アラン・ド・ボトンとのおしゃべり:ジェイミー・レインとええ仲間で語らう

AGIに仕事を奪われたい
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AGIに仕事を奪われた後に必要なスキルはこれかも。
17,565 文字

In Conversation: Alain de Botton on Great Company with Jamie Laing
Alain de Botton sits down with Jaime Laing on the @GreatCompanyPodcast. Together they dive into such subjects as: What i...

おおきにな、アラン・ド・ボトンや。俺、めっちゃええ仲間やと思うわ。人生の意味ってなんやろな?人生の意味いうたら、やっぱりそやな、それぞれが自分で見つけるもんやと思うわ。そこがパラドックスやねん。みんな、人生の意味って外にあるもんやと思てるけど、ほんまはここ、心の中にあるんや。自分にとって一番深い満足感がどこにあるか、それを探すのが大事やねん。そんで、そやな、一番一緒にいて気持ちええ人たちって、いろんな試練を経て、自分にとって何が意味あるかをちゃんと分かってる人たちや。そいつら、目がキラキラしてるのが分かるやろ。なんか、「この人は自由やな、内面が自由なんやな」って思うねん。自分でも何をやってるか大体分かってるからや。

俺、いま自分と向き合うプロセスにおるんや。せやから、この話、ちょっと俺のセラピーみたいに使わせてもらうわ。そうやな、もうあんまりちゃうけど、正直に言うと、俺らみんな、自分とじっと向き合うのってめっちゃ難しいやろ。リスナーのみんなもそうちゃうかな。自分を切り離してばっかりで、いま俺、普通って呼べるもんに寄りかかろうとしてるんや。前に誰かと話してて、「俺、ずっと刺激的なもんばっかり追い求めてる」って言うたら、「それはあかんで。人生って退屈なんが普通やし、その静けさにじっとおるのが大事や」って言われた。せやけど、それでも俺にはまだ難しいねん。歳とってくると、SNSとかいろんなもんで、余計にひどなってる気すらするわ。

そやな、俺、普通って概念が大好きやねん。それは実はめっちゃすごいもんやからや。普通の人生、普通の仕事って聞いたら、みんな引いてまうやろ。価値観がめっちゃ上下に分かれてて、すごいもんがええ、普通はつまらんし最悪やって思うシステムなんや。でもな、一番美しい瞬間って、普通を受け入れられる時やと思うわ。子どもの頃の幸せな思い出とか、恋人や友達との時間って、実はめっちゃ普通やん。キッチンテーブルでひまわり描いて、「ええなぁ」って感じる瞬間とか。あれ、子どもの時でも大人でも、めっちゃ美しい瞬間やで。芸術の名作も、実は普通の瞬間を描いてるもんが多い。俺ら、めっちゃ興奮するもんばっかり追いかけてるけど、そやけどな、ずっと山の頂上に住めへんねん。俺らの居場所は低地やし、そこで落ち着くのが大事な挑戦やねん。

お前が自分と向き合う話してたの、面白いな。俺もリスナーのみんなも、そういう悩み持ってると思うわ。電車乗ってて、「ここにおるの耐えられへん、なんか気ぃ紛らわすもんくれ!」って思う時あるやろ。ヘッドフォンつけたり、何か読んだりしたなるねん。考えが追いかけてきて、そっから逃げてる感じや。そんで、不安って言うてる時、不安ってなんやろな?不安って、自分でも分からん心配事やねん。逃げれば逃げるほどひどなって、難しいけど大事なのは、振り返って、「よし、勇気出すで。俺、ほんまに何を心配してるんか考えるわ」ってなることや。そやから、ペンと紙、あと静かな部屋が役に立つで。セラピストに教えてもらったええ練習があってな、「自動筆記」って言うねん。2分間、自分の頭の中にあるもんを全部書き出すんや。気分はどうや、今どこにおるか、何でもええから書くねん。そしたら、自分でも気づかんかった自分を知ることになるで。

もし俺に「自動筆記やってみ、頭に浮かんだこと書け」って言うたら、俺、なんか考えなあかんって思ってしまいそうや。でも、お前が言うてるのは、「考えるな、でも考えろ」って感じやろ?どうやってそれ分けるんや?そやな、普段、俺ら自分と敵みたいになってまうねん。自分を普通に見せようとしすぎるからや。自分の頭の中で、「俺、こんな考え持つべきや、だって俺普通の人やもん」って思うやろ。でも、ほんまはみんな、自分が認めるよりずっと変やねん。その変さの中に、大事な気づきがあるんやで。

例えば、愛と憎しみや。俺ら、普通と思える形で愛したり憎んだりできひんねん。親への気持ちとか考えてみ。多くの人が、親にすげぇ忠実でありたいって思うやろ。自然な衝動やねん。でも、ほんまの気持ちはもっといろんな感情が入り混じってる。そんで、「それはあかん、意識に上げたらダメや」って思うかもしれんけど、それせえへんかったら、不安が溜まっていくねん。昔からの話やけど、家の引き出しが開かへんくて、「クソッ、なんで開かへんねん!」ってキレて、力づくで引っ張ったりするやろ。そんで、「俺、なんに怒ってんねん?」って思うねん。引き出しや牛乳瓶が開かへんからって怒ってるわけちゃうやろ。ほんまの怒りの原因が、自分でも分からんくなってるんや。

