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面白いことに、アメリカを離れるのは難しいって言うてはったやん。アメリカはまだイノベーションの王様で、みんながここに来たがるし、偉大なことをした人を称える文化的伝統があるからやと。なんでそう言うんや言うたら、これが変わってきてるからちゃうんかな。
ほな、それについて教えてくれへん?
そやな、成功した起業家から生まれる富の格差があるやろ。過去10年間のインフレ調整後の収入を見ると、大多数のアメリカ人の収入は上がってへんのや。
元々の話に戻るけど、幸福は収入の変化によって決まるんや。ソーシャルメディアができたときのこと考えてみ。昔からメディアはあったけど、今はもっとアクセスできるようになってもうた。カニエ・ウェストが毎日何してるか見られるし、キム・カーダシアンが乗ってる飛行機も見られる。ジャスティン・ビーバーが新しいランボルギーニにいくら使うたかも見られるんや。
今や一般市民として、昔には絶対なかったような洞察力を持ってもうてんな。
資本主義社会には常に超富裕層がおったんや。常に並外れたリターンを得る人がおる。ゴールデン・グースの作り方を見つけた人は、他の誰もが作り方を見つける前に、どんどんゴールデン・グースを作り始められるんや。そうやって資本主義システムでは、とてつもない結果を手に入れられるんや。
ジェフ・ベゾスのこと考えてみるわ。多くの人が彼に対してネガティブな見方してるけど、彼のおかげで明日欲しいものが何でも手に入るようになったんや。それもウォルマートで買うよりずっと安く。信じられへんくらいや。
彼らが作り出した技術とイノベーション、投資は凄まじいもんやった。儲けた金を全部再投資し続けて、みんなは「儲けへんのに正気か?」言うてたけど、彼は「投資し続けるんや」言うて譲らへんかった。そうやって作り上げたインフラのおかげで、一般消費者の価値が解き放たれたんや。
子供のおもちゃを8ドルで買えて、明日には家に届く。食品も安くなった。近所の店では売ってへんようなものまで買えるようになった。これは個人にとっての驚くべき繁栄の解放や。
でも彼は1600億ドルの資産を持って、ヨットで遊んでるってことで批判されてる。ミレイが言うたように、我々はこの人を称えるべきなんや。彼はスーパーヒーローや。
彼のやったことに価値がなかったら、1600億ドルの価値なんかなかったはずや。これは癒着の結果やない。この人は富を盗んだわけやない。鉱山を奪って、ダイヤモンドを全部持ち去って、地元の人がダイヤモンドにアクセスできんようにしたわけやない。
この人はビジネスを作り上げたんや。イノベーションを起こしたんや。これが過去250年間、アメリカで何度も起こってきたことなんや。
現実には、個人はそこまで注目してへん。今や我々はみんなAmazonに慣れてしもた。iPhoneにも慣れてしもた。だから、得られる変化や利益は当たり前になってしもてる。でも、「わしの収入は増えへんのに、あの人は2000億ドル持ってる。不公平や」って思うんや。
世の中には「持ってる人」と「持ってへん人」がおるんや。みんな自分のことを、誰かに比べて「持ってへん人」やと思ってる。でも同時に、誰かに比べたら「持ってる人」でもあるんや。
この単純な事実が、全ての社会政策、政治、経済を動かしてるんや。全てのものを動かしてるんや。これは欲望の話に戻るんやけどな。
もし自分が誰かに比べて「持ってへん人」やったら、相手が持ってるものが欲しくなる。相手に課税したくなる。相手から奪いたくなる。市場で相手と競争したくなる。起業家なら、相手の市場シェアを奪いたくなる。政治家に頼んで、相手のものを奪いたくなる。
逆に、自分が「持ってる人」で、「持ってへん人」が自分のものを欲しがってたら、自分の資産を守ってくれる政治家に投票したくなる。自分のものを持ち続ける自由を与えてくれる政治家に投票したくなる。
