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今日40歳か50歳の人が実際に永遠に生きられる可能性はどれくらいやろか。加齢で死なんでもええかもしれへんって考えたことあるか? このビデオはそれについてや。長寿の分野で最先端の科学者の一人、オーブリー・デ・グレイへの特別なインタビューやねん。
彼の主張によると、今60歳以下の人は実際、加齢で死なない可能性が十分にあるらしいわ。これはマスメディアではあまり聞かへん議論やけど、500年以上も健康に生きられるようになるかもしれんのやったら、私らの人生設計や生き方が全部変わってまうやろ。
このインタビューを聞いて、自分で判断してみてな。今後10年か20年で加齢を克服できると思うか?
ようこそ、お会いできて光栄です。
ありがとう、こちらこそ。
私にとって、あんたは長寿逃避速度のおっちゃんみたいなもんやね。そう言うてええか?
そやな。その言葉は私が作ったんやけどな。その概念自体は、私がその言葉を使い始めた頃、つまり約20年前に、レイ・カーツワイルが「永遠に生きるために十分長く生きる」という言葉を使い始めたんや。ほぼ同じことを意味してるわな。
みんなが本当に気になってるのは、例えば私の平均的な視聴者、たぶん40歳くらいの人やけど、その人が永遠に、少なくとも加齢では死なずに生きられる可能性はどれくらいやと思う?
そやな、加齢で死なへんのが重要やねん。トラックにはねられたり、小惑星が地球に衝突したりするのを止めるのは私の仕事やないけど、もちろん他の人がそういうことに取り組んでるのはうれしいことやわ。
今日の西洋世界の40歳の人の可能性は50%以上やと思うわ。長寿逃避速度に到達するまでの時間枠の予測をしばらくしてきたけど、今の予測では12年から15年、つまり2030年代後半やね。この種の技術が出てきたときに恩恵を受けるのは、その時60代の人たちやろうね。つまり、今40歳の人には十分なチャンスがあるってことや。
視聴者の中でちょっと年上の人、私も含めて50歳の人には、まだ希望はあるんか?それとも厳しいんか?
まず、はっきりさせておかなあかんのは、一番の不確実性は、いつ長寿逃避速度に到達するかってことやね。それは、私の同僚の一人が「メトセラ性」と呼んでる時点や。対照的に「シンギュラリティ」ってのがあるやろ。
私は今後12年から15年以内に50%の確率で到達すると思ってるけど、100年かかる可能性も少なくとも5%はあるんや。予想外の障害にぶち当たるかもしれへんからな。
でも、はっきり言えるのは、恩恵を受けられるかどうかは、年齢じゃなくて生物学的年齢で決まるってことや。最初の世代の若返り療法は、いろんな意味でがさつなもんになるやろうけど、あと10年か20年生きられる人には効くと思うわ。でも、もう死にかけの人には厳しすぎるかもしれへんな。
つまり、50歳の人にはかなりいいチャンスがあるし、私みたいな平均以上の61歳でもかなりいいチャンスがあるってことや。でも、あくまでもチャンスやからな。先駆的な技術の場合、絶対に分からへんのよ。
あんたの説明によると、生物学的年齢が重要やけど、生物学的年齢を低く保つために、今できる一番重要なアドバイスを3つくらい教えてくれへんか?
あんたが求めてるような3つのアドバイスは、すごく退屈なもんやで。基本的にお母さんが言うてたことと一緒や。深刻な肥満にならんようにしいや、タバコは吸うな、十分な睡眠を取れ、まあまあバランスの取れた食事をしろ、みたいなもんや。
でも、本当の答えは、いつ起こるかが重要やから、もっと早く起こるようにすることが一番大事やってことや。もちろん、裕福な人は研究に資金を提供することで違いを生み出せるし、私も重要な研究のために小額の資金集めに痛ましいほど時間を費やしてるわ。
あんたみたいに今私をインタビューしてくれてる人は、より広い世界に言葉を広めることができるし、若い人が生物学の分野に進むときは、この分野への影響を考えて選べるわな。
ほとんどの人は何らかの形で支援活動ができるし、友達や家族、同僚に話すこともできる。資金提供に関しては、1ドルでも意味があるって言うてるんや。大口の寄付者よりも小口の寄付者の方が多くなるやろうからな。
でも、あんたが貧乏やったら、あんたより裕福な人をたくさん知ってるってことも強調したいわ。だからまた支援活動に戻るわけや。正直に言うと、計算してみると、お母さんの言うとおりに生きるよりも、そっちの方が大きな違いを生み出せるんや。自分だけじゃなく、他の人にとってもな。
実際、資金の部分に話を戻すと、あんたもたぶん知ってるやろうけど、ブライアン・ジョンソンやレイ・カーツワイルみたいな人たちが、NADブースターやNMMなど、たくさんのサプリメントを摂ってるんや。今の時点で、それらは効果があると思う?