そやから、自分がほんまに怒ってる理由を見失ってるねん。なんでか言うたら、その感情を持つ権利がないって感じてるからや。俺、みんなにキレまくれって言うてるわけちゃうで。怒りは抑える必要もあるけど、怒りを認めるのは別や。それが大事やねん。職場で誰かが言うたことにめっちゃ腹立ったとするやろ。そいつに毎回言う必要はないけど、自分で「俺、怒ってるわ」って認めるのが大事や。同じように、悲しみもや。何かに悲しんでるのに、それが分からんかったら、気づいた時には鬱になってる。臨床的に見たら、鬱って、自分でも忘れてしもた悲しみやトラウマやねん。

そやから、鬱の反対やなくて双子みたいなもんが「喪失」やねん。喪失って、誰かや何かを失って、悲しみの始まりと終わりがあるもんや。でも、鬱は、何に悲しんでるか分からんから、終わりがないねん。自分の心がそれを見つけてへんからや。驚くべきことに、俺らの心って、自分を理解してへんねん。めっちゃ変な話やろ。心も体も、自分が分からん。俺ら、名前があってアイデンティティがあるのに、「お前、これについてどう思う?」って聞かれたら、大抵は答えられるけど、深い質問になればなるほど、「俺、なんでこうしてるか分からんわ」ってなるねん。なんでここ嫌いで、こっち好きで、ここ欲しいのか、実は自分でもよう分からん。答えを見つけるのに、何ヶ月、何年、何十年とかかるんや。

自己認識って、めっちゃでかい挑戦やねん。小さい子は自分を全然知らんのがおもろいけど、歳とってくると、少しずつ気づきが出てくる。でも、その旅は終わりがないねん。精神的な悩みの多くは、結局、自己認識の失敗に帰ってくる。何にほんまに不安なんや、何にほんまに悲しいんや、ってな。うわっ、まず、これ録音しててよかったわ。頭の中でリピートできるもん。めっちゃいろんなこと分解したいわ。お前が言うてた抑圧された気持ちってめっちゃ面白いねん。もしお前がここで、「俺、親を喜ばせた話」や「友達や家族と何かした話」をしてくれたら、俺、めっちゃ感動するで。だって、それやったら俺が感情的になってもええ理由になるやん。お前がその場を許してくれるからや。

俺、自分で感情的になるの許してへんねん。怒りもそうや。道路でキレるのは簡単やねん。普段の生活で怒らんからや。友達や恋人、親、誰かに怒るなんてできひん。自分が怒っていいって思えへんねん。でも、道で会うだけの知らん奴やったら、怒鳴り返してもええやろってなるわ。せやから、ちょっと軽い心理療法やってみよか。お前の子ども時代、怒りってどうやった?怒ってもええって感じやったか?周りの人は怒ってええんやったか?怒りってどこで許されてたんや?

俺、たぶん、めっちゃ跳ね回る子やったと思うわ。部屋に放り込まれたら、ビョンビョン跳ねてたタイプや。せやから、「悪い子」って言われてたんちゃうかな。ちゃんと気持ちを伝えられへんくて、めっちゃイライラしてたと思う。頭の中もぐちゃぐちゃやったし、いつも怒られてたから、怒りが癇癪になって出てた。でも、癇癪起こしたら別の部屋に放り込まれてたわ。そやから、癇癪で叫んだり感情出すのもあんまりできんくなって、「うるさい、迷惑や」って思われてる気がしてた。覚えてるわ、俺があまりに叫びすぎて、兄ちゃんが車の中で吐いてしもたことがあった。でも、今やったら、「あの子、なんかイライラしてるんちゃうか、何かあるんちゃうか、ADHDか不安なんかもしれん」って見るやろ。あるいは、「周りの大人たちが、なんでお前の難しい感情をそんなに嫌がったんやろ?なんでお前をそんなに押さえつけなあかんかったんやろ?」って考えるかもしれん。

お前やお前の兄ちゃんが、どうあるべきか、どうなきゃいかんかってのが、許されへんかったんかもしれん。典型的な話やけど、お前やないかもしれんけど、エンターテイナーには多いねん。エンターテインって選択やなくて、必要やったんや。誰かが、周りの人が我慢できひんかったから、楽しませなあかんかったんや。俺が観察してきた感じやと、めっちゃおもろい奴って、大抵、ぜんぜんおもろない環境で育ってる。そんで、そのおもろさが、周りの人の怒りや難しい気分を和らげる方法になってるねん。ただのスキルやなくて、生き抜くための術や。難しい人たちをなんとかするために磨いてきたもんやねん。

そやから、「メランコリックなピエロ」ってよく言うやん。ほんまに、ユーモアって子どもの頃に学ぶもんで、さもないと周りが深刻すぎたり、怒りすぎたりするからや。おもろい話やな。ジミー・カーが言うてたわ、「みんな俺に『落ち込んでるから芸人やってるんか?』って聞くけど、ほんまは『俺の親が落ち込んでたんか?』って聞くべきや」って。まさにその通りや。子どもの機転って、親の落ち込みを防ぐためにあるねん。

子どもってこの世に生まれてきて、自然と「ここで生き抜くには何せなあかんか?」って考えるようにできてる。文字通りやで。どの子も、「物理的にも精神的にも、どうやって生き抜くか?」を考えてるんや。ある家では、学業で抜きん出なあかん。またある家では、学業で失敗せなあかん。ある家では、めっちゃ機転きかせなあかん。またある家では、目立たんようにせなあかん。なんで失敗せなあかんのや?って思うやろ。典型的なのは、親の嫉妬や。気まずい事実やけど、親って自分の子にすげぇ嫉妬する時があるねん。自分が産んだ子が、自分より幸せになるのを我慢できひんねん。せやから、子は早々にいろんなもんから引退せなあかん。そんで、「俺、数学苦手やなぁ」とか思うわけや。でも、実は、「お前が数学得意やったら、誰かが怖がるんちゃうか?」って話やねん。家族って難しい場所やし、普通じゃ考えられんような力関係が働いてるわ。

