戦争に巻き込まれることになる時や。せやから推測してみいや?わしらは元の説明に戻っとる、そうやろ?日本人がこのすべてを巧妙に処理して、トップに上がったんや。大戦略で非常に思慮深いことによって、彼らは勢力均衡を逆転させる。

結論

この件を乃木将軍と詩で終わるつもりや。乃木将軍は旅順への4回の攻撃を監督した人や。彼はこの戦争で両方の息子を失った。一人は南山の戦いで、それは遼東半島の下の方やけど、そんでもう一人、彼のお気に入りは、旅順で彼の指揮下で。

戦争が終わったとき、彼は明治天皇に儀式的自殺をしてもええかと尋ね、天皇は断った。せやから明治天皇が死んだとき、彼と妻がそれをした。この詩はなぜかを説明するのに役立つ:

「百万の帝国軍が、傲慢な敵を征服した。しかし包囲と野戦は死体の山を残した。恥ずかしい、古い両親にどんな顔を見せることができるんか?勝利の歌のこの日に何人の男が帰ったんか?」

戦争は多くの悲しみをもたらす。それをあんたらに残す。注意を向けてくれてめちゃくちゃありがとう。わしはこの講義とこの話題を特に愛した、なぜならわしらの多くが教育を受けんかった紛争についてやからや。

でもそれは明らかに超有名な第二次世界大戦のような他のもんに文脈を追加する。アジアで最も強力なこれらの大国の発展に文脈を追加する。わしは時間を無駄にし続けるつもりやない。ちょうどこれについてあんたにたくさんの質問を投げかけることに飛び込みたいねん。

ここでロシアの敗北を説明する一つの方法は、日本がより良い戦術を持っとったっちゅうことや。彼らが前線に同様の数の男を配備したっちゅう事実を考えると、より良い戦術を持つ日本が、これらの異なる戦闘で勝つことができた。でもたぶんもっと重要な説明すべきことは、なんでロシアがもっと多くの男を配備せんかった、またはより大きな資源を配備せんかったかや。

この時点でロシアの人口は1億3000万人以上や。日本のは4700万人ぐらいや。あんたはシベリア横断鉄道がこの時点では完成しとらんと言うかもしれん。でも1905年、それは実際に完成しとる。せやからロシアは戦争を続けることができた。送ることができる新鮮な軍隊がすべておる。なんで彼らは同じ意志、または同じ能力を持っとらんかったんか、日本がもたらした大規模な資源を動員するために?

一つは鉄道がボトルネックやっちゅうことや。日本はそのボトルネックがボトルになっとる間に故意に戦争を始めとる。それが一つの要因や。ロシアは大規模な軍隊を持っとる。また、ロシア人は傲慢や。彼らは日本人が…最初に、ロシア人は東京で政権交代をやるつもりやと思っとる。それが彼らの計画や。どうやって東京に到達する計画かは謎やけど、まあええわ。

せやから彼らは何が必要かを理解せん。戦争ではかなり一般的な問題で、相手側の著しい過小評価や。それが今ウクライナで起こっとることや。プーチンはそれを見逃した。彼だけやない。ヒトラーは第二次世界大戦でロシア人を過小評価した。

そんで「日本では何が起こっとるんか?」ってあんたは行く。あの明治改革で、彼らは教育を受けた人口を持っとる。ロシアの兵士らは一群の文盲や。そしてロシアの兵士らは行く、「何?なんでわしらはマンチュリアで戦っとるんや?なんで殺されとるかを正確に教えてくれ」。ロシアの兵士らは賛同しとらんかった。

ロシア人は正確にそこで何を欲しかったかを尋ねることができる。明らかに、朝鮮国境で儲かる木材利権を得るつもりやと思っとった王室のお気に入りがおったらしい。よし、物流に入ろう。わしはヨーロッパロシアで木材不足があったとは一度も聞いたことがない。そしてそれをずっと輸送するつもりか?これは業績の悪い経済モデルや。

さらに、ニコライ2世は無能な皇帝や。彼は海軍を運営しとる人を雇っとって、その人もまた無能や。彼らの海軍は全く訓練を受けん。素晴らしい、あんたは高価な船を持っとるけど、それらをどう使うかで訓練された人は誰もおらん、一方日本人は持っとる。日本人にとって、それは物の価値、これらの概念の一つや。

日本対ロシアで勝つことはどれだけ価値があるんか?ロシアにとって、それはすでに地球上で最大の国やし、彼らの視点からアジアには本当に刺激的なもんは何もない。たぶんニコライ2世にとっては、偉大な皇帝になりたくて帝国に追加したいから、それはええことやろう。

でもドイツ人が第一次世界大戦で彼を追いかけて来たとき、わしは彼が他のことをもっと気にするつもりやと思う。日本人にとって、正しいか間違っとるかは別として、彼らの政府と教育を受けた人々はそれを実存的やと考えとる。彼らは中国を見て行く、それがわしらの未来や、もしわしらがものを修正せんかったら。彼らは日本の解決策は帝国やと考えとる、当時それが強力な国がものを運営する方法に見えたからや。

それは正当な物流のボトルネックの組み合わせや。日本は、この件を始めるつもりやから、大規模な準備をしとる。ロシア人はこの件を戦う計画をしとらん。彼らは考えとる、「わしが戦争がいつ始まるかまたは終わるかを決める」。すまん、せん。

せやからあんたはロシアがこの紛争についてそれほど気にせんと言っとる…ロシア人。ニコライ2世はそうかもしれんけど、彼の人口はそれと戦っとる。せやから彼は自分の…を動員する国家能力を持っとらん。それがロシアの全体的な問題や。これが制度の力や。日本は明らかに動員できる。それは融資やあらゆる種類のもんでうまくやっとる。これらの制度を使っとる。

一方ロシアは、覚えとるか、立法府を持っとらん。皇帝は同じ意味で内閣を持っとらん。彼は大臣を持っとるけど、彼らは同時に彼の家に現れて、テーブルの周りに座ることは決してない。彼はちょうど一度に一人ずつそれらをやっとる。そんでロマノフ家族にはたくさんの従兄弟がおる。みんながたくさんの子どもを持っとって、せやから100万人の従兄弟がおる。

彼らはすべて省庁全体に配備されとって、基本的に何が起こっとるかについてのロマノフ家族のスパイシステムになっとる。これらのいい金持ちの少年らのうち、特に有能なやつはおるか?いいや。