それは全く分からへんな。サプリメントをたくさん摂ってる人の方が、平均的に少し寿命が短いっていう研究もあるけど、そこから結論を出すのは早すぎるわ。
重要なのは、みんなの代謝が違うってことや。それぞれ身体の働き方に強みと弱みがあるから、人によって効果のあるものが違うんや。
言えるのは、私が近い将来に技術でもたらそうとしてる効果の大きさに比べると、これらの方法で得られる恩恵はかなり小さいってことやな。運が良くても1、2年寿命が延びるくらいやろう。
もちろん、人それぞれ違うから、自分の代謝を理解し、自分の強みと弱みを知れば知るほど、そういう方法で自分に利益をもたらせる可能性が高くなる。ブライアン・ジョンソンはその点で本当に重要な例を示してるわ。測定できるものは全部測って、それに応じて常に自分のレジメンを調整してるからな。
ブライアンみたいに自分に年間200万ドルかける必要はないけどな。でも、最良のシナリオでも効果の大きさは限られてるってことは覚えておいた方がええで。
長寿逃避速度への道筋について、ちょっと絵を描いてもらえへんか?例えば、最初にゾンビ細胞の治療法が出て、次にテロメアの伸長、それから遺伝子療法、みたいな感じなんか?それとも、一つの魔法の薬を探してるんか?
絶対に一つの魔法の薬やないわ。あんたが言うたみたいに、分割して征服するアプローチや。でも、もう一つはっきりさせておきたいのは、これらの介入の影響は、介入の数に比例して直線的に上がるわけやないってことや。
ある程度の包括性に達するまでは、ほとんど何も見えへんやろう。体内のすべての生命を脅かすプロセス、いろんな種類のダメージの蓄積に対処せなあかんからな。全部に対処せなあかんのや。
完璧に対処する必要はないけどな。ここで長寿逃避速度の定義の話になるわけやけど、それはまた後で話そう。でも、かなり包括的にせなあかんのは確かや。そうすれば、今日利用できるものよりもはるかに多い、おそらく20年ほどの追加の寿命が得られるやろう。
ある意味で、もう長寿逃避速度に達してるって議論できへんかな?例を挙げるとしよう。私は51歳で、生物学的年齢も同じやとする。今、生活を完全に変えて、自分で研究できる限りのことをして、生物学的年齢を5歳くらい下げられたとする。それから5年後には、もうちょっと下げられるものが出てくるかもしれへん。そうすると、とても熱心になる人にとっては、実際にもうそこに到達してるってことにならへんか?
それはあんまりええ考えやないな。理由は、今日我々が持ってる生物学的年齢の指標が非常に不正確で不完全やからや。
今よく話題になってるオミクスの指標、特にエピジェネティクスの指標だけやなく、握力や歩行速度、記憶力を測るような従来の機能に基づく指標も含めてな。
それら全部を一つの数字に凝縮しようとすると、必然的に不完全なものになってまうんや。本当に強調したいのは、一番弱いリンクと同じくらい生物学的に老いてるってことや。
つまり、何か問題があれば、それを検出してなくても、とにかく大きく寿命を延ばすことはできへんってことやな。
でも、だからってやめろとは言わへんで。全部に当たる可能性はあるし、当たれば当たるほどええからな。
つまり、あんたの言うてるのは、一番弱いリンクが肺や腎臓かもしれへんってことやな。体の他の部分の老化をどれだけ減らしても、その部分のせいでほぼ同じタイミングで死んでしまうかもしれへん、と。
そのとおりや。
今、全力で頑張れば、体の平均的な生物学的年齢を5年くらい下げられるっていうのは、まだかなり正確やと思う?
もし平均的な生物学的年齢について話してええなら、それはたぶんそんなに間違ってへんやろうな。でも、それが健康寿命をどれくらい延ばせるかは、まだ分からへんのや。
ちょっとバカな質問かもしれへんけど、あんたの経験から、人を見て、その人が生物学的年齢より上か下かを判断できるもんなんか?何か指標はあるんか?
絶対にできへんな。もちろん、ある程度の指標はあるで。人の見た目は年齢について何かを教えてくれるし、確かにそれは生物学的年齢のことを教えてくれてるんやけど、非常に不正確やねん。私は絶対に人の年齢を当てようとはせえへんわ。
前にちょっと触れたけど、長寿逃避速度が来たときに利用するには、まだある程度の健康状態や体調が必要なんやろ?もうちょっと詳しく、どのくらいの基本的な状態が必要か説明してくれへんか?