愛ってなんやろな?大人のロマンチックな関係のこと言うてるんやろ?そやな、そういう関係って、俺らの感情の発達を試す試金石やねん。だから、めっちゃ難しいねん。過去が今に追いついてくる瞬間でもある。俺らが大人になって愛し合う方法って、子どもの頃に愛をどう感じたかにめっちゃ影響されてるねん。大人の恋愛で探してるのは、幸せやなくて、実は馴染みのある感覚なんかもしれん。みんな、「幸せになりたい」って言うけど、ほんまにそうか?探してるのは、もしかしたら苦しみとか、放置された感じとか、自分が相手にとって大事やないって感覚なんかもしれん。誰かにとって大事やなくて、他の何かの方が大事やって感じや。せやから、恋愛で変な選択するんやろな。

俺ら、みんなそういう経験あるやろ。友達同士を紹介して、「この二人、絶対合うやろ、どっちもめっちゃええとこあるし」って思うやん。デートした後に電話して、「どうやった?」って聞いたら、「うん、ええ人やったよ」って言うねん。「それ、問題なん?」って聞いたら、「いや、別に…あんまり話すことなかったかな」とか言うねん。実は言いたいのは、「その人、優しすぎて、俺が恋愛で感じたい苦しみをくれへんかった」ってことなんかもしれん。俺らが育ってきた中で、愛されるってことがシンプルやないからや。多くの家庭で、愛って何か達成した時や、自分を証明した時にしか得られへんもんやねん。せやから、大人になってもその条件付きの愛を再現しようとするんや。

そやから、「イック」ってなんやねん。若い子らに教えてもらったわ。優しさや共感が、正当やなくて稼いだもんやないと感じた時に、「イック」が降りてくるねん。単に馴染みがないだけや。せやから、恋愛ってめっちゃ複雑やねん。俺ら、苦しみの型を再現しようとしてるけど、自分でそれが分かってへん。無意識に繰り返してるんや。昔は、親や社会が結婚を決めてたけど、今は本能で関係に入るやろ。でも、その本能って、思ってるよりずっと複雑やねん。幸せになりたいだけやなくて、過去の挑戦をやり直したいって気持ちに引っ張られてるんや。

フロイトが言うてたわ。俺ら、親から受けた辛い状況を再現して、それをええ結末にしようとしてるって。例えば、怒りっぽくて我慢できひん、ちょっと制御不能な男とばっかり付き合う女がおるとするやん。「なんでこうなるんやろ?」って思うやろ。そいつの過去見たら、父親がそんな感じやったかもしれん。「うわっ、最悪やん、こんなん終わるんか?」って思うかもしれんけど、心理療法の希望的な答えは「終わるで」なんや。その人は、永遠に苦しみたいわけやなくて、パターンを理解して解決しようとしてるんや。理想的には、一緒に旅できる相手とやねん。せやから、怒りっぽい父親がおったとして、めっちゃ冷静な奴に出会っても面白ないやろ。でも、怒りの誘惑はあるけど、一緒にそれを乗り越えようとする奴やったら、二人で癒やせるかもしれん。それって、めっちゃ満足できることやで。

俺ら、人が関わるパターンに楽観的になれると思うわ。人って、永遠に苦しむのにハマってるわけやない。パターンから抜け出す道を探してる。でも、そのパターンに近づかんと、「欲望」って呼ぶもんを感じられへんねん。その欲望って、過去に味わった痛みのパターンに近い時に火がつくんや。俺、その考え好きやわ。いや、好きちゃうけど、俺らが幸せになろうとしてるんやなくて、馴染みのあるもんを探してるってのは、めっちゃ矛盾してるやろ。そやな、矛盾してるわ。俺の嫁見てみ。嫁の親はめっちゃ愛情かけて育ててた。父親が帰ってきたら、靴の上でダンスしてたって。そんな感じで、嫁にはすげぇ内面の自信がある。俺、「今まで失恋したことある?」って聞いたら、「いや、ないよ。一度も経験ない」って言うねん。「マジで?失恋したことないんか?」って聞いたら、「うん、ないよ」やって。

でも俺はな、たぶん拒絶されるのが好きなんやと思う。8歳で寄宿学校行って、親が離婚してて、典型的な見捨てられパターンやろな。せやから、俺の側は分かるんや。俺にとって最高の存在のソフィーは、俺がキスしたりハグしようとしたら、「やめて!」って言うねん。俺がずっと欲しがってるのに、ソフィーはそんなんいらんねん。それが、俺らが上手くいく理由やと思うし、俺、めっちゃ幸せやねん。でも、ソフィーの側から見たら、愛を知ってるのに何を探してるんやろ?俺が何を与えてるんやろ?俺のことばっかりにしたかもしれんけど、どう思う?

お前が言うてること、面白いな。ソフィーが父親から温かい愛受けて、靴の上でダンスしてたって言うけど、お前が近づいたら、「いやや」って少し突き放すんやろ?それって、ソフィーに避けるパターンがあるって示してるわ。愛を受けてた時も、複雑な部分があったんかもしれん。お前が言うてた拒絶に惹かれるってのも、ソフィーがお前を拒絶する度合いが、お前が恋愛で感じたいちょうどのレベルなんかもしれん。もし拒絶しすぎたら、お前逃げるやろ。全く拒絶せんかったら、「なんか違うな」って思うかもしれん。せやから、お前ら二人でちょうどええバランス見つけてるんちゃうか。恋愛の理論で言うと、お前がソフィーの愛にちょっと不安で、ソフィーがちょっと避けてるくらいがちょうどええんや。それが上手くいくコツやねん。