「持ってへん人」が自分の持ってるものを欲しがるのに対して、反発したくなる。「これは俺のもんや。おまえのもんやない。俺が頑張って手に入れたんや。俺にはそれを持つ資格があるんや」って。
この力学が全てを動かしてるんや。さっき話した政府支出の話にも繋がるな。「持ってへん人」は「持ってる人」のものを手に入れるために、あるいは「持ってる人」からものを奪うために投票する。そして政府は、我々全員の力を集めてその行動を実行する代理人になるんや。そこから政府のプログラムが生まれるんや。
特に個人の富に関しては、「持ってる人」は「持ってへん人」から悪く見られる。個人の収入が増えへんときには特にな。
だから今日では残念ながら、成功した起業家は一般的にネガティブに見られがちなんや。イーロンは社会的にも政治的にも声高になってきた。でも彼は信じられへんくらい凄い起業家や。みんなが欲しがる素晴らしい車を作ったし、制限のない通信プラットフォームも作った。
でも彼の起業家精神は称賛されへん。むしろ脅威として見られてる。政治家から見たら、このオープンなプラットフォームを持つ彼には力があるってことや。他の自動車会社にはない成功を収めた彼の自動車会社には力があるってことや。だから彼を傷つける法律を通そうとする。
個人が持ってへん富を彼は持ってる。だから嫌われる。彼らの政策に同意せえへんから右翼とみなされる。そして富があるから、それを大声で言える能力がある。だから彼は今や悪役や。
50年代に戻ってみると…アメリカの歴史を通じて、批判された人もおったけど、初期には多くの癒着もあった。今日ほど癒着はないと思う。今日あるのは、「持ってる人」と「持ってへん人」のダイナミクスが、これを動かしてるってことや。
ほな、これがどう展開していくんや?これがあまりにも行き過ぎたら、悪役のレーニンの有名な言葉があるやん。「若者を一世代預けてくれたら、世界を完全に変えてみせる」ってな。つまり、どんな価値観や信念を植え付けても、それが彼らの世界観になってしまうってことや。
もし成功者を悪者扱いするような世代を1世代や2世代、3世代、4世代と育てたら…どれくらいの世代やろか分からへんけど、そしたらどうなると思う?
人々は成功者になりたいと思わんようになるやろ。これについてどう思う?両方の側面から議論できると思うわ。
気をつけんと、社会主義のトンネルに入ってしまうかもしれへん。みんなが平等な結果を得られるようにしようとする。これはミレイが警告してることや。現実には、平等な機会こそが本当の成功と平等を生み出すんや。誰もが参加できる機会があることが大切なんや。
若者の中に、ビジネスを立ち上げたり、イノベーションを起こしたり、新しい技術を作ったり、参加したりする人がおる限り、アメリカにはまだ十分な起業精神が残ってると思う。だからアメリカの起業家精神については楽観的やな。
大衆の声が大きくなって、「革命を起こして、平等な結果の社会に戻るべきや」って言い出すのが心配やけどな。全ての富を再分配し、全ての資産を再分配し、全てのアクセスを再分配しようって。
でも、起業を通じて成功する若者はまだ十分におるし、そういう人たちが道標になって、みんなが間違った道に進まんようにできると思う。そういう人たちに光を当てて、支援して、称賛せなアカンな。
この問題について、ええ答えはないんや。どっちに転んでもおかしくないと思う。一般的に言うと、我々は今、ダークエイジと啓蒙時代の岐路に立ってるんやないかって心配してる。これは俺の番組でも言うてきたことやけど。
イノベーションを止めたいんか?技術を恐れて、進歩を恐れて、マイナス面を恐れて、起業家を嫌って、富の蓄積を嫌って、成功を憎んで、政府に全部やってもらいたいと思ってるんか?それがダークエイジや。
もしそっちが勝ったら…なんでそれがダークエイジになるんや?