実際のところ、それはあんまり説明できへんのや。これらの治療がどんな形で届けられるかの詳細は、今の時点では完全に推測の域を出へんからな。10年以上先のことやから、本当に分からへんのよ。
予想としては、最初からほとんどの治療は血流に注射で投与されると思うわ。治療を受ける人から見ると、実際には一つの魔法の弾丸みたいに見えるやろうな。同時に多くのものを同じ注射で投与できるからや。
今日、はしか・おたふく風邪・風疹のMMRワクチンがあるやろ?あれは実際には1つのワクチンやなくて、3つのワクチンを同時に受けてるだけなんや。だから、幹細胞や遺伝子治療ウイルスなど、300もの物質を一度に注射するのも簡単に想像できるわな。
ただ、最初のうちは、さっき言うたように完全に包括的にはならへんやろう。特に、いくつかのことは難しいかもしれへん。例えば、肝臓の若返りは、実験室で新しい肝臓を育てて、今日の通常の肝臓移植のように移植する方が簡単かもしれへんな。
でも、それは手術やからな。非常に虚弱で長生きする見込みのない人があまり手術を受けへん理由があるんや。害の方が大きくなる可能性が高いからな。
なるほど、それは理解できるわ。
ちょっと、人々があんたやLEVのアイデアをどう受け止めてるかについて話したいんやけど。私が最初にそれを知ったのは約10年前で、メタの上司に話したんやけど、これはテクノロジー環境やのに、彼はまだ「何を言うてんねん、頭おかしなったんか」みたいな反応やったわ。
今はちょっとマシになってると思うけど、それでも平均的な人から得る反応はそんな感じやねん。あんたの経験ではどうや?人々はLEVのアイデアを受け入れ始めてるんか、それともまだまだなんか?
確かに、受け入れのレベルはかなり急速に高まってきてるわ。でも、20年ほど前に私が始めたとき、自分の考えや行動のすべてを世間や学術界に説明しようとしたら、その概念に対する抵抗の大きさにかなりショックを受けたんや。
私にとって、LEVの概念は実際には、そこに到達するための具体的な方法よりもずっと論争の余地が少ないもんやったからな。包括的な若返りについて、四半世紀近く前から話し始めたんや。生涯を通じて体が自分自身に与えるさまざまな種類のダメージを実際に取り除くために必要なことについてな。
その技術の中には確かにかなり野心的なものもあって、実際に実を結ぶまでの時間枠はとても不確実やった。だから、それに対する反発は予想してたし、実際にたくさんあったわ。
でも、年月を重ねるにつれて、私が提案してることが最初に聞いたほど狂ってるわけやないって説得できたんや。基本的にはその議論に勝ったってことやな。今では、20年前に私が若返りという言葉を使い始めたその概念が広く理解されるようになって、その言葉を使った会議や学術誌もたくさんあるんや。
それはええことやけど、それでもLEV全体の概念に対する抵抗は、逆説的にずっと強いままなんや。主な理由は、人々が「今生きてる人が無期限に生きる可能性が高い」という結論に飛びつくからやと思うわ。
そして「それは明らかに間違ってる」って言うて、トレンド分析だけで判断してまうんや。「過去の平均寿命の上昇速度を見れば十分や」って感じでな。だから、私がどうやってその結論に至ったかを見る労さえ取らず、最初から却下してまうんや。
逆に、それを最初から却下せずに、「ああ、そりゃそうやろ」って言う人たちもおるんや。それはたいてい技術系の人やな。数学のバックグラウンドがある人とかな。
20年の余命を得る方法が包括的な若返りによるものやとしたら、長寿逃避速度の達成は絶対に避けられへんってことを理解するのに、高度な数学は必要ないんやで。逃れられへんのや。
普通の人の場合、科学者やなくて、抵抗の理由が別にあると思うか?私が話すと、中年の、言うたら年配の人たちから「でも、それは恐ろしい考えや。誰が永遠に生きたいと思うんや」って言われるんや。私は「健康な状態でならええやろ。少なくとも私はそう思う」って言うんやけど、多くの人の本能的な反応は「それはええことやない」ってことなんや。説明できへんけど、それが一般的な意見みたいなんや。
そやな、もちろん加齢を包括的にコントロールすることの実現可能性に対する疑問と同じくらい、望ましさに対する疑問にも出会ってきたわ。面白いのは、それらが一緒になって、ほとんどの人の心の中で互いに影響し合ってるってことやな。
基本的に起こってるのは、人々が「加齢を本当に克服できるかもしれへんっていう考えを真剣に受け止めて議論する必要はない。だって、それは悪いことやから、誰が気にするねん」って言うてるんや。でも同時に「これが本当にええことかどうかを議論する必要もない。だって、明らかに不可能やからな」とも言うてる。
つまり、この二つのことを決めてしまって、互いに強化し合ってるんや。だから、私がせなあかんことの大部分は、これが二つの別々の問題やって認めさせて、別々に取り組ませることなんや。そうすれば少し進歩できるわけや。
でも、もちろん人々が加齢に対して何かできる見込みについて非常に非合理的なのは全然驚かへんな。結局のところ、ただ希望を持ちたくないだけなんや。
みんな文明の始まりから、十分長生きすれば、あるいはトラに食われへんかったら、この絶対に恐ろしいことが起こるって知ってて、それに対して何もできへんって分かってる。
それに、文明の夜明けくらいから、いろんな方法でそれに対して何かできるって言うてきた人がおるってことも知ってる。でも、いつも間違ってたんや。だから、今回は正しいかもしれへんって考えを受け入れるのをためらうのも当然やろ。