第一次世界大戦では、彼らはもっと多くの男を動員することができたのを理解したいねん。明らかに第一次世界大戦でも無能があったけど、皇帝がこの紛争中に極東に持ち込むことができた資源の膨大な量…地図を見て、ヨーロッパロシアの鉄道網がはるかに広範囲やっちゅうことが分かるやろう。

これは、セルゲイ・ヴィッテ伯爵、ツァーリ時代後期の最高の大臣で、彼の管轄である財務省で明治維新の彼版をやろうとしとる人で、これらすべての鉄道に資金を提供しとる。せやから鉄道がもっとたくさんある。これがロシアの人口がおる場所や。

これが彼らの歴史的な安全保障上の脅威が来る場所や。ロシア人はヨーロッパの国境を守ることに乗り気になることができる。シベリア横断鉄道が1905年に完成したら…マンチュリアの部分だけや。国境の彼らの側を行くやつは第一次世界大戦まで完成せん。

明治改革のどの部分が正確に日本がこの戦争のために動員するのを助けたかについてもう少し詳しく知りたいねん。人口は読み書きができる。政治的発言権を持つ制度がある。それが正確にどうやってより多くの人を前線に送るのを助けるんか?答えは分からんけど、日本人は…詳細、勤勉、皇帝への奉仕についての文化について話そう。

わしはあんたの以前のポッドキャストシリーズで武士道について全シリーズをやった。彼らは皇帝への奉仕で満たされとって、もしあんたが戦争に行ったら、それらに勝つ。それが彼らの文化の一部や。ロシア人も人々が彼らを侵略するときにいじくり回されるのを好かんけど、今回は彼らが帝国の無関係な部分で他の人々を侵略しとる。

それはロシアが自分自身を工業化しようとしとる時で、でも彼らは教育システムに十分なお金を入れとらん。せやから彼らは一群の文盲の軍隊が走り回っとる。正直言って、マニュアルやらを読むことはどうやってできるんか?彼らの将軍の一部、その一人は榴弾砲が何かを知らんかった。

ものを計画しとる人らの一人、彼は地図を読むことができん。王室のお気に入りを将校団に持つ無能さのレベル、彼らはこれらの決定をする。また、露日戦争では分割司令がある。クロパトキン将軍がおって、彼はオスマン帝国と戦った専門家や。

でもそれらは植民地戦争で、彼はそれらのいくつかに勝った。彼は専門家や。でもそんでアレクセーエフ提督がおって—誰やったかのツァーリの庶子で、わしは覚えとらんけど、ニコライ2世のお気に入りの叔父やと思う—彼はそこにおって、誰が実際に指揮しとるかを誰も知らん、王室のお気に入りがたぶんより良い賭けやということ以外は。

せやからクロパトキンは日本人を内陸のはるか奥まで引き込むまで交戦したくないんや、彼らの戦線を延ばして、そんで彼らをぼこぼこにしたいから。彼らが何について話しとるかを知らんすべての貴族らは「いや、いや、いや、いや、わしらはこれらの人種的劣等者に何でもさせるつもりやない。わしらは即座に彼らを相手にするつもりや」って言う。よし、それを試してみろ。クロパトキンの戦略はたぶんうまくいったやろう。

ナポレオン・ボナパルトの場合のように、ただ彼らを内陸に連れて来て楽しませて、そんでモスクワで冬を試してもらう。

今回の講義からの本当に興味深い要点の一つ—そしてこれに同意するかどうか興味があるんやけど—は、わしらがこの歴史の時期について考えるとき、しばしば日本をアジアの上昇中の大国として考えるっちゅうことや。でもここでの要点は、ロシアが実際にここで支配的な大国になる道にあったように思えるっちゅうことや。

彼らの人口ははるかに大きい。近代化の努力がうまくいっとったら、日本が持っとる現代工業の4倍の人口を持っとったやろう。そんで後で明らかに、ボルシェビキ革命と内戦と集団化がなかったら、ロシアが支配的やったやろう。

日本は、これを見て、早く行動する。わしはこの講義を聞く前にそれらの用語でそれを置いたことがなかったと思う。あんたはそれに同意するか?接線的な答えを与えるつもりで、そんであんたに何を見逃しとるかを教えてもらう。ロシアの悲しみは、彼らがこの信じられへん土地、天然資源、その他を持っとるっちゅうことや。

彼らは帝国、たくさんの領土を持つことに本当にこだわっとる。彼らは困難な近所に住んどる。ヴィッテはニコライに言っとる、アジアの冒険を忘れろ。わしらはヨーロッパロシアでもっと鉄道を建設する必要がある。彼は正しかった。なぜなら、もし彼らが第一次世界大戦でより良く動員できとったら、異なる結果を得るかもしれんから。

また、サンクトペテルブルクの食糧暴動を避けたかもしれん、それはロマノフ王朝を倒した。もしあんたが実際にサンクトペテルブルクに十分な食糧を提供しとったら、たぶんそれらの暴動はなかったやろう、鉄道が走っとってその他があるから。せやからロシアは誤投資の物語や。今日のそれを見ろ。もしプーチンが石油マネーをすべて取って輸送網に投資しとったら…

信じられへんことに、ロシアは今でもただ列車でものをやっとる。道路システムはぞっとするほど悪い。もしロシアが実際に法制度を清潔にしとったら、皇帝の下でもそれをやっとらんかったけど、すべてが常に王室独占やった…もし彼らがこれらのことを清潔にして個人が自分自身の投資をして金を稼ぐことを許可しとったら、それは完全に異なる話やったやろう。

でも皇帝らは商人に我慢できんかった。共産主義者らはさらに彼らを嫌った。文化的違いがある。ロシア人は日本人のように細心で勤勉であることで知られとらん。ロシア人は大酒飲みであることで知られとる。彼らは残酷であることでも知られとる。

あんたの論点に別の異なる突きを取らせてもらう。それに挑戦しろ。戦争に勝った理由を主に説明するのは日本の戦略的才気やなくて、バルト艦隊が沈められた後でも、奉天で負けた後でも、ロシアが続けることができたっちゅう事実やけど。でも1905年に変わるのは、この大規模な農民革命があることや。

都市で大規模なストライキがある。1月に血の日曜日がある。せやから皇帝の政府はほとんど崩壊して、少なくとも大規模な改革を実施するっちゅう認識を与えなあかん程度まで。崩壊するつもりやったかどうかは不明や。これはたぶん脱線やけど、スターリンの伝記作者であるスティーブン・コトキンを出演させたとき…彼はそれについてもっと知っとるかもしれん。