ほな、もう一つ言わせてもらうわ。これを支えてるのは、経験主義や事実、データがないことなんや。ミレイが指摘したように、全てのデータが示してるのは、起業家精神や資本主義が社会主義よりもええってことや。
資本主義がええってデータを全部無視せん限り、社会主義の方がええって誰かを説得するのは無理や。だから情報がないことが必要なんや。
ちょっと哲学的になりすぎて、話が脱線しそうやけど…人間の信念には、信じられへんようなことを可能にする要素があると思うんや。我々は何かを成し遂げるために、グループとして集まって何かを信じなアカンのや。
例えば、家を建てるとしよう。その家のビジョンを信じて、みんなで一緒に建てるんや。家を建てるには一人じゃ無理や。みんなで協力せなアカン。
その信念があるからこそ、家を建てるという目標を達成できるんや。でも同時に、そういう信念があるからこそ、人間は経験的でないもの、データに裏付けられてへんもの、もしかしたら違う道に連れて行かれるようなものを信じる余地も生まれるんや。
だから、データが正しくて良いものやって信じることもできるし、データを無視して別のものを信じることもできる。
特にメディアや政治家の行動を見てると、警戒すべきことがたくさんあるんや。嘘のことを言うて、それを人々が信じてしまう。これがダークエイジで起こったことや。
当時の権力者、王政や教会や、どの集団やったにしろ、自分たちの地位を維持するために、人々に信じさせたいことを言うた。そしたら我々は「太陽が地球の周りを回ってる。地球が太陽の周りを回ってるんやない」って言うようになった。このクレイジーな奴が言うてるデータは無視せえ。我々の言うてることが正しいんやって。
それがダークエイジや。経験主義を無視し、事実を無視して、進歩せえへんのや。
啓蒙時代は、もっと合理的な思考モードに入るんや。データを使って決定を下そう。政府のプログラムの成果を見て、続けるかどうか決めよう。この実験の結果を見てみよう。データに導かれるようにしよう。何をすべきかについて、原則に基づいた合理的な議論をしよう。
でも政治家からはそんな話は聞こえへんな。誰も立ち上がって…まあ、ヴィヴェクはかなりええ仕事したと思うで。彼は実際に、これらの政府プログラムの規模や、何をしてるのか、成功してるのか失敗してるのかについて、事実や数字を出して説明してくれた。ミレイもそうやった。
テクノロジーを恐れへんで受け入れる世界もあるんや。損失を恐れへんで、リスクを受け入れる。だってアップサイドはそれだけの価値があるからや。月に行ける。火星に行ける。がんを治せる。誰かは死ぬかもしれへんけど、できるんや。ただやる気があればええだけや。データを見て、何度も改良して、成功できるんや。
あるいは、こういうものは全部悪いもんやって考える世界もある。このテクノロジーは悪い。資本主義っていう考え方は悪い。起業家を称えるのは悪いって。
今、我々はこの分かれ道におるんやと思う。どっちかに行くだけやなくて、毎日その選択をしてるんや。でも本当に真剣に考えなアカンのは、新しい科学や新しいテクノロジーを生み出してるか、イノベーションや起業家精神、自由市場を支援してるか、優れた才能と物語る能力と人々を結集する能力を持つ個人が成功できるようにしてるか、それとも全部止めてしまおうとしてるんか、ってことや。
偽の事実や嘘、情報不足、規制などを使って、進歩を止めようとしてへんか?今、科学の世界では信じられへんようなことが起こってる。ほとんどの人はそれを理解してへんし、どれだけクレイジーなことか分かってへん。
でも我々は、体内の全ての細胞で老化を逆転させる方法を理解し始めてる。これに取り組んでる数十億ドル規模の民間企業が何社もあるんや。同じく数十億ドル規模の民間企業が、ほぼ無料のコストで無限のエネルギーを生み出す核融合反応システムを作ってる。海水から作れるんや。
これらのどっちかが実現したら、人類の軌道は完全に変わってしまう。永遠に、あるいは数百年は生きられるかもしれへん。無限に近い無料のエネルギーが手に入るかもしれへん。さっきの話に戻るけど、無限に近い無料のエネルギーがあれば、土からでも金を作れるんや。
エネルギーコストが下がれば、そういうシステムも現実になり始める。AIもある。人類の全知識をポケットに入る装置に詰め込んで、どんな質問にも答えられ、何でもできるようになる。知識労働はそれに任せて、自分の時間は全部、未来のビジョンを追求したり、クリエイティブなことをしたり、興味あることに使える。データや知識や労働の面倒くさいことは、全部機械がやってくれるんや。