恋愛のええとこは、お互いの距離やねん。近すぎても遠すぎてもあかん。ちょうどええ距離見つけられたら、上手くいくわ。でも、もしソフィーがここにおったら聞いてみたいわ。「親との関係や、子どもの頃の愛の経験で、お前が愛を欲しがるとちょっと多すぎて、突き放したくなるんはなんでやろ?」って。ソフィーが言うには、父親がキスで溺れさせてきて、それがうっとうしかったらしい。俺も同じことするからな。せやから、ソフィーが愛をちょっと押し付けがましいと感じてたんかもしれん。愛って、相手にちゃんと合わせることやろ。独りでいたい時はそっとしといて、悲しい時は悲しませてあげる。漫画みたいな、「ハグとキスでハッピー!」ってちゃうねん。

親が子に「可愛い子やなぁ!」って寄ってって、楽しませようとするけど、子が実は悲しい気分やったら、その気分を尊重してあげなあかん。ソフィーの父親が、愛情を押し付けて、ソフィーの気持ちをいつも尊重してなかったんかもしれん。せやから、ソフィーは大人になって、気持ちが合わん時に突き放す感覚が育ったんやろ。それでええんやで。俺、ほんまに頭爆発するくらい質問出てくるわ。個人として、どうやって正しいパートナー選ぶんや?人生ってパートナー見つけることが全てなん?それともちゃうん?

極端な謙虚さから始めるのがええんちゃうかな。間違いを絶対犯すって認めて、ゆっくり進むことや。結婚する時、喜ぶのもええけど、ちょっと泣いてもええんやで。痛みが待ってるって分かってるからや。恋愛の選択にミスがない奴なんておらん。これはめっちゃ不完全で難しいもんや。温度下げて考えるのが大事やね。完璧な関係なんて存在せえへん。それを追い求めすぎたら、余計に不完全になるで。お互いを楽に扱うことや。関係って、傷ついた二人がなんとかやっていこうとする出会いやねん。相手がわざとお前を落とそうとしてるわけちゃう。ただ、自分の問題と戦ってるだけや。

それが関係のスタートやったら、めっちゃ助かるで。「俺ら、完璧で美しい二人で全てが最高!」とかよりな。俺らがやってる「スクール・オブ・ライフ」では、デートの最初に聞くべき質問として、「お前、どこが狂ってる?」って勧めてるねん。相手に、「俺らみんな狂ってるけど、お前はどう狂ってるか分かってる?」って聞くんや。それが役に立つねん。狂ってるのはええねん。俺がどう狂ってるか教えるから、お前も教えてくれや、ってタブーにせんのが大事や。それが関係始める時に役立つと思うわ。あと、セラピー行くのもええで。自分をちょっと見てみ。40年前にできた「愛着理論」を基本的に知っとくんや。誰が避けるタイプか、不安タイプか、安全タイプか。お前を避けさせる引き金はなんや?完璧な人なんていらんけど、自分がちょっと狂うとこを把握してたら、めっちゃ助かるねん。

パートナーに、自分のちょっとおかしいとこを大まかでも正確に伝えられる地図を渡すのは、めっちゃ優しい行為や。「この部分、俺、脆いねん。お前が友達多いとか、しょっちゅう落ち込んでるとか、時間にルーズとか、そういうのに俺、どう反応するか分からんねん」って言うんや。関係が苦しくなるのは、相手が難しい理由が複雑やけど理解できるもんやって忘れてしまうからや。「俺が相手してるのは、人生壊そうとする敵やなくて、5歳の時に父親と苦労した奴や。それで、俺がキッチンでして欲しいことができひんのや」って思い出せたらええねん。相手がわざと人生壊そうとしてるわけちゃう。ただ、自分なりにやってるだけや。それ忘れてまうのが難しいけど、こういう大事なことを思い出す聖人がおったらええな。ニュースの前後にリマインダー欲しいくらいや。

その考え好きやな。関係って、二人とも傷ついた奴で、一緒にやってくもんやって見方や。パートナーや愛する人、誰かと揉めた時、どうやって一番ええ感じで伝え合えばええ?一番大事なのは、緊張した対立を解く時、相手に「俺、お前の言うこと聞いてるで」って感じさせることや。同意せんでもええけど、聞くことはせなあかん。簡単なのは、「分かったで」って言うことやけど、もっとええのは、心理療法の基礎で教わる方法やね。相手が言うたことをそのまま返すんや。「全部最悪や!」って言うてたら、「うん、聞こえたで。お前が仕事行ったら上司がこうして、ああして、そんでこんな気分になってしもたんやな」って返すねん。そしたら、「そうそう、分かってくれる!」ってなるねん。お前が相手の気持ちを言い換えてやると、めっちゃ満足するんや。

それで温度がぐっと下がるで。すぐ「聞いてもらえた」って感じるからや。そしたら、相手もお前の話聞く準備ができる。相手にこれやってやったら、向こうも返してくれるわ。そしたら、ええサイクルに入って、喧嘩なんて遠くなるで。やっぱり喧嘩って最悪やろな。愛ってめっちゃ痛いもんやけどな。ここにおる人やリスナー、俺もお前も、失恋の痛みって知ってるやろ。あれ、ほんまに辛いわ。俺、16歳の時に失恋して、どっちの靴履いたらええか分からんくらいやった。あれ、ほんまに最悪やった。どうやって失恋乗り越えたらええんや?