そういうわけで、ギークみたいな人、あるいはギークみたいに考える人でない限り、つまり確率や不確実性に慣れてない限り、合理化を思いつくだけや。その合理化がどれだけ非合理的でも、この問題を頭から追い出して、悲惨なほど短い人生を送り、最善を尽くすことができれば、それでええんや。悲惨なことに気を取られへんようにな。
私が考えたのは、人々がLEVが起こり得るって信じ始めたら、違う決断をするかもしれへんってことや。だって、健康でいることや少し注意深くすることの配当が巨大になるからな。
そうやな。40代、50代、60代の人にとって、あと10年健康でいることが、トラックにはねられるまで生きるのと、70代半ばで死ぬのとの違いになるかもしれへんからな。
人々は、賭け金が高くなってることに気づいてると思う?健康でいることの利益が大きくなってるってことにな。
確かにな。基本的に、人々が感情的にこれに投資する許可をもらったと感じてるってことやな。
実際、私はそれがもっと早く起こると思ってるんや。長寿逃避速度に到達するのに十分な包括性を達成するまでに12年から15年かかるって言うたけど、もっと大きな問題は、ほとんどの人がいつ現在の考え方から「ああ、これは来るんや。いつ来るかは正確には分からへんけど、かなり近い将来に来るって分かってる」っていう考え方に切り替わるかってことやな。
それについてずっと考えてきたんや。なぜなら、大きな問題は、どうやってその変化が起こるのか、言うたら公の会話のどんな変化がこの全てについての世論を変えて、この海の変化を引き起こすのか、そしてそれがいつ起こるのかってことやからな。
私が長い間前に出した結論、そして今でも強く信じてるのは、この分野のもっと知名度の高い科学者たちにすべてがかかってるってことや。
私はもちろん昔から「これは来る、いつかは分からへんけど」って言うてきたけど、最近までほとんどの同僚はそうしてへんかったんや。その大きな理由は、私が幸運にも、人気を気にせんでもええ立場に立てたからや。
次の助成金申請が審査で却下されるのを心配する必要がなかったんや。慈善事業から資金を得てたからな。同様に、産業界で、物議を醸す発言をしたら会社の株価に影響するかもしれへんっていう立場でもなかった。
だから、これら全部を言えたんや。でも、同僚たちはそうやなかった。でも今や、物事が十分に進んで、人々がもっと楽観的なことを言うようになってきてる。
ほとんどの同僚がかなり楽観的なことを言うようになる時が来るやろう。実際、人々が時間枠を示すようになる時が来るんや。その時間枠は確率的なものになるやろうけどな。私がずっとそうしてきたみたいにな。
でも、それでも私にとってはティッピングポイントになるんや。なぜなら、それはオプラ・ウィンフリーみたいな人が注目し始めて、公の場で「これは起こるんや。そしておそらく、早く起こるように頑張らなあかんな」って言い始める時やからな。
そして、そんなことが起これば、オプラ・ウィンフリーが何か言うたらどうなるか知ってるやろ?絶対的な雪崩が起こるんや。
そしたら次の問題は、それがいつ起こるかってことやな。もちろん、この分野には非常に知名度の高い科学者はそんなにおらへんし、みんな仲がええから、お互いの立場や感受性をよく知ってる。
だから、各専門家が、言うたらもっと大胆なことを言う許可をもらったって感じるために、世界中のさまざまな研究所で、私の研究所も含めて、どれくらいの進歩が必要かについて、かなりええ感覚を持ってると思うんや。
そして、それは数年しかかからへんと信じてる。3、4年以内に50%の確率で到達すると思うわ。
そしたら、一般の人々の反応がどうなるか考えてみよう。ここからが怖くなるんや。よく考えてみると、世界経済を動かす大きな項目のほとんど全て、人々が収入の大部分を使うものは、どれくらい長生きすると思ってるか、そしてどれくらい健康に生きられると思ってるかに関係してるんや。
それが、どんな年金プランを望むか、どんな生命保険を、どんな健康保険を、どんな相続の取り決めをするか、などを決めるんや。
突然、文字通り一晩で、親の世代よりほんの少し長生きするって予想してた状況から、はるかに長生きする可能性が合理的にあるって予想する状況に変わるんや。それを可能にする技術がまだ実際には到来してなくてもな。
人々は違うものを要求し始めるやろうし、誰も準備ができてへんやろう。
年金基金や保険会社、その他に講演するとき、私の講演のタイトルはたいてい「予想の予想」や。つまり、これらの会社だけやなく、もちろん政府なども含めて、問題の先を行く必要があるってことや。
人々が違う期待を持つようになったとき、どんな商品を求めるようになるか、そしてそれらの商品をどうやって提供するかを考え始めなあかんのや。
通常、私はそれを金銭的な観点から説明するんや。「この予想の予想をせんかったら、すぐに破産するぞ。競合他社がやるやろうからな」みたいな感じでな。
でも、重要なのは、これらの人々がトレンド分析の論理に特に影響されやすいってことや。すべての予測をそうやってるんや。
つまり、これらの人々は普通、私に対してすごく丁寧やけど、強い印象を受けるのは、家に帰って寝て、翌朝目覚めたら全部悪い夢やったってことにして、今までどおりのことを続けるってことや。
それはええことやないから、それを直そうとしてるんやけど、上り坂の戦いや。
AGIの開発全体にも似たようなものがあると思うわ。AGIも一旦起これば、すべての構造を変えてまうやろう。でも、私が対話してる政治家たちは「ああ、でもそれは人気のある話題やないから、あんまり触れたくないんや」みたいな感じやねん。
でも、AGIに到達することと、どれくらい関係があるんやろ?例えばレイ・カーツワイルは2029年にAGIに到達すると言うてるし、そしたらLEVにも到達するって言うてるけど、あんたはどう思う?関係あるんか?