今まさにそういう時代に突入しようとしてるんや。
でも、そのどれもが規制で止められそうになってる。テクノロジーが危険すぎる、みんな死んでしまうかもしれへん、危なすぎるって非難されてる。核融合をやるべきやない、AIをやるべきやない、あるいは慎重にやるべきやって。
慎重にやるってのは、政府が入ってきて管理して規制するってことや。つまり、全てのイノベーションが止められてしまうってことや。
これがダークエイジや。全てのアップサイドを逃してしまうんや。
今の我々は、昔のアメリカ西部の開拓者みたいにリスクを取ることに慣れてへんのやと思う。西部の開拓者たちは失うものがなかったんや。リュックサックと馬と荷車と斧しかなかった。オレゴン・トレールみたいに進んで、土地を手に入れて、何かを作り上げた。
今の我々には失うものがたくさんある。郊外の家の前に2台の車がある。子供もおる。IRAもある。だから、この新しいもののせいで死ぬかもしれへんリスクを取りたくないって思う。火星に行くのはかっこええけど、どうかなぁって。
面白いのは、ここで働いてるのはアイデアやと思うんや。人々がよく文化やモメンタムって呼んでるものや。この2つが本当に大事なんや。
俺はもともと楽観的な人間やねんけど、今この瞬間のことを考えると、ちょっと楽観的になってきてる。でも1年前に聞かれてたら、かなり悲観的やったと思う。特に権威主義的な方向に進んでるんやないかって。
イーロンはまだTwitterを買収してへんかった。みんな言論の自由なんか欲しがってへんようやった。コロナの直後で、みんな精神異常者みたいに振る舞ってた。自由を全部捨てて安全と引き換えにするなんて、正気の沙汰やないと思ってた。本当に奇妙な時代やった。
人々の心を掴んでるアイデアを考えると、必ずしも昔のアイデアやないんや。
ウィンストン・チャーチルの話をさせてもらうわ。今はかなり物議を醸す人物になってもうたけど、俺は彼のことを非常に尊敬してる。彼は裕福な家庭で育ったんやけど、それにもかかわらず、イギリスの偉大さとブリタニアに関するアイデアに取り憑かれてた。
彼の物語を知らん人のために説明すると、第一次世界大戦中に興味深い瞬間があったんや。彼は政治の世界に入るために必死に戦って、ようやく入れた。そして海軍の基地に配属されたんやけど、そこで大失敗をしてしまった。完全に彼のキャリアを台無しにしてしまったんや。
みんな「もう終わりや」って思った。後に第二次世界大戦で有名になる人物が、「もうキャリアは終わりや。大きな公の失敗をしてしもた」って。
でも彼は落ち込んでへんかった。代わりに「すぐに第一次世界大戦の最前線に送ってくれ。政府に戻る資格を取り戻すんや」って言うた。そして彼らは彼を最前線に送った。おそらく史上最も残酷で血なまぐさい戦争の最前線やで。塹壕戦やで。
彼は母親に「物理的な勇気の評判を得ることが、俺にとってはめっちゃ大事なんや」って言うた。つまり、机の前で勇敢なんやなくて、実際に銃弾が飛んでくる中で勇敢なんや、って。
彼は危険な巡回をよくやってた。普通の巡回なんやけど、彼と一緒に行きたがる人はおらへんかった。なぜなら、銃撃を受けても彼はそこに立ち尽くすからや。みんな「何してんねん!」って言うんやけど、彼は「銃撃されたら、もう当たったか当たってへんかのどっちかや。もう危険は過ぎ去ったんや」って言うんや。
彼はそういう態度を持ってた。「俺は怖がらへん。我々が何のためにここにおるか分かってる。これをやり遂げるんや。人々を導くんや。これが何なのか見せるんや」って。
これは失うものがたくさんあった人の話や。でも彼の心に植え付けられたアイデアは、自尊心が大事やってことやった。
歴史を振り返ると、これは俺自身の人生についてバラ色の眼鏡をかけて見てるだけかもしれへんけど…俺は中流から下の中流階級で育った。親は「金は出せへんし、実際に大学を卒業したときには借金があった。そこは助けられへん」って感じやった。
でも父親は「子供たちに労働倫理を学ばせる」ことに取り憑かれてた。12歳の頃から、ドア工場で働いたり、塗料工場で働いたり、塗料倉庫で働いたり…とにかく全然楽しくない肉体労働の仕事をいっぱいやった。
父親はずっと言うてた。「お前は他の人が知らん働き方を知るようになる。それを尊重せなアカンし、それがお前の役に立つってことを理解せなアカン」って。
もちろん、それが役立つことになるんや。Quest(クエスト)を始めたときの最初の出来事を覚えてる。ビデオに撮ったはずやけど、どっかに消えてもうた。