まず、失恋が最悪なもんやって認めることや。ほんまに心壊されるような失恋は、悪い奴がやったわけちゃうねん。悪い奴やったら、まあええかってなるやろ。一番怖いのは、優しい奴に心壊されることや。長い間優しくしてくれて、俺らの痛みを分かってくれて、ほんまに甘い人で、危機を一緒に乗り越えて、親友やったのに、ある日突然、どっか行ってしまうねん。それがめっちゃ辛いわ。ちょっと熱かったり冷たかったりする奴は、まあ乗り越えられるけど、優しい奴がやっとーてくるんや。

古い言葉で、「悲しみは愛の代償や」って言うやろ。愛が多かったら、悲しみも多いねん。優しさが俺らを壊すんや。失恋って、誰かに自分を全部さらけ出して、自分を預けて、そいつがいなくなったら、もう自分が誰でもなくなってしまうことやねん。一緒におった「俺」が、もう生きられへん。全部の経験を振り返って、解いて、新しい記憶作って、共有してたもんをほどかなあかん。再生みたいなもんで、めっちゃ辛いねん。一生で、ちゃんとした失恋って数回しか経験せえへんやろ。でも、そうなったら、白旗上げて、「しばらく元気になられへんで」って自分に時間与えなあかん。

ユダヤ教の伝統やと、誰か死んだら1年間喪に服してええねん。その間、自分が自分やないって認められてて、泣きわめいたり、ずっと誰かと一緒におったり、逆に独りになりたかったり、食いすぎたり食わんかったり、めっちゃバランス崩れるのが分かってる。大事なのは、みんながそれを知ってるってことや。俺らも似たようなもんが必要やねん。大事な人を失うって死と同じや。自分が自分やなくなって、半年か、3ヶ月か、1年か、それ以上かかるかもしれん。その関係がどれだけ大事やったかによるわ。お前、失恋したことある?

あるで、ある。敵にすら願わんくらい辛いねん。自分自身の破壊やからや。2つ聞きたいことあるけど、まず1つ目は、自己認識についての引用や。自己認識って、最高の超能力やと思うわ。100%そうや。「みんな世界を変えようと思うけど、自分を変えようとは思わん」って言葉や。ほんまその通りや。人生で、スイーツ作ったり、ポッドキャストやったり、ビジネス始めたり、人気者になりたかったりするけど、「自分をどう変えるか?」って考えへんねん。でも、人生でやるべきは、自分を最高のバージョンにすることや。それが人生のほんまの意味やねん。自分が最高になったら、愛や教育、お金、なんでも与えられる。でも、そうならんかったら、何もできひん。

それに同意する?せやな、ある程度は賛成や。なんか、「愛」って言葉が頭に浮かぶねん。どうやって最高の自分になれるか?多分、他の人の助けが必要やねん。一人じゃできひん。自分を磨くには、他の人が必要や。愛の気持ちもいるねん。ロマンチックな愛やなくて、気遣いや注意、共感、慈悲、そういうのが「愛」に包まれてるんや。でも、俺ら、そんなくそくらえ持ってへんし、足りてへんねん。トラウマって言葉、使いすぎやけど、俺らが経験してきたことを表すのに便利や。ちゃんと消化できてへん痛みや、乗り越えられへん痛みが、成長を邪魔してるねん。せやから、お前の言うとおりやと思うわ。すぐ近くの人に、気遣いや愛、共感をちゃんと示せたら、そりゃ世界はめっちゃ良なるやろ。

そしたら、でかい質問やな。お前が言うたように、俺らが今ある姿って子どもの頃に起こったことにめっちゃ影響されてるんやろ?そしたら、自然なん?育ちなん?俺、めっちゃ育ちやと思うわ。大人がやってること見てて変やったり難しいことあったら、「これ、いつかお前にとって役に立ったんちゃうか?」って聞くのがええねん。変やったり難しい行動のロジックって、子どもの頃に意味があったとこにあるねん。例えば、誰かが恋愛で人と繋がるのめっちゃ苦手やとするやろ。「閉じてる」とか「避けてる」とか言うて、周りの人は「なんでやねん、つまらん奴やな」って思うかもしれん。

心理学的には、「その行動が意味あった瞬間を探せ」って言うねん。親を早くに亡くしたかもしれん。そんな時、なんも感じんのがすげぇ助けになるねん。子どもの自分が「感じんのが生き抜くええ方法や」って編み出したんは賢いねん。でも、その生き抜く術が、元々の状況より長生きしてまうねん。あとあとまで残って、破壊的になる。もう感じんのを止められへん。必要やった状況がなくなってもな。おもろい奴の話もそうや。ユーモアが生き抜くのに大事な環境で育った奴や。落ち込んだ親を励ますために、ずっと冗談言うてたかもしれん。でも、大人になって会ったら、「こいつ、真面目にできひんなぁ」って思うやろ。誠実さや本物っぽさが感じられへんくて、めっちゃ苛々するねん。

でも、「これ、いつ意味あったんやろ?」って聞くねん。心理療法のゴールは、そのパターンが意味あった時に戻して、「なんでこうしてるか分かるか?」って気づかせて、自由にしてやることや。一番大事なのは、そのパターンに慈悲を感じられるようにすることや。変わるのを邪魔するのは、罪悪感や恥やねん。「お前、避けるタイプやなんて最低やな」とか、「真面目にできひんなんてひどい奴や」とか言われたら、誰も変わらん。責められたり圧力かけられたら変わらんねん。愛情ある聴衆がおる時に変われるんや。変わるには、ミスや間違った道を認めるすごい勇気がいるからや。攻められたら防御的になるけど、愛情持って「その行動にも慈悲があっていいよ」って言われたら、変わる準備ができるねん。