せやから日本は1905年にロシアにあったこれらの長年の問題のせいで信頼を主張することができん、それはほとんど政府を倒した。これは彼らが得た幸運な休憩やったから、ロシアと皇帝に戦いから努力を再配分することを強制した。それはええ論証や。彼は正しいかもしれん。わしらは決定的な答えを得ることはないやろう、ニコライ2世の脳にある必要があるから。専制政治や。

彼が決めることが重要や。わしは言うで、もし彼がピョートル大帝やったら、一人息子を拷問で殺して、数多くの挫折に苦しんだ人やったら、暴動するロシア人を扱うのに問題はなかったと思う。彼は忠実な部隊が誰かを理解して、そんで邪魔になるものは何でも吹き飛ばしたやろう。

彼は次の戦闘をやって、そんでその戦闘に勝ったとき、ロシア革命は消えとったやろう、彼らが「見ろ、わしらはそれをやった。わしらはこれらの人々を得た」って思うから。せやからコトキンの論証はめちゃくちゃええやつや。でもわしにとって、ニコライ2世の無能な指導力がより大きなもんや。

そんであんたは反乱がどれだけ重要で、どれだけ深く根ざしとるかについて論争しとって、決して知ることはないやろう。コトキンは絶対に正しいかもしれん。

わしが反論を与えた理由の一つは、曖昧さを理解して、他の人々が正しいかもしれんっちゅうことを評価することに慣れるためや。あんたは知らんかもしれん。

明確にするために、コトキンの口に言葉を入れたくないから、わしの口に入れるだけにする。彼のせいにして間違いを犯したくない。

この時期にめちゃくちゃ興味深いもう一つのことは、それが日本が真珠湾がうまくいくかもしれんと思った理由を説明するのを潜在的に助けるっちゅうことや。表面的には、これら二つの状況は似とるように見える。どちらの場合も、あんたの敵があんたに対して大規模な軍事的レバレッジを得るつもりやっちゅう差し迫った脅威から始まる。

1904年のロシアとの戦争では、それはシベリア横断鉄道が完成するっちゅう事実や。第二次世界大戦では、日本が仏領インドシナを侵略した後、アメリカが日本に石油禁輸をやるやろうっちゅう心配で、石油の滑走路が1〜2年与えられてから、帝国全体が崩壊して石油なしで停止するっちゅうもんや。

今行動せなあかん、さもなければレバレッジを失うつもりやっちゅう心配がある。そんで1904年の旅順、そして明らかに真珠湾での、この最初の奇襲攻撃がある。ミッドウェイと奉天のような他の戦闘を見ても、わしらは血を使って彼らを押し戻す全滅戦をやるつもりや。

この解釈についてのあんたの見解を得ることに興味がある。どちらの場合も、日本は機会の窓を見とる。この窓で動作して、それを終わらせなあかん。

もしあんたがそれをやっとるなら、それはそれで逃げ切るための高リスク戦略や。これは「彼らはただ幸運やった」っちゅう議論に戻る。もう一つのことは、あんたは特定の戦争がどう判明するかを見ることができるっちゅうことや。もう一つの概念は協力的な敵や。協力的な敵って何か?それはあんたと協力したい敵やなくて、自分のカードを遠隔でもうまく使わん敵や。

文字通りカードゲームについて考えてみたら、もしあんたが小さい子どもとゲームをしとるなら、彼らは勝とうとしとる。でも彼らは協力的な敵やから、ゲームが何であっても、どうやってプレイするかを知らんからや。ニコライ2世が協力的な敵やっちゅうことを論じることができて、それが必要や。アメリカは遠隔でも協力的な敵やないし、それは日本にとって本当に悪くなる。

また、もう一つの部分がある。一つの成功した戦争を実行すると、かなりしばしば、実際よりも簡単やったし、実際よりもリスクが少なかったと思う。この国は湾岸戦争Iをやって、同盟国が全体に支払って、アメリカ人はほとんど死なん、たくさんのイラク人が死ぬ。彼らは数日以内にクウェートから出とる。うわー。そんで人々はバグダッドに進軍すべきやったって文句を言っとる。

わしらはそれをやった。それはそんなにうまくいかんかった。でも、これらのことの一つをやった後、あんたは行ける気になる。日本の場合、日清戦争と露日戦争の間で、それは日本の文民と軍事力のバランスを変えた。人々は正しいことをやったのは軍将校やったし、外交官が平和を失ったと思った。

露日戦争では、彼らは前回の戦争でやったような大きな賠償金を得られんかったって言っとる。あんたはロシアの鉄道システム全体を手に入れとる。それは現物での賠償金やけど、それは彼らが見とるもんやない。それは力のバランスを変える。

さらに、この明治世代、主要な文民指導者、伊藤博文は朝鮮人革命家によって暗殺される、朝鮮人は帝国の日本人をあまり好かんから。彼は死ぬ。山県がそうするまで10年以上ある。それは山県と軍の友人らに軍事制度の根を植え付ける別の10年を与えて、文民制度は建設されとらん。

そんで「日本人を見ろ、彼らは無能や、制度建設が不十分やったから」って行くことができる。まあ、一世代では、すべてをやることはできん。制度は根を張るのに何世代もかかる。

彼らは一世代でできる限りのことをやったけど、彼らの指導力は…に比べて乏しかった。これが明治世代が真に優秀な指導者らのセットである理由で、その後に来るもの、彼らの子どもや孫は違う。

これはまた別のめちゃくちゃ重要な点や。明治世代の文民指導者が軍事指導者より先に死ぬっちゅう事実は歴史の偶然性を強化する。彼が最初に死ぬ必要はなかったけど、そんでそれは潜在的に歴史の軌道全体を変える。

個人、トレンド、全体のことが重要や。何とも言えん。たぶん彼がそこにいても、すべて同じやったかもしれん。実験を再実行することができんから、これがまた、反論が有用な場所や。めちゃくちゃ多くの人間の努力で、あんたはただ完全なデータを持っとらん。

今ここでものをやっとるとき、たぶんデータは少し後で入ってくるか、ただ存在せん。それでもあんたは決定をせなあかん。もしあんたが考えを変える気がないなら、あんたはただ悪い決定を倍増するつもりや。考えを変えたくない人の数は信じられへん。

それがわしが論証-反論-反駁の枠組みについて大騒ぎした理由で、それはあんたが考えを変えることができるように轍から抜け出すのを助けるからや。あんたはコトキンがこのことを持っとって、わしが間違っとるって教えてくれるつもりや。わしはゲームや。たぶん彼は正しい。