全てが困難やった。俺は昔、塗料倉庫で働いてたときにフォークリフトの運転を覚えてた。我々の機材が全部届いたとき、「うわ、フォークリフトがない。この機材をトラックから降ろす方法がない」ってなった。
みんな「どうしよう」って言うてる中で、俺は「実は俺、フォークリフト運転の資格持ってんねん」って言うた。みんな「何やて?」って驚いた。フォークリフトを借りてきて、全ての機材をトラックから降ろすことができたんや。
カメラに向かって「お父さん、『ワックスをかけて、ワックスを取る』やな。全てのスキルはいつか役に立つって言うてくれたよな」って言うた。
そういうアイデアに導かれて、俺は上手くないことを上手くなろうと努力し、どの部屋にいても一番熱心に働く評判を得ようとした。そういうことが全部、後で報われるんや。
カメラの前に立つようになったとき、よく人々に「無料で働いてみ。金を最適化しようとするんやなく、知識と人脈を最適化しよう」って言うてた。
そしたらボロクソに批判された。「トム、そんなこと言うても、そういう人たちは搾取されてるだけやで。お前が金持ちやからそんなこと言えるんやろ」って。
俺は「ちょっと待って。俺がどうやって金持ちになったか知ってる?金を最大化しようとしてへんかった。知識と人脈を最大化しようとしてたんや」って言うた。
何かが変わってしもたのを感じる。俺が育った80年代には、部屋の中で一番熱心に働くこと、もっと上を目指すこと、一番大きな夢を選んでそれに向かって頑張ること、成功した人を称えることが当たり前やった。
俺の人生で、実際にそうなるまでずっと、「一時的に恥ずかしい思いをする百万長者」やったんや。今は貧乏やけど、永遠に貧乏なわけやない。そういう精神が、さっき言うたようなものに取って代わられてしもた。
それが俺をめっちゃ心配させるんや。俺の基本的な立場は、これは振り子みたいなもんやってことや。振り子は痛みに基づいて揺れる。一方向に進み続けて、完全に耐えられんようになるまで行って、それから戻ってくるんや。
この番組をやってる理由は、必要なのは痛みだけやないってことや。痛みプラスアイデアが必要なんや。ええアイデアがあって、そのアイデアをうまく表現できる人がおれば、方向転換するのにそんなに痛みを感じんでもええかもしれへん。
2024年の大統領候補がトランプとバイデンやって聞いたとき、「ああ、これは十分な痛みを感じるまで『これはおかしい』って気づかへん集団やな」って思った。
そやな、「我々は何を称えてるんや?」って自問自答できるな。20世紀初頭から中頃にかけては、一生懸命働く人や、画期的な発見をする起業家や科学者を称えてた。
今日、我々が称えてるのは何やと思う?
残念ながら、被害者意識やな。苦労してきたってことやな。
有名人も称えるけど、それはちょっと微妙やな。
そう、それが問題なんや。もし我々がそれを称えるなら、それが現実になってしまう。
問題は、認められる人たち…昔は映画スターが大成功の象徴やった。実業家も称えられてた。
今はInstagramでたくさんのことをした有名人が称えられる。問題は、それが誰にでも手が届くもんやないってことや。みんながそれを目指すんや。
最近の高校生の調査で、「大人になったら何になりたい?」って聞いたら、一番多かった答えが「ソーシャルメディアのインフルエンサー」やったんや。それが我々の称えてるものやからな。
でも、他の方法でビジネスを作ってる人や、モノを作ってる人、科学者…そういう人たちの興味を追求するのは、めっちゃ難しくなってる。我々があんまりそういうのを称えへんからや。
だから俺の希望は、何か作り出すこと、イノベーション、リスクを取ること、大胆な人、成功した人…そういうのを称えるようになることや。
イーロン・マスクを見てると、分かるんや。彼の政治的な立場が好きやない人がおるのは分かる。まあ、Xでの彼の言動には少年っぽいトロール的な面があるからな。
でも同時に、彼は我々の世代で最高の起業家や。俺が知る限りではな。もしかしたら彼以上のことをした人がおるかもしれへんけど。
ベゾスのことも同じように考えてる。ベゾスは素晴らしい。でもイーロンが全く異なる分野の会社で成功を繰り返してるのを見ると、それは純粋に正気の沙汰やない。
しかも、エンジニアリングの観点からそれをやってるのは本当に息を呑むような凄さや。


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