「なんで飲み始めたんや?なんでアルコールにハマるんや?」って責められたら難しいけど、「子どもの頃に耐えられんことあって、自分を麻痺させる方法覚えたんやな」って言われたら、「ああ、そうかもしれん。そこから始まったんかもしれん」って思える。それが始まりになるんや。気持ちを認める難しさ言うてたけど、酒飲む瞬間あるやろ。ちなみに、これは水やで、みんな。酒やったら、「その酒欲しい」って思う瞬間や。そん時、「酒飲めんかったらどうする?何考えなあかん?何感じなあかん?」って聞かれたら、逃げてるもんから答えが待ってるねん。自分でも驚くくらい、すぐそこに答えがあるんや。

心理療法のええ練習で、文を完成させるってのがあるねん。やったことあるか?やってみよか?ええで、難しいけど、例あげるわ。「男は…」「女は…」「人生は…」「俺は…」「もし…やったら」ってな。これをあんまり考えんと完成させるんや。意識が無意識の難しい真実を邪魔せんようにやねん。変やけど素晴らしいもんが出てくるで。「もし父親がまだ生きてたらなぁ」とか、「男は信用できひん」とか、「女はええ」とか、何でもええねん。待ってる答えが見つかるかもしれん。そんで、「なんでそう言うたんや?まだ父親のこと考えてたんか?ずっと前に死んだのに」って聞くと、そこから面白い話が始まるんや。それが、心を緩めて、もっと誠実やけど複雑で気まずい部分を解放する方法やねん。

個人的な質問ええか?自然と育ちの話してたけど、お前、俺が読んだより多い本書いてて、人や世界、いろんな質問にめっちゃ興味あるやん。なんでいまこうしてるんや?人生で何がこうさせたんや?原則として言うと、俺だけやなくて、みんな何かやってる時、完全に自分で選んだわけちゃうねん。何かに駆り立てられてるんや。だいたい、補償や反応やねん。俺の人生あんまり深く語らんけど、感情的に何が起こってるか必死で解こうとしてる奴って、たぶん逆の混乱があったんやろなって分かるやろ。金いっぱい稼ぐ奴が貧乏感から逃げてるみたいに、ずっと冗談言うてる奴が何かから逃げてるみたいに、ある種の補償やねん。

俺、たぶん、世界が意味分からんように見えてたんや。それからずっと、必死で意味見つけようとしてる。自分を落ち着かせるために、絡まったもんを解いてるんや。俺ら、死ぬ時まで自分の表面しか引っ掻けへんねん。現実的に言うてな。墓石に、「ここに眠るは某某なり」じゃなくて、「ここに眠るは、時々自分が誰かチラッと気づいたけど、だいたい何が何だか分からんままやった奴や」って書けるくらいや。盲目的に進んでるだけやねん。中世の考えで、人生って寒さから入ってくる鳥が、大きなホールの中の火を通って、反対側に飛び出すようなもんやって。瞬間的な光と暖かさはあるけど、両側は暗闇や。ほんまに一瞬だけ光るけど、だいたい何が起こってるか暗闇の中やねん。

人生考える時、すごい人の話思い出すわ。どこで見たか分からんけど、前に言うたことあるねん。末期疾患の若い子が、「人生に怒ってへんの?」って聞かれて、「私が思うに、もし誰かが『地球ってとこに行けるで。愛や幸せ、憎しみ、ハグ、酔っ払うこと、公園行くこと、いろんな経験できるけど、短い間やで。行くか?』って聞いたら、絶対行くって言うわ。地球での時間が短くても、そんくらい経験できたんやから」って言うたんや。それ、人生の見方としてめっちゃええなって思ったわ。ほんまにそうやな。俺ら、長生きにこだわるけど、長さより経験の強さが大事やって分かってるやん。時間って全部同じ長さやないねん。1時間でも違うねん。頭吹っ飛ぶ話やろ。

アーティストって時間が深いねん。花見て、絵描いて、「うわっ、この花めっちゃ大事やったんやな」って思うやろ。子どもも時間深めるのが上手い。バケツとスコップで休暇過ごして、その瞬間を特別にして、一生残るねん。人生長くするより、深めるのがコツやねん。俺、人生で何回かめっちゃひどい不安あったわ。みんなもそうやろな。一番怖いのは、「これ、永遠に終わることないんちゃうか?」って思うことや。22歳で初めてパニック発作起こした時、「俺、一生こうなんや」って思った。あれ、めっちゃ怖いとこやねん。そんな人生嫌やろ。そやけど、どうやってしがみついて進むんや?信じなあかんからや。そやから、不安感じてる人とか、辛いとこにじっとおられへん人になんて言う?

「普通」の範囲を広げるのがめっちゃ助けになると思うわ。だいたい、不安やのに「不安で不安や」とか、怒ってるのに「怒ってる自分に怒ってる」とか、二重に自分を罰してまうねん。普通の枠広げて、「実は、みんな言うてへんけど、不安な奴いっぱいおるで。悲しい奴もいっぱいおるで」って言うねん。深い友情って、そういう「普通」の感覚を広げる場やねん。ええ友達やったら、「お前も床で泣いて全て終わりって思ったことあるか?」「お前も鏡にキレたことあるか?」って聞いてくるやろ。そしたら、「人生って広告より複雑やん。みんなもっと狂ってて変やけど、美しくて興奮してて面白いねん」って分かるねん。

友情って、そういうもんやろ。「どうや?」「最高や!」やなくて、「もっとワイルドで変やけど、一緒に共有できる奴がおる」ってのがでかい安心や。不安の話やけど、不安な時に一番リラックスできるのは、同じく不安な奴見つけて、「これ普通やで、これ感じてええねん」って共有することや。一番怖いのは、不安が他の人が不安やない時に起こることや。パーティー行って、みんな普通やのに俺だけ不安やったりするやん。自分を、弱さがない相手や仲間と比べるねん。それ解くには、「このパーティーで7人もめっちゃ不安やったらどうや?」って想像するんや。それで温度下がるねん。「あ、そっか」ってなる。