関係はあるけど、かなり慎重にせなあかんな。
まず、AGIとLEVには似たところがあるんや。本当に重要なのは、コンピューターが絶対にすべてのことをできるかどうかやなくて、我々が普段やってることの十分な割合をできるようになって、社会がそれに反応するかどうかってことや。
つまり、問題は「基本的に完全雇用の概念に基づいた経済を続けられるか」ってことやな。
今の進歩の速度を見てると、2029年か2030年ごろまでにAI研究が、完全雇用ベースの経済がかなり持続不可能に見える点に達すると考えるのは、今の時点でかなり合理的やと思うわ。だって、物事をするのに必要な人がずっと少なくなるからな。
もちろん、それが富の公平な分配にどう変わるかは今のところすごく複雑や。今のところ一つのアイデアとして、ユニバーサル・ベーシック・インカムっていう考え方があるけど、これはかなり大雑把な手段で、ほとんど探求されてへんのや。
だからこれも、社会として自分たちの足を撃ってるってことやな。これら全てを予想して、仕事に基づかない経済がどう機能するかについて、もっと深く明確に考えなあかんのに。
高性能な人工知能と長寿逃避速度に到達することの間の直接的な、言うたら因果関係的なつながりについて言うと、今日でも強く心に留めておかなあかんことがあるんや。なぜなら、今この分野で最も影響力のある人々の何人かが、これを間違えてるからな。
AIが何かが得意になる理由は、経験を持つこと、つまりデータを持つことや。場合によっては、例えば囲碁をプレイするみたいに、基本的に数学的に定義されたものを扱う場合、データはそれほど重要やないかもしれへん。でも、ソフトウェアの開発においては例外やけどな。
でも、物理的な世界がどう機能するかに関係すること、特に世界で最も複雑な機械、つまり人間の体に関係することをやろうとしたら、たくさんのデータが必要なんや。
現時点では、ある種のデータはたくさんある。オミクスデータとか、たくさんのゲノム配列とかな。それはすごく価値があるんやけど、AIが長寿逃避速度に到達するのを助けるチャンスを持つために必要な、同じくらい重要なデータの種類がたくさんあって、それらは基本的に全然存在してへんのや。
そういう種類のデータを得る必要があるんや。今、長寿研究に本気で金を出してる億万長者たちは、研究室での仕事は時代遅れで、人工知能研究に資金を提供することだけが重要やって結論を出さんようにせなあかんのや。
残念ながら、そういう人たちの何人かが今その方向に向かってるんや。サム・アルトマンが一番目立つ例やな。彼は非常に優れたスタートアップ企業の一つ、レトロに1億8000万ドルっていうかなりの額を投資したんやけど、それ以降は似たようなことはしてへんし、信頼できる情報源によると、これからもせえへんらしい。AIだけに集中したいんやって。
彼には非常に成功したAI企業があるから、そっちに集中するのは理解できるんやけど、排他的に集中するのは大きな間違いやな。
これらの裕福で影響力のある個人を見ると、ちょっと調べてみたんやけど、ピーター・ティール、ジェフ・ベゾス、ジム・メロン、ラリー・ペイジなんかが長寿にかなりの投資をしてるみたいやね。
でも、変化は見えるか?あんた自身がオプラ・ウィンフリーの名前を出したけど、10人の億万長者やなくて、全億万長者の半分くらいが「これが生き残る唯一のチャンスや。すべての金をここに使うべきや」って言い出すと思う?