わしは誰が正しいかを気にせん。わしは何が正しいかを気にする。

露日戦争と第二次世界大戦の間で何が違っとったか、そして日本の誤算が何やったかっちゅう質問に戻る。その一つは、ロシアの場合、彼らは1年間の紛争で政府の大幅な不安定化の地点まで彼らを押しやった敵を攻撃したっちゅうことでなければならん。

一方、もしあんたがアメリカで同じことが起こると思ったら…「わしらは真珠湾を攻撃するつもりで、あらゆる種類の内部紛争があるつもりや」。彼らはアメリカの制度の内部結束と機能性のレベルを誤判断しただけや。ロシアで起こったのと同じことが起こると思った。彼らは戦争全体を見逃しとる。

彼らの戦争は中国とや。敵を孤立させる代わりに、彼らは全く新しい敵の群れを連れてくる。彼らは中国で苦労しとる。それが第二次日清戦争や。わしらが関与するとめちゃくちゃ興奮するけど、それは1931年に始まって、彼らの目標はすぐに無制限の目標になる。彼らは最終的に中国で政権交代をやりたがる。

一方、第一次日清戦争では、山県が政権交代について考えとって、政府が彼を引き抜く、「相棒、それをやったらあかん。もしあんたが試したら、あらゆる種類の外国勢力が介入するつもりや」から。

露日戦争では、彼らはロシアで政権交代をやろうとしとらん。でも第二次日清戦争では、彼らは絶対に政権交代をやろうとしとる。彼らはますますイライラする。それに対する彼らの解決策は、アジアのすべての植民地利益を攻撃することや。それが真珠湾が起こるときや。

そんで彼らはわしら、英国を連れてきて、それは英連邦を連れてくる。オーストラリアとニュージーランドは重要な戦闘をして、そんでオランダ。それは異なる出来事や。

明治改革と岩倉使節団に戻りたいねん、それはビスマルクが正しくやったことを理解するためにプロイセンに送られた。1892年から1902年の財務大臣であるセルゲイ・ヴィッテが自分をロシアのビスマルクとしてモデル化しとるのは面白いと思う。

彼はドイツが通った種類の工業化をロシアでやりたがっとる。それでも明治世代は日本でこの種のことをやることに成功する。どちらの場合も、この種のトップダウン改革をやりたがる権威主義政府がある。なんで日本ではうまくいくけど、ロシアではあかんのか?

ロシアはただ驚異的な非識字率を持っとる。それは帝国で、それが邪魔になる。もしあんたが彼らが支配しようとしとる非ロシア人の数を見たら、彼らは常に過度に拡張されとる。彼らは実際には多くのお金を稼がん場所を常に占領しとる。

実際、たぶん彼らにしがみつくためにもっと多くのお金がかかる。彼らは常にそれをやっとる。日本人は信じられへんほど勤勉であることで知られとると思う。中国人はめちゃくちゃ勤勉であることで知られとると思う。ロシア人が勤勉であることで知られとるとは一度も聞いたことがない。たぶんわしは何かを見逃した。

彼らは芸術家のようで、russkaya dusha、彼らの魂を持っとるって聞いたことがある。よし、すばらしい。それは「わしらはすべてに失敗するかもしれんけど、わしらの魂は優れとる」って言うための大きな言い訳のようなもんや。

作業しとる他のことがある。ドイツでは、それはヨーロッパの中心や。それは高度に発達した場所で、すでに高レベルの識字率を持っとる。ドイツで作業するもんがもっとたくさんある。それはすでにより良いインフラを持っとる。

ロシアにとって、鉄道システムを建設しようとしとるときは巨大や、ただ巨大や。シベリア横断について考えてみろ。もしあんたがその線路、ただ長さをすべて取って、それをすべてヨーロッパロシアに置いたら、あんたは本当にそこに何かを持つやろう。

これは孫文からの引用で、1912年に中華民国の最初で短命な指導者やった。彼は言う、「わしらは日本によるロシアの敗北を東による西の敗北と見なした。わしらは日本の勝利をわしら自身の勝利と見なした」。

今、わしらは10年前に中国と日本が一緒に戦争を戦ったことを知っとる。わしらは20年後に、数百万人の中国人が死ぬ日本による中国の残忍な侵略があるつもりやっちゅうことを知っとる。この時期、少なくとも中国の革命家と改革者にとって、日本は模倣すべき大国のように見えるのを理解するのを助けてくれ。

まず第一に、彼は近代中国の建国の父や。台湾と中華人民共和国が同意する数少ないことの一つで、彼が近代中国の建国の父で、彼らが彼について考えることは肯定的やっちゅうことや。

露日戦争でマンチュリアのすべてに支払っとるって言ったときを覚えとるか、中国人は実際にそれがええことやと思った。また、満州人が負けるとき…中国では、戦争は清日戦争、満州日戦争と呼ばれる。日本人は満州人を倒しとって、もしあんたが漢民族主義者なら特に好かんかもしれん満州人を。あんたはそれに関係できる。

日本人はその件に入って出た。それが鍵や。本当に、本当に、醜い、残忍なもんは第二次日清戦争で起こるつもりで、そこで日本人は許せんことをやる。第一次日清戦争の問題は、それが儒教を爆発させとるっちゅうことや。それを何で置き換えるつもりか?孫文は民族主義をやって、その方法で作業するつもりや。

わしはそれが大きな答えやと思うけど、あんたが正しく、事が進むにつれて、日本がアジアの支配的プレーヤーやっちゅうことが沈み込むにつれて…なぜなら最初にあんたは戦争を持って、それは起こったけど、あんたはすべてのあんたの内戦や他のもんに焦点を当てとる。これが例外やないっちゅうことは沈み込んどらん。それは一世紀続くつもりや。

中国人が日本人について本当に怒るのは徐々やと疑う。それは第二次日清戦争で彼らがやったことや。信じられへんことで、彼らが負け始めたとき、彼らは残忍になる。

講義では強調されんかったけど、日本がこの時期にそんなに支配的であることができた理由を説明するのにかなり重要に思えることは、はるかに小さい人口を持っとるっちゅう事実にもかかわらず。この時の中国は4億から4億5000万人や。ロシアは1億3000万人や。

日本では何が起こっとるんか?明治改革は、具体的に何を可能にしとるんか?中国が防衛に費やしとるGDPの割合を見ると…国はある程度内部崩壊したから、1%未満や。ロシアもまた防衛に産出のそれほど多くを費やしとらん。日本は前の10年間で産出の5%を防衛に費やしとる。