10年前、20年前はメンタルヘルスの話なんて誰もせえへんかった。今は、体の健康と心の健康があるって分かってきた。メンタルヘルスってなんや?昔は狂気とか、変なもん、言葉にできんもんって思ってたやろ。今は、メンタルヘルスって、ブレーキかけられへん状態やって分かってきた。普通の不安や悲しみ、自己嫌悪が暴走してるだけや。普通の人は「今日、自分嫌いやなぁ」って思うけど、メンタル不調の人は「自分我慢できひん。昨日も明日もずっとや。もう消えてしまいたい」ってなるねん。普通の自己嫌悪にブレーキがないだけや。

誰かが「メンタルヘルスに問題ある」って言うたら、「お前があの時グラついたみたいに、ちょっと似てるだけや。ただ、止まれへんねん」って思うことや。それで人間らしくなるし、メンタルヘルスに神秘的な雰囲気なくなって理解しやすなるで。めっちゃ美しい言い方やな。暴走する気持ちで、考えの間にポーズ入れられへんってことや。そしたら、鬱でも不安でも強迫性障害でも不眠でも、自分でブレーキかけるの教えられると思うか?何か対処法あるか?いつも出てくる議論やけど、「臨床的に鬱や」とか「ただ不安や」とか何が違うんや?

退屈に聞こえるかもしれんけど、簡単な答えあったらええのにって思うわ。体の健康考えてみ。背中痛いとか、筋肉だらけてるとか。背中の専門家やトレーナー行ったら、「時間かかるで。6ヶ月かかるかもしらん、3年かかるかもしらん。週4でこれやらなあかん」って言うやろ。すぐ答え欲しいけど、病気なるのに時間かかったんやから、治るのも時間かかるねん。そやから、心にも習慣置かなあかん。何やそれ?人によって違うリストになるけど、共通するテーマはあるわ。

一つは、助けてくれる人といることや。聞いてくれて、背景説明してくれて、助けてくれる人や。調子崩れると、頭がまともに考えられへんけど、それに気づかへんねん。めっちゃ巻き込まれて、スレッド見失うねん。そやから、頭がまだ動く人がおって、「ちょっと待て、お前そんなんしてへんかったで。ちょっと違うことしただけやから大丈夫や。もしそれ起きたとしても、XYZ試せるで」って言うてくれるのが大事や。夜中が最悪な理由は、一人やし、ネオコルテックスがオフになるからや。ネオコルテックスって、計画や理性とか、高度な部分やねん。朝3時に起きたら、それらが死んでて、昼間はない純粋なパニックや恐怖、後悔しか残らんねん。昼間は「でもこれもあるやん」ってあるけど、夜中はそれが消えるから、生の恐怖とか怒りしか残らんねん。

それ知ってたら、自分の考えにプレッシャー減るねん。「今3時やし、ちょっと狂ってるかもしらん。真剣に考えすぎんようにしよ」って思える。朝が戻るまで待つ必要あるかもしれん。せやから、助けてくれる人が大事やし、自分で時間作るのも大事やねん。逃げてた考えに追いつく時間や。自分で時間作らんかったら、考えきれへん考えが意識のドア押してきて、不安増えて、もっと速く逃げて、また考えきれへん考え増えて、ってなる。そしたら、 Breakdown なるねん。Breakdown って、心が「お前、十分や。考えきれへんもん多すぎて、もう耐えられへん」って言うてるんや。

でも、うまく扱えたら、Breakdown は Breakthrough になるで。押さえつけてた大事な知識が表現されるチャンスやねん。「15年前に母ちゃん死んだのが我慢ならんくらい悲しい」とか、自分でも知らんかった考えや。でも、それが Breakdown の時に出てくる。「この人生の一部にウンザリや」とか、「この関係上手くいってへん」とか、「もう一回誰かとやってみたい」とか、難しい考えやねん。普段はニュースや天気、酒でなんとか避けてるけど、急な危機でバンって出てくる。それ、綺麗なもんやで。「俺のセクシャリティ、思ってたんと違うわ」とか、「恋愛も仕事もちゃうわ」とか、それが始まりになるねん。

夜中の話ほんまやな。俺のパパが言うてたアドバイス思い出すわ。「夜に誰かに結婚申し込んだらあかん」って。めっちゃええな。俺、それに付け加えるわ。「夜に離婚申し込んだらあかん」って。どっちも9時過ぎたら魅力的になるからや。大きな決断は日光ある時にせなあかん。めっちゃ気ぃつけなあかん。お前の新刊ちょっと話していいか?新刊書き始める時、どこから始まるんや?

この本、俺らが話してきたこと全部入ってるで。メンタルヘルス、幸せ、人生の意味、全部や。スクール・オブ・ライフで書いたエッセイ集めて、「グレイテスト・ヒッツ」みたいにしたんや。この話楽しめた奴は楽しめるやろし、嫌いやった奴は好きにならんやろ。自分で決めや。心とか心理学について、いろんなとこを散歩する感じやねん。『セラピーの旅』ってタイトルや。休暇行く時や地下鉄で読むのにええ本やで。なんでこれ読むべきなんや?