そういう傾向は確かに見えてるな。以前よりもずっと多くの裕福な人たちが、本当にお金を使うべきところに使い始めてるんや。
例えばジェフ・ベゾスな。彼がこの分野を知ったのは、15年以上前の私のTEDトークがきっかけやったんや。彼はすごく興味を持って、毎年TEDで私と話をしてくれたんやけど、それはすばらしかった。
でも、彼が決心して実際にお金を使い始めるまでに15年もかかったんや。それは本当に残念なことやな。
まだ行動を起こしてへん人もおるし、全ての情報を持ってても、行動を起こす人もおる。でも、行動を起こしても完全に間違えてしまう人もおるんや。
ラリーとセルゲイ、グーグルの双子な。彼らは2005年くらいから私と対話してたんやけど、やっと2013年くらいに決断したんや。でも、完全に間違えてしまった。見てみい、グーグル・カリコは全く何もしてへんし、偶然でもない限り、重要なことは何もせえへんやろう。トップに間違った人を置いてしまったからや。まあ、間違った人もおるけどな。
そやから、何か先駆的なことをしてる人、私みたいに運動を率いてる人は、いつもこのフラストレーションを感じるんや。ある人たちは全然聞いてくれへんし、物事を正しく考えてくれへんのやからな。
でも、億万長者は一人一人違うし、自分のお金の使い方は自由やからな。だから、私が説得せなあかんのや。
フォロワーを増やしたり、注目を集めたりし始めてる人たちを見てみると、さっき話したブライアン・ジョンソンなんかは今YouTubeで100万人以上のフォロワーがおるし、デイビッド・シンクレアも30万人くらいおるんやないかな。YouTubeだけやけどな。
彼らが「エイジングサイエンス」とか「長寿科学」、「アンチエイジング」って呼んでるものの一部として、あんたはその界隈の人間なんか?それとも、彼らがやってることや言うてることとは全然違うんか?
私は確かにその界隈の一員やな。でも、はっきりさせておきたいのは、みんなそれぞれ重点を置くところが違うってことや。研究室でやってることでも、舞台やカメラの前で話すことでもな。
でも、そうあるべきなんや。みんながそれぞれの強みを活かして、全てを正しくやることが必要なんや。
デイビッド・シンクレアと私は20年来の親友で、共通点がたくさんあるんや。権威に対する健全な不信感とかな。でも、他の面では全然違う。私には起業家としての素質が全然ないけど、デイビッドはとても誇り高い起業家やし、それは物の言い方や外見、強調するところにも表れてる。でも、それはええことなんや。
彼とブライアン・ジョンソンが注目を集めてる方法について、あんたは賛成か?それが正しいことに資金を集める方法やと思う?
そうやな、そこは微妙なラインを歩まなあかんところやな。確かに、注目を集めへんと資金は集まらへん。だから、それは重要や。
でも、問題は注目を集める方法にトレードオフがあるかどうかってことやな。
私は1000年の寿命について話し始めたんやけど、多くの人が「本気で言うてるわけやない。雑誌の表紙を飾りたいだけや」って言おうとしたんや。でも、私はそんな人間やない。一度も、心から信じてへんことを言うたことはないんや。
でも、逆の道を選ぶこともできたんや。主流の学術界での評判を保つために、あえてそういうことを言わんこともできた。でも、すぐに気づいたのは、それはナンセンスやってことや。評判を優先する人は基本的に何も成し遂げへんのや。
だから、ありのままを話すことにしたんや。そして、それはそこそこ効果があったと思う。この界隈の成長に貢献できたことを、科学そのものだけやなく、本当に誇りに思ってるんや。
デイビッドは最近、専門家の目から見て、自分の仕事や密接に関連する仕事の効果を誇張しすぎやって批判を受けてるんや。ある程度、その批判に同情はするけどな。
でも、実際のところ、物を売ってる人や、近いうちに何かを開発しようとしてる人が、そういう微妙なラインを歩むのはそんなに珍しいことやないんや。だから、そういうことに関しては、ある程度寛容にならなあかんと思うんや。
例えば、ブライアン・ジョンソンが体のあらゆるものを測定して、そのデータを共有するっていうアプローチは、研究にとって役立つと思う?
役立つと思うわ。ブライアン・ジョンソンは本当に率先して範を示してるんや。彼が非常に裕福やから、できることの限界は明らかやけどな。
でも、舞台やカメラの前に出たとき、彼は自分のやってることや、なぜそれをやってるかについて、驚くほどオープンで率直で正直なんや。だから、人々は自分と彼との違いや共通点をすぐに理解できるんや。人それぞれ違うけどな。
それが正しい道やと思うわ。私が成功してきた大きな理由の一つは、人々が私を信頼してくれることなんや。私が同意するかどうかに関係なく、私が誠実やってことを知ってくれてる。それが全てなんや。
だから、ブライアンも同じようなことを、自分のやり方でやってると思うわ。
LEVの予測を見てると、あんたはもう最も楽観的な方やないみたいやね。レイ・カーツワイルは2029年って言うてるし、イーロン・マスクは直接言うてへんかもしれへんけど、イーロンに関しては全部来年って感じやし。
あんたは2030年代後半っていうのを一貫して言い続けてるんか?