1904年には産出の10%を防衛に費やしとる。その動員する能力…それはより小さい場所やけど、あんたはこの防衛努力に向けて資源の全体を動員することができる。それはめちゃくちゃ重要に理解することのように思える。

それはそうやけど、もう一つの部分がある。中国はこの時期に本当に統一された国家やない。人々の忠誠が何かって考えてみたら、それは省と場所に対してや。中国全体に対してやない。彼らはすべてその一部やけど、それは場所や。例を挙げるで。中国は三つの艦隊を持っとる。

わしが話してきたやつは北洋艦隊や。清仏戦争で、当時インドシナで戦っとる南の福建艦隊は、北洋艦隊に下りてきて助けてほしかった。北洋艦隊は言う、「絶対あかん」。日清戦争で、北洋艦隊が南の艦隊に来て助けてほしかったとき、答えは「絶対あかん」やった。

これらの勢力がどうやって資金調達されとるかとも関係がある。省知事らがそれに資金を提供しとる。彼らは省のためにこれらの勢力を使いたがっとる。省外に送りたくない。中国がただ遠く離れた場所で馬に乗った蛮族について心配しとる伝統的な世界では、それは十分うまく機能する。

なぜなら彼らが乗って入ってきたら、たぶん最終的に省1でそれを扱うことができて、最終的にうまくいくやろうから。でも突然、これらの西洋勢力が来て、そんで中国人はめちゃくちゃ愚かに条約港で戦う。彼らがすべきやったことは「おい、25マイル入ってきて、どんな感じか見てみろ。よし、50を試してみよう」って言うことやった。

英国人はそれで本当に苦労しとったやろう。彼らがただ所有できる戦略の本当の失敗や。今日の中国人、彼らは外国帝国主義者らについて文句を言うのが大好きや。彼らは自分ら自身のひどい無能を見ん。わしらが扱っとるこの国、英国はアメリカ植民地より中国にずっと近い。

彼らの人口はアメリカ植民地より大きかった。ジョージ・ワシントンと仲間らは彼らに手強い相手を与えた。中国人、彼らの問題は何や?彼らはそれを扱うことができたはずや。それは指導力の欠如、制度の欠如の場合や。これらのことは重要や。世界のすべての資源を持っとっても…せやからこの国は注意する必要がある。

わしらは世界のすべての資源を持っとるかもしれんけど、もしわしらが自分らを適切に組織せんか、または自分らの指導力で一群の自己ゴールをやったら、それは問題を引き起こすやろう。

歴史の長期的な制度的効果について話そう。あんたは清朝の下でこの時期について、省政府が中国資源の大部分を支配しとったと言った。共和国、そんで軍閥時代、そんで日本人が国の一部を支配、そんで共産主義者または国民党、そんで共産主義者っちゅう清朝からその時期に行く。

でも5つの異なる政権交代の後、あんたは中国でこのダイナミクスを持っとる。今日、アメリカでは政府支出の50%が連邦レベルで行われ、50%が州レベルで行われとる。中国では、85%が地方レベル、15%が国家レベルや。最近の大きな問題は、地方政府が経済的に価値のなかった多くの建設に資金を提供したっちゅう事実やった。

でもあんたは100年以上前のこの時期に戻って、同じ省統治の問題が再び出てくることができる。清の下で、地方地域はすべての政府に資金を提供せなあかん。中央政府はほとんど何にも資金を提供せん。それは常に問題やったし、大規模な腐敗につながった。

なぜなら予算がなかったら、人々から汚職やらを得る何らかの方法を持たなあかん、ものに支払うためにな。これは永続的で、あんたがものをどう運営するつもりかっちゅう異なる制度的設定や。制度は重要や。それらは意思決定を導く。それらはお金をどうやって作ることができるか、できんかを導く。それは重要や。

ロシアが負ける理由の一部は、これが彼らにとってメインの優先事項やないからや。でも、もしそれがそうやとしたら、戦争前に、日本はロシアがマンチュリアでの支配圏を維持し、日本が朝鮮での支配圏を維持することを許可する協定を作った。ロシアはこれを拒否して、それが日本が奇襲攻撃をすることを決める理由や。

明らかに、戦争後、ロシアはずっと不利な立場にある。戦争前にこれを考慮することにゲームやなかった理由をわしらは理解しとるか?それは敵の著しい過小評価や。彼らはこれらの人々は無名の集まりやと思っとる。ニコライ2世は日本で不運な事件があった。これが彼に影響したかどうかは分からん。

彼は父親がまだ生きとる間に王室ツアーをする。ずっと回って、日本で終わって、そこで侍かだれかが刀で彼を暗殺しようとした。ニコライは常にここに傷跡を持っとる。わしは皇太子にとって幸せな記憶を残さんかったと想像する。「わしは侍にほとんど暗殺されて、ここがわしの傷跡や」っちゅうかなりクールな話やけどな。

まあ、それが何であれ。とにかく、それが彼に起こったことや。必要がないっちゅう感覚や。他の人々をひどく過小評価して、人種差別の問題に戻る。あんたは自分がそんなに特別で、他の人々がそんなに特別やないと思う。間違い。そして日本人は驚くべきや。

考えてみろ。彼らは主要経済国のG7におる。主要経済国と主要民主国家や。そこにいる唯一の非西洋勢力や。彼らは慈善でそこに到達せん。それは彼ら自身の成果からや。第二次世界大戦について悲劇的なことは、もし彼らがそれをやっとらんかったら、人々は発展して難関を乗り越えるためにやるつもりのことをモデル化するために明治改革を見とったやろうっちゅうことや。

実際、鄧小平が投資やその他の面でやることの多くは明治改革と韻を踏んどる。もしあんたが四匹の小さいトラ、もともとシンガポール、香港、韓国、台湾を見たら、彼らの発展の多くは明治改革者がやったことの多くと並行しとる。これらは日本のアイデアやけど、第二次世界大戦の残忍さのために信用を得とらん。

あんたはそれを考えて思っとる、「もしわしが日本について良いことを言ったら、わしは他のもんを支持しとる」。いや、それらは二つの別々の話題、異なる世代や。

わしは国の軍事能力にとってその国の技術レベルがどの程度重要かをより良く理解したいねん。この時、国々はより先進的な国から軍備を買っとるだけや。1894年の戦争では、中国はドイツの戦艦二隻と他の多くの船舶を買った。日本は戦艦を持っとらん。1904年から1905年のロシアとの戦争では、日本と英国の同盟のために、日本もロシアも英国の船を持っとった。ロシアはフランスの船も持っとった。