内容とちゃうとこで言うと、スタイルやね。全部短くて、すぐポイント入って、読むの楽しいねん。変に聞こえるかもしれんけど、俺ら、めっちゃ気が散る時代に生きてるやん。俺、書く時、めっちゃ忙しい医者で、命救ったり急いでたりする奴のために書いてるつもりで時間かけてるねん。すぐポイント行って、苦しまんと読めるように頑張ってるわ。みんなうなずいてるで。「それ、本売る最高の方法や!」って思ってるわ。内容なんかどうでもええねん。ただ、退屈やなくて、短くて、すぐ分かるのが大事や。この世でそれが大事やねん。

ほんまに、お前めっちゃ忙しいのに、1時間半もお前の頭借りれて、めっちゃ特別やったわ。ありがとうな。ポッドキャスト、8つの質問で終わるで。長くても短くてもええで。俺は長い答え欲しいけど、短くてもええよ。お前を笑顔にしたり元気にする言葉やフレーズはなんや?

俺、暗い言葉大好きやねん。悲観主義って元気出るやろ。楽観的なもん誰も欲しがらんわ。ローマのストア派哲学者セネカの言葉で、「人生の一部に泣く必要なんかない。全部が涙呼ぶんやから」ってあるねん。全部ちょっとグチャグチャやん。「もっと早い方法ないんか?」って思うけど、ないねん。それ考えると、軽くなれるねん。例外やなくて、全部涙の谷なんやって思うのが俺の好きな言葉や。

今までで一番ええ褒め言葉はなんや?一番ええ褒め言葉…言わなあかんか?「お前、ハゲても気にならんよ」ってやつや。ハゲてる奴みんなに言うけど、そんな悪いことちゃうで。俺もそっち行ってるわ。お前ちゃうやろ。いや、ほんまに行くで。まだ何年もあるよ。誰も食べすぎた奴笑わんやん。それは深刻なことやけど、ハゲはまだ笑いもんやねん。でも、まあええわ。それが褒め言葉や。進化して生き抜いてきたのに、頭に髪あるのが一番の生き残り方ちゃうかと思うけど、分からんねん。ハゲやったら、帽子ばっかりやん。年中、サンハットかウールハットかやで。バカバカしいけど、まあええわ。

お前自身で一番怖いとこはなんや?俺、間違える力やね。でかい間違いするんが怖いわ。間違いってええことやろ?いや、間違いは間違いや。でかい間違いの話やで。みんながみんなに対して怖がることやろな。それが俺らのすることや。後悔してるか、後悔あるか?もちろんや。後悔ない奴は危ないで。後悔して、悲しんで、「あんなバカなことしたな、酷いことしたな、近視眼的やったな」って思うのが大事や。それで成長できるねん。去年した15個くらいのことで恥ずかしくなかったら、学べてへんねん。停滞してるで。「あー、あれ申し訳なかったなぁ」って思うべきや。そんで、少しでも良くなろうとしてるからや。

俺ら、人に良くなるチャンス与えるべきやと思うねん。それが「許し」やねん。ミスはあるけど、そこから進めるようにするんや。それ好きやな。俺ら、「後悔はない」って条件付けられてるけど、俺、いつも「いや、ちょっと後悔あるわ。もっと違うことできたやろ、変えられたやろ、言うんじゃなかったやろ」って思うねん。最後に泣いたのはいつで、なんでや?歳とってくると、めっちゃ綺麗なもんに泣けるようになってきたわ。優しいもんやね。子どもの本で、ウサギがママとパパウサギと再会する話とか、涙が止まらんねん。歳とって、人生で酷いことや残酷なもんに慣れてくると、美しいもんや優しいもんとの差がめっちゃ強くなって、それが涙を呼ぶねん。

その子どもの本に、ほんまの故郷とか楽園があるねん。でも、俺、無垢や喜びから遠く離れてしもた。それ見ると、「俺の失った楽園や」って泣いてるねん。せやから、小さい子に寝る前に読んでて、大人が号泣して、子は寝てたり、「何やねん?」ってなってる。大人は人生の残酷さを知ってるからや。ロボットが子どもの話読んで泣くように設計するなら、痛い経験与えたらええねん。それで美しいもんに出会った時に泣くわ。手放せへんもんはなんや?ええもんでも悪いもんでもなんでもええで。俺、昔のアルバムやね。もう卒業すべきやけど、ずっと聴いてる。味があるねん。名前は言わんけどな。

質問変えるわ。みんな超能力持ってると思うねん。お前の超能力はなんや?俺、問題噛み砕いて、考え抜くのが好きやねん。人は運動で抜け出したり、行動で抜け出したりするけど、俺、運動も演技も得意ちゃう。でも、力があれば、物事分解して、考え解くことやねん。考えくれや、解いてみるから。それで俺、生き生きするねん。何が嫌いなんや?確信持ってる奴やね。ちょっとためらいあるのが好きや。「たぶん」とか「今はそう思う」とか言う奴や。それ、弱さやなくて、物事の複雑さにちゃんと開けてるってことや。そんで、素敵やと思うわ。

何が好きなんや?そやな、内省的になれる奴やね。「もう知ってる」じゃなくて、「ちょっと持って帰って考えるわ」って言う奴や。考えさせられたって言うんは、めっちゃ優しい言葉やねん。最後に聞くけど、俺のこと一番好きなとこはなんや?俺、時々めっちゃバカになれて、楽しめることやねん。楽しさって過小評価されてるけど、人生が深刻になるほど大事やねん。54歳での軽い午後って、5歳の時とちゃう価値があるねん。5歳やったらなんでも軽いけど、歳とったら軽い瞬間作れたら深みがあるで。

ボーナス質問や。お気に入りの悪口はなんや?オンエアでは言えんけど、俺、フランス語で育ったから、変やけど、フランス語で出てくるねん。それがええねん。言うても分からん奴おるから、「ええやろ」って思うわ。フランス語やしな。ほんまに、「グレイト・カンパニー」来てくれてありがとう。めっちゃ良かったわ。ありがとうな。

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