イーロンがこのことについて何か言うたかどうかは分からへんな。イーロンは実は、発言力のある裕福なギークの中では、ちょっと異質な存在やったんや。
彼は加齢に対して何かすることが本当にええアイデアかどうか確信がないって言う傾向があったんや。それはちょっと残念なことやけど、たぶん彼はその質問をもう一度考え直すように恥ずかしい思いをさせられたんやと思う。もしかしたら、彼の立場は変わりつつあるかもしれへん。
レイは常に私よりも楽観的やったな。少なくともちょっとはな。それは部分的に、彼がAIからの貢献を私よりも重視してきたからや。でも、その違いはそんなに大きくはないんや。
本当に大きなことが起こったのは、何人かのハードコアな生物学者が実際の時間枠の予測を出し始めたことや。もちろん、私みたいに慎重に確率的にやけどな。
ジョージ・チャーチがそうしたし、もちろんデイビッド・シンクレアもそうしたな。
これは重要なことやと思う。私の学術界との付き合いの初期、2003年に遡るけど、「生物老化学者が公に時間枠を議論する義務」っていう論文を書いたんや。そこで指摘したのは、これをせんかったら、人々はただの夢物語やと信じ続けて、資金増加を支持せえへんってことや。自分たちの足を撃つようなもんやな。
もちろん、科学者は非常に道徳的になって、「科学はそういうもんやない。いつできるか分からへんから、人々の期待を高めるべきやない。約束以下のことをして、期待以上のものを届けるべきや」って言うんや。
でも私はいつも「そやけど、一般の人々の見方は、これは完全にSFで、これらすべてを達成する可能性は全くゼロやってことやろ。だから、その見方を強く否定できへんなら、あんたら自身のバイアスをシステムに持ち込んでるってことやで」って言うんや。
でも、この議論は同僚たちの間で全然受け入れられへんかったんや。本当にフラストレーションがたまるわ。
でも、そうやな。私の時間枠は変わったけど、そんなに大きくは変わってへん。特に過去10年はほとんど変わってへんな。
20年ほど前、2004年くらいから、長寿逃避速度を達成する50%の確率の日付を予測し始めたんや。当時は25年くらいかかると言うてた。つまり2030年くらいやな。今、レイ・カーツワイルが言うてる日付と同じくらいやな。
でも、当時言うたことは全て、確率的な予測やっていうだけやなく、資金調達次第やということも明確にしてたんや。その時点では、かなりの金額が入ってきて、資金が制限要因にならんようになることを期待してたんや。
そして、その後まもなく物事はうまく行き始めた。2006年からピーター・ティールがそこそこの額をくれ始めたんや。
でも、必要な額には全然足りへんかった。私の見積もりでは、資金が制限要因になってへんかったら、物事は3倍くらい速く進んでたはずや。そして予想通り、私の時間枠は2030年から2030年代後半へとずれ込んだんや。
でも、過去10年は、基本的に若返りの戦いに勝って、ほとんどの同僚が若返りについてそこそこ話すようになってから、時間枠はほとんどずれてへんのや。
でも、ここで強調しておきたいのは、今では10年前どころか5年前と比べても、この分野にはるかに多くの資金が流れ込んでるけど、その資金の分配は極端に不均等やってことや。
私が集中してる分野、つまり誰もやってへん最も難しいことをやろうとしてる分野では、まだ必要最小限の資金を集めるのに苦労してるんや。
それはかなりフラストレーションがたまることやな。私みたいな人間が、何をせなあかんかをできる限り明確に説明してるのに、人々が明日お金を稼ぐことを優先したがるからや。
以前は大口の寄付者やった人たちが寄付をやめてしまったのも大きな理由や。ピーター・ティールもその一人やな。彼らは決して自ら進んで寄付者になったわけやない。ただ、投資家になれるのは、技術を投資可能な段階まで進めるために十分な寄付をした後やってことを理解してたんや。
でも残念ながら、まだ投資可能になってへん他の分野については、そういうことが起こってへんのや。投資を好む人たちは以前より大きな金額を出すようになったけど、その範囲は狭くなってしまったんや。
これについて何かできることはあるんやろうか?十分な資金力のある人たちにもっと多くの、そしてより良い情報を提供することやろうか?