せやから彼らが西洋から最先端の兵器を調達できるなら、彼らの技術発展レベルが何であっても重要なんか?あんたはそれをどう使うかを学ばなあかんし、それを維持せなあかん。ロシア人は貴族らが買いたがった高級艦隊を持っとった。

せやから彼らは小切手を切るのは得意やけど、それに対する訓練は全くやっとらん。ロシア人が海で過ごす日数を見ると、笑いもんや。寒いから、冬中、誰もどこにも行かん。一方、日本人は常に軍隊を配備して学んどる、あらゆる種類の練習やらをやっとる。

あんたは練習を全くやらんかったら、あんたにはうまくいかんやろうっちゅうことを想像できる。この技術への反論は、もし物の価値が高くて、あんたが他の誰かの国をいじくり回しとる介入勢力やったら、技術では重要やないかもしれんっちゅうことや。または重要やけど、これらの人々は決して諦めん。

アメリカ独立革命では、英国人は技術でわしらを上回っとった。信じられへん。彼らは実際に帆船と馬の時代に、帆船で物資を供給して、それを続けることができた。でもわしらはただ完全にうざくて、決して諦めんかった。これはアフガニスタンでのアメリカの問題や。めちゃくちゃ遅れた場所について話そう。

これ以上遅れたものはない。またはイラクでは、地元の人らはただ決して諦めんかった。「それはわしらの家で、あんたらにここから出てってほしい。わしらは決して辞めん」。これはウクライナでのロシアの問題やろう。

それは続くつもりや。技術は重要やけど、物の価値もそうや。あんたが勝つと思うものの相対的価値は何か?もしあんたがイラク人なら、そこで介入しとるアメリカ人よりもあんたにとってずっと高い。

もしあんたが日本と帝国を見とったら、中国を見て、それが彼らの運命になるつもりやと思っとる日本人にとって、それはずっと高い。たぶん彼らは治療法を誤認しとる、それは全く別の問題や。でもそれが彼らの見方や。ロシアにとって、「誰が気にするんか?」世界のこの部分は、より大きく見える地図の線以外、ロシアに実際には何も提供せん。

勝利について話すと、戦争後、あんたが言ったように、セオドア・ルーズベルトが日本とロシアの間の平和条約を仲介して、彼はこれでノーベル平和賞を受賞する。少なくとも一人の大統領がそれを得る。ポーツマス条約は、勝利の結果として感じる譲歩を与えん日本で後年厳しく批判される。

賠償金はないと思う。日本のコーナーに最終的に着地せん多くの領土紛争がある。おそらく、ここから学ぶべき教訓は、もしあんたが緩和しすぎる平和条件を与えたら、勝った人は苦痛を感じて、再び取り組むつもりやっちゅうことや。もう一つの教訓やけど、ベルサイユ条約があって、そこでは反対の教訓を学ぶべきように思える。

もしあんたがあまりにも攻撃的な平和条件を持っとったら、負けた人が戻ってきて、苦痛を感じる感覚を持つやろう。これは歴史の一般的な問題や。等しく反対の教訣があるような感じや。それらは異なる種類の戦争や。一つは無制限の目標のための戦争で、それは第一次世界大戦が最終的になるもんや。わしらはあらゆる場所で政権交代をやろうとしとった。

一方、あんたは日本のために限定戦争をやっとる。また、実現可能な目標を持たなあかん。もし日本がその平和会談でもっと多くを要求しとったら、ニコライ2世は戦争に戻って、ただそこに座っとる精鋭部隊がすべておったから、彼らを虐殺しとったやろう。日本人は文字通り男を持っとらん。

ロシアは今軍隊の3倍の大きさを持っとる。それはそこにあって、月に10万人で彼らを連れてくることができる。わしらはロシア人が日本人より12万5千人多い男を持っとったムクデンを見たばかりや。もし彼らが月に10万人で出荷できるなら、数ヶ月待って、それは本当に醜くなるつもりや。それは実現可能やなかった。

もう一つの部分がある。あんたは戦争に行って、そんでたくさんの人を失うつもりや。それが日本人がもっと得るべきやったと感じとる理由や。これで自殺する乃木将軍がおる。最初に見せた詩、明治天皇もこの悲しみの感覚を持っとる。戦争で負け始める。これはプーチンの問題や。

彼はめちゃくちゃ多くの人を失った。彼は悲しみを感じんかったけど、それを補うのに等しい復讐を得る必要がある。これらの戦争が長く続くほど、それらを止めるのは難しくなる。ベルサイユについては、平和を執行する意欲がないから異なる話や。特にフランス、また英国でも、ドイツ人と本当に対等になるっちゅう感覚もある。アメリカは当時無責任な大国やった。

第二次世界大戦を得る理由の一つは、戦争を終了するベルサイユ平和条件と厳密には関係ない大恐慌と関係がある。もし大恐慌がなかったら、たぶんベルサイユ解決は十分良かったやろう。わしらは決して知らんやろう。

大恐慌がそんなに悪くなる理由の一つは、この国が最後の貸し手として行動したくないからで、それは英国が過去にやったもんやけど、第一次世界大戦後にはできんかった。破産しとったから。わしらの国は無責任や。これらの問題は海の向こう側にある。わしらは「よし、アメリカ第一とその他」って思って、関税を上げるつもりで、わしらがすることすべては世界システムを破綻させる。

一方、もしあんたが最後の貸し手なら、システムが崩壊するのを防ぐために、それが崩壊しとる時にシステムにお金を入れて、反発できるようにするつもりや。それがそれをすることが重要な理由や。高いけど、大恐慌はずっと高い。異なる問題がある。

今日最後の貸し手はおるか?それが問題やないか?それがIMFやらについてや。でも、この国が核兵器の分野で最後の手段のこれらの負担を引き受ける意志があった、核の盾。わしらは今これらのことを脱ぎ捨てようとしとる。見てみよう。

最低限、それはわしらを必要不可欠な大国やなくて無関係な大国にするやろう、ヨーロッパが自分自身を再組織するつもりやから。彼らはそれをやる制度を持っとる。アメリカは西洋の指導者やった。それは家に、ヨーロッパに戻っとる。ヨーロッパは西洋を導くつもりや。

彼らがそれを発明した。彼らはこれをやる広範囲な制度のセットを持っとる。彼らはすでにアジア諸国、南米諸国との貿易協定を設定するための触手を出すことによって、わしらを疎外し始めとる。彼らがこれをやるのに時間がかかるやろう。一度彼らがそれをやったら、わしらは考えを変えんかったら、その外側におるやろう。