情報は確かに重要やな。私が選んだ組織の道、つまり非営利団体を率いるっていう道には利点がある。知的財産を企業秘密として守ることや、次の助成金申請が通るように出版の優先順位を気にすることなんかを心配せんでええからな。
そういうことを心配せんでええから、中間結果についていつでも話すことができるんや。過去18ヶ月間、同じマウスに同時にさまざまな若返り介入を組み合わせる大きな実験をやってきたんやけど、毎月TwitterやFacebookで進捗状況を報告してきたんや。
それは確かに効果があった。人々を興奮させることができたんや。
今、その実験は終わりに近づいてて、結果について話せる立場にあるんや。つい先日、コペンハーゲンでこの分野のトップの人たちの前で講演したんやけど、非常に好評やった。
だから、関係する承認は全部得られたんやけど、残念ながら、その聴衆には億万長者はおらへんかったんや。次の実験のための資金はまだ集まってへん。その計画は9ヶ月前からあるんやけどな。
もちろん、億万長者だけの問題やない。10万人の人がそれぞれ50ドルずつくれたら、それで十分なんやけどな。でも、ここまでや。
人々が支援したいと思ったら、実際にどうすればええんやろう?
ああ、もちろん。他の非営利団体と同じように、ウェブサイトに寄付ボタンがあるんや。だから、この仕事を金銭的に支援する通常の方法は全部あるんや。
かなりの額を送金したい場合は、もちろん連絡してもらえれば、あんたの状況に合わせて最適な方法を考えるわ。
なるほど、ええな。リンクは必ず説明文に入れとくわ。
政治家や政府全般についてはどう思う?彼らは助けになると思う?それともLEVを遅らせるように規制すると思う?
政治家を理解するのは本当に簡単やで。寄付者を理解するのは本当に難しい。みんな違うからな。でも、科学者を理解するのは簡単や。彼らが気にしてるのは次の助成金申請が通るかどうかだけやからな。
政治家も理解するのは簡単や。彼らには人生で一つの目標しかない。再選されることやな。
だから、私は歴史的に政治家と話すことにほとんど時間を使ってこなかったんや。時間の無駄やからな。彼らはすごく親切で丁寧やけど、結局のところ、私が頼むことが選挙で有利になるって確信せえへ限り、彼らは何もせえへんのや。だから、息の無駄やったんや。
もちろん、時間が経つにつれて、それにはどんどん多くの票が絡んでくるやろう。だから、公共政策を変えるには、まず世論を変えることや。
でも、それを見越して、最近は権力の廊下にいる人たちともっと関わるようにしてるんや。自分でやろうとはせえへんけどな。私はただの異端者に見えすぎるし、そういう評判があるからな。
私はむしろ、もっと角が取れた同僚を通じて働きかけることを好むんや。でも、そうやな。多くの国、特にアメリカでは、以前よりもずっと政治のトップと関わりを持つようになってきてるんや。
インタビューを締めくくるために、長寿逃避速度や加齢全般について、あんたが否定したいような噂はあるか?ほとんどの人が知らんことや誤解してることで、何かあるか?
そうやな、社会の中で一番大きな誤解は、おそらく「加齢」そのものっていう謎めいたものがあって、それが質的に意味のある形で老年期の病気とは異なるっていう考え方やと思う。これは完全なナンセンスやで。
そんな違いは全くないんや。我々が加齢と呼ぶものと、年齢関連の病気と呼ぶものの唯一の違いは、いわゆる年齢関連の病気は、我々が病気のような名前を付けることを選んだ加齢の側面やってことだけなんや。
もっと正確に言うと、それは加齢の後期段階の側面を指してるんや。実際、加齢はよく理解されてる。もちろん細部まではやないけど、細部まで理解する必要はないんや。
加齢は単に二つのプロセスの組み合わせなんや。そうやな、加齢の後期段階があって、それはさまざまな慢性的な状態の出現と進行やけど、私はそれを病気とさえ呼ぶべきやないと思ってる。だって、それらは生きてることの副作用やからな。
それらが人生の後半に現れるのは、もう一つのプロセスの結果なんや。そのプロセスは一生を通じて起こってて、さまざまな種類の分子的・細胞的ダメージが進行的に、そして最初は不活性に蓄積していくんや。
これらの変化が最初は不活性で、人生の後半になって初めて健康問題を引き起こす理由は、体がある程度の変化に耐えられるように設計されてるからや。そうやないと、これらのことが起こる前に子孫を残すことができへんからな。
でも、そうや。それが加齢のすべてなんや。加齢は謎やない。加齢がそんなに別のものやっていう考えから脱却できたら、それは大きな進歩になるやろうな。
でも、それは非常に根付いてしまってる。資金構造にも根付いてるんや。国立衛生研究所は、各年齢関連疾患が別々の研究所を持つように構築されてて、それとは別に国立老化研究所があるんや。まるで別のものみたいやな。
同様に、私の同僚のほとんどが加齢について話す方法も、彼らは「加齢」という言葉を使いたがるし、「加齢プロセス」というものについて話したがるんや。
でも、実際にはそれは単なる政治なんや。名前に「加齢」という言葉が入ってる組織から資金を得てるから、そうするんやけど、それは十分な理由やないんや。
ありがとうございます。加齢の概念を、実際に治療できる病気として再定義することは非常に重要な点やと思います。オンラインでお会いできて本当にありがとうございました。
私こそ、ありがとう。呼んでくれて嬉しかったわ。


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