彼らは制度的により強くなるつもりや。チャーチルが同盟国について何を言ったんか?「同盟国と働くよりも悪い唯一のことは、同盟国なしで生き残ろうとすることや」。あんたは一人で悪者を追いかけるよりも、たくさんの友人と一緒にいる方がええ。わしらは自分らだけでいることになるやろう。

他の国々は中国と一人でもつれ合おうとした。日本は中国が未発達な国やった時にそれをやった。うまくいかんかった。あんたはこれをやるとき友人を持ちたいけど、わしらは極めて重要なエラーをやっとって、そのために支払うつもりや。

たぶんこれは、異なるQ&Aで出てきた、わしらの間の微妙やけど繰り返しの意見の相違やけど、でもわしは核心を見つけたいねん。それはええことや。わしは間違っとるかもしれん。制度の質があんたの考えで、国がどれだけうまくやるか、または将来どれだけ中心的になるかの中心的に思える。

わしにとって、それはずっと「あんたの経済はどれだけ大きいか?あんたの人口はどれだけ大きいか?」や。もしあんたが西洋同盟の中心がヨーロッパに移ると思うなら、たぶんあんたは彼らの制度がええと思うし、それがなぜそれが起こるかや。でもわしには、アメリカは経済的にそんなに大きくて強力な国やから、同盟や外交での間違いをやっても、ヨーロッパがわしらを置き換えるのは困難やと思える。

質問をするで。なんでアルゼンチンは、本当に大きな国で途方もない資源を持っとるのに、大国やないんか?経済がひどいからや。わしは、経済がより良かったら、より良いやろうと思う。でもなんで経済がひどいんか?すまん、わしの言葉の選択やない。

でもそれはペロン主義での国内政策の間違いの結果で、外国関与での間違いやない。国内政策がめちゃくちゃ重要やっちゅうことに同意する。よし、でもペロンはポピュリスト指導者や。ポピュリストは、定義上、制度主義者やない人らや。彼らは「わし、わしはめちゃくちゃ特別」みたいな人や。

あんたは実際にアルゼンチンが不適切な国内制度を持っとって、彼らが失敗したってわしに言っとらんか?同意する。これは素晴らしい、そんでわしらは実際の核心を特定しとるから。たぶん核心は、わしら両方とも制度が重要やっちゅうことに同意するっちゅうことや。

わしは制度が経済成長の軌道を形成するから、本当に重要やと思う。ロシアを見ろ。ひどい制度。あの場所は金持ちであるべきや。せやからわしはヨーロッパの制度はまだ悪いと思う、ヨーロッパの経済成長率がかなり悪いから。一方、あんたは彼らが外交が得意やから、わしが思うよりも良いかもしれんと思っとる。

わしは今のこの危機が、プーチンと存亡に関わるから、彼らにこれらの制度を清潔にすることを強制すると疑っとる。時間がかかるやろう。たぶんわしは大間違いするか…またはたぶんわしは間違い、死ぬ。それがすべてどう機能するかは分からん。でもわしは疑っとる、通常存亡の脅威は明確にするから。

あんたはウクライナが必死に制度を清潔にしようとしとるのを見ることができる。ヨーロッパがするよりもはるかに先に行く必要がある。わしはヨーロッパ人がこの一部を清潔にするつもりやと疑っとる。時間がかかるけど、彼らはせなあかん、ここの貯金箱がもう彼らの防衛に資金を提供する意志がないから。

利点がある。ヨーロッパ人は自分らの防衛でタブを拾う必要があって、以前にそれをすべきやった。間違いなく、それには利点がある。でもわしらがそれをやっとる方法、わしらは自分らを行動から切り離すつもりや。あんたはネジを効かせたいけど、また自分をその一部に保ちたい。わしらはいくつかの前線でやりすぎとる。

また、あんたはそんなに侮辱的な方法でそれをやっとる。この一つでマキャベリを与えるで。彼は政治学の建国の父や。彼は『君主論』で恐怖、愛、憎悪で人々を動機づけることについて話した。彼は「愛について忘れろ、あんたは人々にあんたを好きにさせることができんから。あんたはすべてをやって、人々はまだあんたを好かん」って言う。

彼は「彼らをあんたを恐れさせろ、あんたは本当に人々を動機づけることができるから」って言うのが大きな男やけど、彼は「彼らにあんたを嫌わせるな。もし彼らがあんたを嫌ったら、彼らはあんたと戦うやろう」って言う。

もしあんたが自分の同盟国の顔に連続して唾を吐いて走り回っとったら、彼らはあんたを嫌うつもりで、うまくいかんやろう。それは悪い戦略や。やったらあかん。あんたの家に来る誰かを侮辱するクリックベイトは、めちゃくちゃ一時的やけど、それの憎悪、また他の人がそれを見て「これがアメリカ外交としての資格か?」っていうのは長期的や。

それらの記憶は長期的や。賢くない。

視聴者の質問はどうや?もちろん。匿名が尋ねる—匿名、勇敢な人。「現状が続くことを望む小国にとってのええ大戦略は何か?例えば、現在の韓国はたぶん中国とアメリカが台湾をめぐって戦うことを望まんやろう」。

同盟国と同盟システムや。より小さな勢力は、ルールベースの秩序で、それがどう発展したかについてめちゃくちゃ影響力があった。彼らは長年にわたって本当に良いアイデアのいくつかを提供してきた。「協力する」ことで、もしあんたが同盟国を持っとったら…これがアメリカが理解せんことや。

わしらは大きいけど、もしわしらが他のみんなを追いかけとったら、彼らの方が大きい。もしあんたが小さかったら…これがヨーロッパが重要な方法や。多くの小国または中規模国があるけど、一緒になると、強力になる。

日本を加えると、わしらと同等のGNPを得る。そんで他の人らを追加し始めると、彼らの方が大きい。協定が何になるかを交渉するのに長い時間がかかるけど、一度同意したら、強力や。それが答えや。

これがわしらが持っとるルールベースの秩序をどれだけ持っとるかで、それは観客の誰でもクレジットカードと呼ばれるプラスチックの小さな断片を取って、世界のどの国にも行くことを可能にする、ほぼ—わしは北朝鮮には行かんけど、ほとんどの国—そしてあんたはそのクレジットカードを使う。もしそれがメルセデスを買うのに十分なお金があって、店にメルセデスがあるって言ったら、クレジットカードが通って、メルセデスを買える可能性がある。

ただのプラスチックの断片や。これがわしらのほとんどが入っとるルールベースの秩序や。わしらがこれらのことについてお互いに同意するからや。

デニー・トリムセフが尋ねる、「日本を中国よりも西洋のアイデアにとってより肥沃な土地にしたのは何か?中国は同じ時間スケールで意味のある制度変化にはただ大きすぎたのか?」これはわしの推測で、誰が知っとるかやから?

中国はその文明の信じられへん成功に苦しんどる。それは優秀な理由で永遠にアジアの支配的文明やった。中国の成果を見ると、驚くべきや。日本にとって、それは常に中国の影にあった。日本人は常に他の人から学ぼうとしてきた。中国人もまた他の人から学んだ。

彼らの制度の多くは満州人から来るけど、彼らは「わしらはこれらの人々を中国化する」って pretendして、せやから実際には漢民族の成果や。そんなにやない、実際は。中国から価値のあることが何でも出てくるっちゅう神話は生き続けとる。傲慢や。これは人間の条件で、中国人は致命的な場合を得る。

わしが疑問に思っとるのは、この国が今致命的な場合を得とるかどうかや。「わしらはすべてを知っとる。わしらはすべてをできる」。これは次の質問にめちゃくちゃうまく導く。

リディア・ディーンが尋ねる、「明治の代表団が西洋を明示的に研究するために送り出したっちゅう精神で、アメリカは今日どこに代表団を送るのがうまくいくやろうか?」今日の代表団?わしらの同盟国。彼らに謝ることから始める。

それがステップ1やろう。それが起こるのを見ることはできん。わしらはこれらすべての国際組織を持っとる。それらを使え。わしらは国務省を解雇する過程にある。ウィキリークスが彼らのメモやらをたくさんリークして、ニューヨーク・タイムズがそれについて報告しとったとき、それが明らかにしたのは、彼らが割り当てられたどんな場所についても信じられへんほど正確な報告で、アメリカの政策立案者らが正確な評価をして次に何をするかを決定することを可能にするような詳細で物事を記述しとったっちゅうことやと思う。

でもそれはわしらがやっとることやない。これは実際にあんたがわしにオフラインで一度与えためちゃくちゃ興味深い見解で、国務省文書のウィキリークス漏洩について。あんたは「うわー、彼らはそれに取り組んどる。これらは良いメモのように見える」って感じやった。

わしは分類されとったから、技術的にはそれらを読むことを許可されとらんかった、わしは海軍で働いとったから。せやからわしはそれらを読みに行かんかった。でもわしはニューヨーク・タイムズやそれらについて報告しとる他のもんを読んどる。そこからのもんで、あんたはただそれが正確で詳細な報告やっちゅうことを見る。

もちろん、誰が誰と話しとるかやその他を明らかにしとるから、わしらはそれらがすべてそこにあることに怒っとる。でもそれが示したのはめちゃくちゃ専門的なスタッフや。わしらが国務省に対してどんな斧を研ぐ理由があるのか分からん。それもめちゃくちゃ小さい。戦争大学で世界の問題に対する学生の解決策に取り組んどるとき、彼らは常に国務省の予算を4倍にするって言うやろう、軍事予算に比べてそれは本当に小さいから。

アメリカ政府の多くが、それが想定されとることをやっとったら、それは大災害を防ぐことをやっとるっちゅう理解がある。もしあんたが国務省をそこに送っとったら、あんたはインド・パキスタン核戦争を防ごうとしとる。わしらは異なる時にそれが起こるのを防ぐために外交官を送った。なんでそれが起こらんかったかは分からん。たぶん国務省やなかったかもしれん。

でも世界中でこれらのことを防ごうとして…政府について考えてみたら、それは災害を防ぐためにこれらすべての基準を設定することについてや。わしはあんたにオフラインで話したから、これはあんたには繰り返しでなければならんけど、あんたは病気を防ぐために人々に免疫をつける。誰が何を得んかったかを証明できるか?いや、できん。

それに対する悪い反応があった人々について話すことはできる。でもそんで理解の失敗がある。悪い反応もあるけど、わしらの時代に生きとるはるかに多くの人々を見よう。以前、ルーズベルトが大統領やった時、ルーズベルトはポリオにかかって、人々はポリオにかかることを死ぬほど恐れとった。

彼らはこれらのことの重要性を理解しとった。ソーク博士がそれを発明したとき、みんながポリオワクチンを接種するために並んだ。嵐を予測して、必要なときにサマーキャンプから人々を出すのに十分な気象学者を持つこと、適切なサイレンやその他のものを持つための政府資金の適切な支出のような他のことがある。

人々はこれらのことをやる費用を見とるけど、災害を防いどる。負の目標や。起こらんことを測定することはできん。でもわしは、大災害を回避することによって、あんたがたぶん予算で使っとるものよりもずっと多く、たくさん節約しとるっちゅうことを保証する。

アメリカ政府はもっと効率的である必要がある。わしは理解する。でも全体の場所を取り壊すのは間違いになるつもりで、わしらはより多くの大災害を得るやろう。

来月、わしらはあんたとイーロンと一緒にポッドキャストをやっとる。うわー、イーロン。うわー、幸運なわし。それは全く別のことや。たぶんわしらはそれを次の講義のために取っておくべきや。

アメリカの傲慢の異なる種類。サラ、サンフランシスコへようこそ。傲慢のAタイプの一つの変種は、わしはアメリカ人や。わしは他の国と相談する必要がない。ワシントンが何をするか、せんかだけや。それが世界がどう機能するかを決定する。それは相手チームが何をやっとるかを無視する半コートテニスや、うまくいかん。

そんでシリコンバレーがある、またはそれが何であれ、異なる変種。わしがタイプ2傲慢と呼ぶもんや。「わしは一つの分野でめちゃくちゃ才能がある」、彼はそうやな、めちゃくちゃ才能があるか何かや。彼は自分を家庭の常用語にした。みんながそれをできるわけやない。

でもあんたは考えとる、「わしは一つのことが得意やから、これは他のすべてに転用可能や」。ニュースがある。あらゆる種類の専門知識があって、それは重要や。でももしわしが本当に良い美容師を取って、自動車整備士にしたら、または自動車整備士を美容師にしたら、それはうまくいかんやろう。あんたはこれらのことを正しく整列させる必要がある。

このタイプ2傲慢は「わしは一つのことで賢いから、せやからわしはすべてをできる」って考えることや。これらの人々は専門知識を持たん分野で決定をやっとって、うまくいかんやろう。

閉じる素晴らしい場所や。そうや。

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